第378話 食休みをしつつ、まったりと。すべてお見通しなリオ。『甘い。甘すぎる――』
現在クマちゃんは、みんなが休憩できる場所をまったりとちゅくっている。
◇
身も心もどっぷりとお菓子の国におかされた冒険者達、一部のギルド職員達は、渋くて格好いいうえに漢気もあるマスターへ、真剣な表情で進言した。
もう今日は会議をやめて、お菓子を集めましょう、と。
マスターはこめかみを揉みつつ、無言でこたえた。
片手で目元を隠すように。もう片方の手で、好きにしろ、と追い払う仕草をして。
「クマちゃん良かったねぇ。お菓子いっぱい集まるらしいよ」
新米ママが愛しい我が子へ声を掛ける。
魔王様の膝の上で、「クマちゃ……!」と驚きを表現しているもこもこに。
本日のアルバイトを無事終えたクマちゃんは、「クマちゃ……」と呟き深く頷いた。
彼らのお仕事ちゃんが早く終わった。
ということは、クマちゃんの大好きな彼とずっと一緒にいられるということである。
きっと、クマちゃんが〝重要な会議ちゃんのおてちゅだいちゃん〟を頑張ったおかげだろう。
そしていつもなら、お仕事のあとは『夜ご飯ちゃん』のお時間だが、今日は『おちゅまみ』をいただいたばかりなので、お腹がいっぱいである。
つまりこれは『お菓子のお家を建て放題ちゃん』ということなのではないだろうか。
「ふたりとも、僕たちが出かけている間にすごく頑張ったみたいだね。地上に居ながらにして愛らしい人魚たちと暮らせる海底都市、という構想なのかな。完成が待ち遠しいよ」
南国のド派手な神鳥のように美しい男が、宵の薄闇で光る、神秘的な青いオパール――超高級カウンターキッチンを眺め、嬉しそうな顔をする。
少し先に見える噴水も、豪華で美しい。
「めっちゃいい感じになってきたでしょ」
リオはそう返しながら、ウィルの服装をチラリと見た。
宝石商よりもあちこちに装飾品を纏う男は、その見た目通り『アレ』の値段が気にならないらしい。聞かないことにした、というべきか。賢明な判断である。
知ってしまえば絶対に『じゃあ他の建物もアレに合わせよー』などと言えなくなる。
そういうリオも怖くて値段を確認していないが。なんなら今後も確認する気はないが。
「ではあちらの『取引所』も――」
「クマちゃ――」
「たしかに、青系にしたいかも――」
「クマちゃ――」
「へぇー。『オパールちゃん風宝石クマちゃんキャンディちゃん』っていうのを選べばいいんだぁ。めっちゃ名前なが……たしかにキラキラで海の色みたいだねー。……いやアクアマリンちゃんとかサファイアちゃんって言われてもぜんぜん何色かわかんないけど。……もっとたくちゃんあるの? クマちゃんヤバいねー……――」
「クマちゃ……――」
「青色の宝石は種類がとても豊富だからね。君が見かけたことのある石だけでも十種類くらい――」
「クマちゃ――」
「俺の過去に青い宝石なんてないから――」
ぼんやりと光る貝殻円卓ちゃんで、『海底都市に必要な建物とは』『娯楽施設ちゃ』『素敵な考えだね』『いま建っているのは娯楽施設ではないのか』『休憩所ちゃ』『それも素敵な』『いやそもそも』彼らが真剣に話合っているときだった。
「リオさーん! お菓子の家ってもう家具とか置いてもいいんですかー?!」
『大きなポケット付きのへんな服。野良妖精クマちゃん入り』を着た女性アルバイターが、鬼気迫る表情で駆け寄ってきた。突然森に増えたアルバイター達から『クマちゃんからの贈り物』について聞いたらしい。
「先にクマちゃんにお菓子渡して」
家がほしくば菓子を集めよ。まだ二時間程度しか働いていないではないか。
甘くはない真のリオちゃん王が視線を向けぬまま答える。
迂闊に振り向けば余計な発言をしてしまう。
『それ森の街に売ってる服じゃなくね? 着てるやつ見たことねーし』と。
しかしリオが辛口でも、この場には砂糖の塊よりも甘い赤ちゃんクマちゃんがいるのである。
もこもこは当然のように言った。ハッとした表情で。肉球をお口に当て。
「クマちゃ……」
いちゅでも可愛らちく飾っていただいてかまいまちぇん……と。
◇
甘すぎるクマちゃんの言葉に深く感謝した女性冒険者は、集めた菓子のほぼすべてを置いて走り去った。
『ちょっとだけ家を整えてきます!!』と。
