第340話 絶対に必要なもこもこグッズ。開発者クマちゃんのお話。「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ」「ずるい!」
現在クマちゃんは、クマちゃんリオちゃんレストランをご利用の皆ちゃんのために、とっても便利で素敵なアイテムちゃんのご紹介をしている。
うむ。アイテムちゃんを集めるなら絶対に必要なのである。
◇
『そんなの』といわれたふわふわは、当然のように、クマちゃんのぬいぐるみの形をしていた。
紺色を基調にした帽子、おそろいのケープ、金の肉球バッジ、青のネクタイ。
格調高いお洒落な制服を着こなす、最高にデキるクマちゃんといった姿で、お腹のあたりにかっちりした長方形の鞄を抱えている。
リオの叫びも周囲の視線も何もかも気にしない麗しの魔王様は、ふわふわな上に格好いいそれをテーブルの上にもふ、と座らせた。
無論ぬいぐるみはぬいぐるみらしくじっとしている。
店内が、異様に静まり返る。
固唾をのむ客達。
奔放な男の指先に挟まれたカードが、誰もが注視するぬいぐるみへと、一定の速度で近付いてゆく。
すると――、スタイリッシュなぬいぐるみは、ハッとしたように口元を押さえ、素早くカードを受け取り、シュッと縮んだお預り品を、ごそそそ! と疾風のように、妙にキレのある動きでかっちりした鞄へしまった。
そしてぬいぐるみは何事もなかったかのように、もとの状態へと戻る。
動揺したリオは最初と同じ言葉を、心の底から叫んだ。
「なにそれ!!」
「うるせぇな」
低く色気のある声が、だるそうに答える。
まるで人外のような美貌の魔王様は、騒がしいのがお好きではなかった。
しかし意外と優しいところのある彼は、うるさい男リオにもう一言だけ返してやった。
「見りゃわかんだろ」
「…………」見ても分からなかったうるさい男は心のなかでピピピピピィと発生したルークへの不満を外部へ漏らさぬよう黙った。
「まさかその凄く……愛らしいクマちゃんのぬいぐるみは、カードケースの代わりということ……?」
ウィルは目をしばたたかせ、いつのまにかルークの所持品となっていたとんでもないクマちゃんグッズを、じっと見つめた。
驚きすぎてうっかり『凄く素早いぬいぐるみ』と言いかけてしまった。
愛らしいもこもこが、ルークの腕の中からつぶらな瞳で彼を見ている。
言外にある『クマちゃんとは違って』を感じ取れば『クマちゃは素早くないちゃんですか……?』とショックを受けるだろう。
おっとりした動きのクマちゃんと素早い何かを比べる行為は、森の街の、否、世界的な禁止事項である。
間を置かず、鳥のさえずりに反応したうるさい男リオのうるさい声が店内に響き渡る。
「カードケース?! 動きすぎだし早すぎだし色々おかしいでしょ。つーかずるい俺も欲しいんだけど!」
『なるほどぉカードケースかぁ』などと納得するわけがない。
カードは確かにぬいぐるみの鞄らしき部分に収納されたが、正しくは『カードケースを持っためちゃくちゃ動くぬいぐるみ』ではないのか。
動きにキレがありすぎる。そしてデキる。だいたい二十倍速クマちゃんくらいか。
もしや、もこもこは自分の動作があのように素早いとでも思っているのでは。
それはさすがに自己を脳内で理想化しすぎである。
『色々おかしい』部分について言いたいことしかない。
だがとにかく、一番大切なのは『めっちゃ俺も欲しい』ということだ。
リオが超高速ぬいぐるみクマちゃんが本体ではないのか呼び名はカードケースでいいのか詰まるところ主軸はどこなのかと疑問しか湧かないふわふわと、珍妙で最高なグッズの製作者クマちゃんに心の声をぶつけていると、騒がぬように頑張っていた客の一部が突然外へと駆け出した。
遠くから『俺もクマちゃんカードケース欲しー!!』と欲望のままに叫ぶ声が聞こえる。
残った客達が身振り手振りで伝え合う。『オレ、凄く、アレ、欲しい』『ワタシ、凄く、アレ、欲しい』と。
そうしてそれぞれが、絶対に今日中に、できれば今すぐ入手したい垂涎のクマちゃんグッズに対する思いのたけをぶちまけ始めた。
「あ~、なんというか……いつもより」
顎鬚に手をあて実用性の高い、必要不可欠なアイテムを見ていたマスターが、危うく不適切な発言をしかける。
が、『もよ』のあたりで愛らしいクマちゃんの視線を感じ取り、速やかに内容を変更した。
「いつも通り、キリッとした顔つきのアイテムだな。これはもしかして、新作か?」
「ぜんぜんいつも通りじゃないじゃん」といった店長の背後に伝説の大鎌を持った死神が現れる。
