第368話 クライヴちゃんとクマちゃん。『何やってんのこの人』
現在クマちゃんはクライヴちゃんと――。
◇
変な服を着ているということは、わざわざどこかで着替えたということだ。
が、女性冒険者の服装に口出しをして、良いことなどひとつもない。
それよりも――。リオは伝え忘れていたアレについて話すことにした。
「その子達に『クマちゃんアイス』買ってあげて欲しいんだけど」
「クマちゃんアイス……?! それは、この子達を手の平にのせて『ほーらアイチュでちゅよー』と言いながら一口ずつ食べさせてあげる感じのやつですか?」
女性冒険者は興奮し、混乱している。
「……まぁ大体そんな感じ。ちょっと待ってて。『クマウニーちゃん』から持ち運び用のカタログ貰ってくる」
リオは様子のおかしい女性冒険者から目を逸らしたまま、出来立ての『海色ラムネストリート』を歩き、人魚の宮殿風アイスクリームハウスへと戻った。
背後から聞こえる雄叫び「ク、クマウニーちゃん?! わ、私も会いたいんですけどー!!」を聞かなかったことにして。
つられたクマちゃんの「クマちゃーん」という歌声に「クマちゃん可愛いねー」と返しながら。
◇
「これ。このページのアイス。ここにある『肉球ボタン』押せば買えるから」
リオはそう言いながら、ポチ――と購入ボタンを押した。
「あぁぁぁ私も押したいんですけどぉ」という苦情は無視する。あとで好きなだけできるだろう。
作業を進めつつ待っていると、可愛らしい配達員が――宅配ちゃんですちゃーん――とやってくる。
感動のあまり口を閉じた女性冒険者を放置し、紙袋をひとつ渡す。無言の彼女にサインの仕方を教えると、何故か涙をこぼした。「幸せなサインって存在するんですね……」と。
いったい彼女の過去に何があるのか。リオの勘は言っていた。くだらぬことに違いないと。
彼の勘は良く当たるのだ。
もう一つは自分達の分である。可愛いクマちゃんを抱えたまま、巨大な切り株テーブルへ。
「あれ、何か入ってる……」「クマちゃ」
「冷たっ」
リオは紙袋の中から一つずつ、取り出したものを並べていった。
最初は小さなアイス。次に氷の貝殻。氷のサンゴ。丸いのは氷の真珠だろうか。
「クマちゃ……」
切り株テーブルの上で冷たい貝殻にふれたクマちゃんは、お手々の先をピピピピピッと振りながらハッとした。
「クマちゃ……」
『クライヴちゃ……』と。
丸い真珠を転がしながら、クライヴちゃんと遊んだあの日に思いを馳せる。
あれは、はじめて一緒におままごとをした日のこと。
クライヴちゃんはクマちゃんのために、氷でパンを作ってくれたのだ。
とってもきれいな一輪のバラも。花びらに蝶が止まっている素敵な芸術品には、クマちゃんへの温かい気持ちがたくちゃん詰まっていた。
目の前の氷からも、クライヴちゃんの温もりが伝わってくる。
クマちゃんのために、丹精込めて作ってくれたのだろう。
もこもこのお胸がいっぱいになったクマちゃんは、凄くクライヴに会いたくなり、テーブルの上を駆け出した。
「クマちゃ……!」と。
「あぶなっ……」
アイスのフタをあけていたリオが顔を上げる。
しかし彼がヨチヨチを止める前に、冷たい空気が彼らを包み込んだ。
「大丈夫か――」
テーブルの端をヨチヨチしていたもこもこを抱き上げたのは、たったいま、クマちゃんが会いたいと思っていたクライヴだった。
◇
何やってんのこの人。という気持ちは、心の扉にそっとしまった。
リオの目の前で、一人と一匹が温かな気持ちを分け合っている。
「白き天使――」
「クマちゃ……」
『クライヴちゃ……』
震えながらもこもこを抱える男。感動と振動でガクガクする一匹。
冷たく甘い再会を果たした彼らだったが、残念ながら時間のようだ。
「いつか、お前と――」
「クマちゃ……」『いちゅかちゃ……』
恐ろしい表情で一言だけ呟き、死神は今度こそ、仕事へ向かった。
「クマちゃんアイスたべよー。あ、お兄さんこれとけないようにしたいんだけど」
「クマちゃ……」『アイチュちゃ……』
リオはアンニュイなもこもこを抱え、アイスを食べさせた。
高位で高貴なお兄さんへ氷細工を渡しつつ。
◇
「そろそろ二軒目建てる? それとも店?」
「クマちゃ……」
『バイトちゃ、お家ちゃ……』
一人と一匹がカタログを見ながら話し合う。
もこもこは告げた。
バイトちゃんのお家が必要ちゃんでちゅね……と。
「いやバイトに家はいらないでしょ」
リオは目を糸のように細めた。
バイトを始めて三十分足らずで家を買ってもらうなど甘い、甘すぎると。