第357話 ではいよいよ。いやそのまえに。クライヴをどうこうしようとする優しいウィル。
現在クマちゃんは皆ちゃんにみちゅばちちゃん達ご利用方法の説明をしている。
◇
のんびりできない死神は視線をさげた。もこもこ愛の強さゆえに。目に入る『もこもこ』を調整するために。
ヨチヨチヨチヨチ! 彼の視界へ何かが滑り込む。
そちらは危険だ――。
クライヴは妖精が勢いあまって落ちてしまわぬよう、テーブルの端でそっと、それを保護した。
震える男の手。激しく振動する妖精。ガクガクする妖精クマちゃんが、何かを差し出す。
彼は見た。それは四角くて布の張られた「サイン入り、キャンバス――」
ギルド職員の小さな画廊からも、『お絵描き妖精クマちゃん』が作品を売りに来ているようだ。
クライヴは震える手で、『肉球アート、肉球サイン入り』を購入し、続いて妖精が見せてきた次の作品も購入し、小さなドアからバーン! と突入してきたヨチヨチ達からも作品を購入した。
リオ、ウィル、マスターはじっとその様子を観察し、見守っていた。
南国の鳥発案の『まずは妖精クマちゃんとたわむれ、倒れる寸前に止め、ふたたび妖精クマちゃんとたわむれればやがて〝クマちゃんに慣れる〟計画』を。
今のところは順調のようだ。
「あれじゃね? 気絶したら『買ってもらえなかった妖精が泣く』と思ったとか」
「もちろんそれもあるだろうね。彼はその外見からは想像できないほど優しい男だから。でも、よく見ると小さな作品すべてにきちんと目を通しているし、小さな画家たちと握手を……。なんだか瞳から輝きが消えている気がするね。下を向いているせいかな」
「……そろそろ止めるか。それにしても、ほんとにどうにかなるのか……?」
マスターはそういって、可愛い妖精を一匹ずつ、リオ達のテーブルへ移した。
クライヴがもこもこに慣れる前に、別の意味でどうにかなりそうだが、と思いつつ。
そしてリオのテーブルに置かれたドアへ、マスターが置いた妖精ちゃん達がヨチヨチ! と駆け込んでゆく。
「いやドア繋がってるじゃん。普通にそっちからでてきてるじゃん」という金髪の言い分に頷くものはいない。
可愛い妖精のドアをグラスで塞いだり、テーブルからドアを撤去したりできる『冷酷な人間』など、菓子の国にも別の国にもあの世にも存在しないのだ。
リオは『肉球アート、肉球サイン入り』へチラリと視線をやった。
クライヴが買わないのであれば。
「じゃあ俺そっちの水色のと、ピンクのやつちょーだい」
「おや、それは桃色の彼にあげるのかい? では、僕はそちらの青い肉球模様の絵を」
妖精クマちゃん達の瞳がうるうるしてしまう前に、彼らは可愛らしい作品を買いあさることにした。
小さな肉球で描かれた小さな『肉球アート』なら飾る場所には困らない。
土産にも最適である。
「あ~、そうだな、じゃあ俺もこっちの絵を花畑に飾るか」
マスターはテーブルの端でおろおろしている妖精から作品を購入することにした。
遠慮がちなところがもこもこにそっくりだ。
◇
そうして彼らは、優雅にまったりと過ごした。
――美しい俺の妖精ちゃんの作品は、どれも最高に魅力的で、肉球的で、ファンタスティック! ですね――。
カフェ店員妖精から過剰に水分を購入したり、鬱陶しい声の自慢話を聞き流したりしながら。
『クマちゃんはちみつちゃん』の大量入手には成功した。
休憩中らしい妖精ちゃん達が、彼らの目の前、小さなクッションやベッドがたくさん置かれたリオの花畑で休んでいる。
――報酬は、何がいいのだろうか。
ここに来てからのあれこれを踏まえ、リオは尋ねた。
「この子達って何が好きなんだろ」
そして、クマちゃんからのありがたいお話を聞く。
「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
『みちゅばちちゃ、報酬ちゃ、お菓子ちゃ、フリードリンクちゃ……』
みつばち妖精ちゃん達は、報酬にお菓子ちゃんとジュースの飲み放題ちゃんを要求していまちゅ……。
「なるほどぉ」余計な発言を慎み、神妙な顔でうさんくさい返事をする。
『フリードリンク!!』という赤子の体に悪そうな言葉に突っ込んではいけないのだ。
可愛らしい『はちみつ職人』達に「ありがとー。支払いしとくから好きなの頼んで」と声をかける。
「マスター。『妖精クマちゃんカフェ』にデザートはあるの?」
「あ~、あったと思うが……」
ウィルの質問に、マスターがチラリと、テーブルでリオから『お菓子カード』を預かりふんふんふんふんしている店員を見やる。
すると妖精がハッとした表情で、肉球でカードを叩いた。『クマちゃーん』と。
妖精は頷いている。『ある』ということだろう。
そちらの支払いも、マスターが手早くすませる。
――ではいよいよ室内用のテーブルを。
大人達が立ち上がり、いやそのまえに、と大事なことに気付く。
「あいつまさかまだアイス買ってんの? もー、めっちゃ馬鹿じゃん。……ちょっと行ってくる」
「それならカタログも持って行ったほうがいいのではない?」
「おい、それだと二人とも帰って来なくなるだろうが」
それぞれが桃色頑固美青年のことを心配していた。
『アイス男』はもう戻ってこないのではと。
リオの手には結局カタログが握られている。そして、いざ森へと視線を動かし、目撃したのだ。
「なにあれ。子だくさん……?」
森の方から『お菓子の家』に向かってきている男を。
見覚えのある桃色髪の上に、小さなもこもこ。
そして肩、両腕、足元にも。
あちこちに野良妖精クマちゃんを乗せ、抱え、まとわせている。
探しに行く必要はなくなった。おそらくアイスを購入する資金(菓子)が尽きたのだろう。
リオはしんみりした顔で頷き、もこもこへ声をかけた。
「クマちゃん、お部屋の飾りつけしよー」