もこもこを侮辱する愚か者には制裁を――。
「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
『カードちゃ、いっぱいちゃ、クマちゃ、ケーチュちゃん……』
製作者であるもこもこは、マスターの質問に丁寧に答えた。
ええ、皆ちゃんのお手持ちのカードが増えてきたので、専用のケーチュをご用意しまちた……。
グッズ開発者クマちゃんは続けて、皆様にご満足いただけるよう、精一杯考えた付属品について告げた。
「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
『カードケーチュちゃ、専用ちゃ、お着替えちゃ、たくちゃん……』
クマちゃんカードケーチュには、専用のお着替えアイテムちゃんもたくちゃんございまちゅ。
あちゅめてお好きなお洋服を、カードケーチュちゃんに渡してくだちゃい……、と。
「ヤバい。色々ヤバすぎる。『毎日ちょっとずつ集めればいいよね』とか吞気なことほざいてる場合じゃない。え、つーか本体どこで手に入れんの? くじ?」
死神との戦いを中断したクマちゃんグッズ蒐集家は、己が欲する大量のクマちゃんグッズのうち、まだクマちゃんマグカップ一個、合計一クマちゃんしか入手できていないという相当『ヤバい』事実を思い出し、『たくちゃん』という非常に赤ちゃん的で曖昧で奥深い言葉に戦慄した。
一度に増えるアイテムの数がえぐい。
『クマちゃんくじ』が作られてまだ一日。引ける回数は日に一度。
誰一人『結構集まってきたね!』といった収集状況などの話をしていないというのに、何故次の日に『たくちゃん』増やすのか。
さすがは赤ちゃんである。
きっと『まだ一個しか持ってねぇっつってんだろうがなめてんのかコノヤロー!』などというとんでもない暴言を吐く人間が一人もいないせいだろう。
当然そんな輩が彼の大事な赤ちゃんに近付くことは今後もないが。
ともかく本日紹介されたもこもこグッズも『できれば欲しいんだけど……』程度ではなく『いやクマちゃんカード集めるなら絶対必要でしょ』と言わざるを得ない一品だ。
否――、たとえカードがなくても、ただの白い紙を切ってでも、いっそカウンターの上の書類も、なんなら己の道具入れの中身も、しまいに道具入れも、こうなったらそこらへんに立っている客も、では椅子も、やがて酒場も、ゆくゆくはこの世のすべてを――。
リオの脳内で次々と、キレキレの動きで、アイテムもアイテムでないものもついでに生き物も建物も手当たり次第に、もこもこのお手々によってシャシャシャシャシャッ! と仕舞われてゆく。
クマちゃんそっくりなあの肉球に何かを、片っ端から、何が何でも手渡したい。
そういう尋常ではない魅力を、やつの動きからは感じるのだ。
早急に確認せねば。
可愛いお手々で流れるように素早く、超高速でごそそ! とカードを仕舞うさまを。
リオは心に渦巻く何かを押さえ、魔王様のお持ち物である斬新な『めちゃくちゃ動くクマちゃんカードケース』を見つめた。
実に恐ろしい、中毒性の高いもこもこアイテムである。
「クマちゃ……」
『くじちゃん……』
ええ、クマちゃんくじちゃんです……。
おっとりしたもこもこの答えを聞いた彼らは、スッと席を立った。
そうして冒険者らしい身のこなしで、飾り棚の周囲で己の膝を殴りつけ涙を流す、『本日のクマちゃんくじをすでに引き終えていた者達』を退かすと、怨霊のような嘆きを聞きながら、新作クマちゃんグッズ『クマちゃんカードケース』『専用お着替えアイテム』を悠々と手に入れた。
◇
クマちゃんリオちゃんパーク内、お菓子の国。
怪しい看板前。
リオは瞬きもせず、カードケース……を持ったクマちゃんのぬいぐるみという、どちらが本体なのか不明なアイテムの、ごそそ――! あるいはシャシャシャッ――! という超高速でカードを仕舞う動きを見ていた。
「めっちゃ良い……」
『もっと……! もっとだ……!』胸の内からなんともいえぬ熱い想いが込み上げてくる。
こうしてこのままありとあらゆる物体を仕舞ってゆく様子を見守り続けたい。
が、今は可愛いもこもこの『お菓子の家』を作るのが先である。
もこもこカードケースを持ったまま倒れている死神のせいで、作業員がひとり足りないのだ。
代わりに連れてきた鬱陶しいギルド職員と桃色頑固野郎も、クマちゃんカードケースにどんどん自身の持ち物を手渡すという、あまりにも愚かで危うい行為を繰り返している。
リオは己の行いを棚に上げ、頷いた。
この二人は役に立ちそうにないと。