菓子の国の『ヤバさ』を知っているリオは、それに対する答えを心の扉へ押し込めつつ、菓子を自身の『クマちゃんカードケース』へ仕舞った。我が子が欲する商品を買うために。
愛らしい赤子が魔王に撫でられながら、挙手のように肉球をあげる。
「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
『ご休憩ちゃ、みなちゃ、ラウンジちゃ、ふわふわちゃ……』
国民ちゃんがたくちゃん増えたので、広場ちゃんとラウンジちゃんが必要ちゃんですね……。
「ああ」
色気のある低音が、もこもこのすべてを肯定する。
しかしリオには分かっている。
広場とラウンジで冒険者達がゆったりと過ごせたら、たしかに皆幸せである――。
などという甘い考えで〝ルーク様〟が頷くわけがない。
お手々を上げて発言するもこもこが可愛いから頷いているのである。絶対にだ。
「つーかそこら中どこでも休憩所みたいもんだと思うんだけど」
まっとうなはずの言葉は全員に聞き流された。
魔王様の膝の上のもこもこが、「クマちゃ……」とカタログの商品を指す。
「とても美しい色合いだね。高級感があって、海らしくて。彼らも喜ぶと思うよ」
ウィルは見るからに高そうなそれに必要な菓子の数を聞かなかった。
彼らが頑張って集めてくれた菓子を、彼らのために使う。
甘くて優しい。そしてお手々の先までもこもこしているクマちゃんはとても愛らしい。
重要なのは、それだけだ。
「あ~。そうだな、そのうち素材に関する情報交換やら買ったものの自慢やら、とにかく語り合いたいやつらが集まってくるはずだ。ちょうどいい設備だと思うぞ」
ため息交じりのマスターは、アルバイターたちが今後どうなるか、知っているかのように語った。
いつも冒険者達を見守っている彼にとって、冒険者達の行動パターンなどお見通しらしい。
「自慢より鬱陶しく騒ぐやつのが多いと思うんだけど」
彼の言葉を聞いたリオが、かすれ声で呟く。
お見通しなのはマスターだけではないのだ。
――ピヨピヨピヨ……。ピヨピヨピヨ……。
竪琴から謎の鳴き声が響く。
すると、お呼びだしのピヨに応え、あちこちから可愛い妖精達が集まってきた。
『クマちゃ……!』と。
リオは可愛いクマちゃんの可愛い作業風景を眺めながら、アルバイターへの答えについてもう一度考えた。
馬鹿め――まるで分かっていないと。
変な服を着たアルバイターは自身の家に感動し、ココアクッキーのドアをバーン! と開けるだろう。
そして出会うはずだ。ボロをまとい震える『クマウニーちゃん』と。
そこからどうなるかなど、見なくても分かる。
急いで手元のカタログを開き、『ふわふわクマちゃんアイス、クマウニーちゃん用』を購入。何も置かれていない部屋で、可哀相なクマウニーちゃんを抱え、アイスを食べさせる。
腹のポケットに抱えた野良妖精クマちゃんたちの視線に気付き、追加でアイスを。
お礼をしたいクマウニーちゃん。しかし彼女はすでに手の平サイズカタログを持っていた。
ボロを纏うクマウニーちゃん。彼女にあげられるものなど何もない。
カタログの代わりに、可愛らしい猫かきダンチュを披露する。
アイスを食べさせてくれた彼女のため。
ボロを着たまま。必死に。『クマちゃ……!』と。
むせび泣く彼女が購入しようとするのは、自分のためのベッド――ではなく、当然クマウニーちゃん用のアイテム。
そこでようやく気付く。資金が尽きていることに。
変な服を着たアルバイターは別の意味で号泣し、外へと駆け出すだろう。
『菓子を、一刻も早くお菓子を集めねば……!』と。
――ちょっとだけ家を整えてきます!!
『ちょっとだけ』とは何だったのか。時間のことか。それとも予算のことか。
甘い。実に甘い考えだ。
「あ、これも〝海底のラウンジ〟に合いそうじゃね?」
リオは肉球のボタンを押した。
――クマちゃーん――。
――お買い上げちゃーん――。
――クマちゃーん――。
――お買い上げちゃーん――。
――クマちゃーん――。
――お買い上げちゃーん――。
ちょっとで済むなら『菓子集めのバイト』など必要ない。
現在この森で菓子を集めまくっているアルバイトの数が、すべての答えである。




