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第339話 本日の昼食。客の溢るる店内。魔王様のお持ち物。「クマちゃ」「なにそれ!」

 現在クマちゃんは午後の作業に備え、肉体にエネルギーを充填している。



 大好きな彼がリオの後ろにいることにようやく気付いたクマちゃんが、甘えるようにキュオーと鳴いた。

 新米ママが我が子をなで、振り返りつつルークに差し出すと、彼は当然のように、もこもこをもふ――と受け取った。


「クマちゃ……!」

『るーくちゃ……!』


 感動の再会に震えるもこもこと、それを見守る彼らを、闇色の球体が包み込む。



 到着したのは店内――ではなく、オアシス前、古木で作ったような板の道だった。

 が、理由など高位な彼に尋ねるまでもない。

 彼らの目に満席の、にぎわい過ぎている〈クマちゃんリオちゃんレストラン〉が映る。


 酒場のマスターのような男は、サイコロを振るのに夢中な馬鹿者共を見ながら、哀愁を帯びた顔で、ふ……と笑った。


 中へ入ると、席に着くことなく立ったまま、プール付近に設置されたテーブルを囲んでいる者達が見えた。

 彼らは男女共に、芸術的に飾られた精巧な模型と、その中でちょこちょこと動く、ちっちゃな『お仕事クマちゃん』に魅了され、動けずにいるらしい。


 すれ違いざま、リオが目を向ける。

 ――数人の馬鹿が口元を押さえ、本気の涙を流している。


 彼らは人目をはばかることも、模型から視線を逸らすこともできないようだった。

 すぐ側に、目の前にあるのに手に入らない――。

『お仕事クマちゃん模型ちゃん』の完成形見本である最上級品が、狂おしいほどに、彼らの胸を焦がす。


 ――なけなしの『クマちゃんグッズ交換チケット』は、すべて使い切ってしまった。

 ――かき集めた銀貨は、使用禁止になっていた。

 それが彼らの、止まらぬ涙の理由であった。

 

 計画的にご利用できなかった者の、悲しき末路である。


「泣きすぎじゃね?」冷めた店長の声を、客の慟哭がかき消す。「お、おれの……チケット……がぁ……!」


 もこもこを抱えた魔王様が、飾り棚を囲む者達のもとへ、ふらりと足を運ぶ。

 失礼の塊リオは思った。

『まさか慰めるつもりか』『いや絶対にない』『想像するだけで世界は滅ぶ』『手持ちのチケットぜんぶ懸けてもいい』

 

「オレは三十枚集めてから引くぜ……」


「では、わたくしは百――」


 冒険者もギルド職員も、『ゲーム中』とは思えぬほど空気をひりつかせ、サイコロを待つ者すべてが鬼気迫る顔をしていた。


「こ、これは……! あの時の……!」

「え~? どうしたの~?」

「なになに? ……あ、それ花びらがいっぱい降ってきた時のやつ……! いいなぁ……!」


 悲劇的な彼らとは対照的に、袋から取り出した『クマちゃんカード』に、『クマちゃのげーむ』中に起こった特別なイベントが写っていた――という幸運の持ち主もいるようだ。

 耳をそばだて、羨ましさでハンカチを嚙む『クマちゃんカード』『村民ちゃんカード』蒐集に憑りつかれている者達。



『セルフサービスちゃん』を学んだ超高性能『四角いクマちゃん型魔道具』は、店長と副店長が外出中でも休んでいなかった。


 元盗賊である人形達がせっせと作り続けている野菜を受け取り、掲示板を通じてお礼のお料理を送る。

 感動で滂沱するお頭ちゃん達。勢いを増す野菜作り。

 そうして、はらぺこな体に鞭を打ちサイコロを振り続ける冒険者、ギルド職員達に、『片手でも食べられる絶品お料理、おまけカード付き』を提供していたのだ。



「頑固野郎また来てんじゃん」


 失礼な店長はチラリと、どこにいても目立つ桃色の髪へ視線を向け、カウンターの中へ入っていった。

 いつも一緒にいるはずの相方は、今日もいないようだ。

『ほこり退治』にも二人は来なかった。ということは、街の調査か。


 などと真面目に仕事のことを考えつつ、誰も慰めなかったと思しきルークの愛情で毛艶の増した副店長を受け取り、いつものように準備を始める。


「はいクマちゃん、お手々綺麗にしよー」「クマちゃ」


「すまない……、次こそは……! 次こそ必ず迎えに……!」


 そして桃色髪の美青年『頑固おやじ』の苦し気な、何度目かも分からぬ敗北宣言と


「店長さんが〝この俺〟に熱い念を飛ばしている……! 『赤ちゃん帽とアヒルさんも描いて欲しいんだけど……!』――仕方がありませんね。〝絶品お野菜料理〟でさらに美しくなってしまった〝美貌のクマちゃんペン画家〟の俺が、その想いを形にしましょう……! 美しき、俺のために存在する至高のクマちゃんペンで……!」


本当に煌めきが増し、魔法で光もまき散らす鬱陶しいギルド職員の鬱陶しい言葉を聞き流しながら、


「今日の野菜は? これ?」「クマちゃ」店長と副店長は仲良く、大体一瞬で、美味しいお昼ご飯を作っていった。



 本日の昼食メニューは――。


 幼子も大喜び、リンゴとお野菜のサラダ。

 ヨーグルト風味ドレッシング、またはリンゴ酢ドレッシングの二種類をお好みで。


 ナスと生ハムのいろどりが美しいマリネ・ミニトマト添え。


 アサリを白ワインで蒸して下ごしらえした絶品クラムチャウダー、白ワインでは蒸さなかった子供用クラムチャウダー。


 迫力満点、ロブスターの香草焼き。

 小舟に乗った陶器人形クマちゃんが、お料理の横で驚く仕草をしている。

 死神もびっくりでぽっくりしかねない、可愛い飾りつけだ。


 野菜ソースでいただく、こんがり焼いたパリパリ鶏肉。

 こんがり焼いたお野菜も添えて。

 可愛い串の持ち手は、よく見るとクマちゃんのお顔型になっていた。


 デザートは、飾り切りフルーツの盛り合わせ、一口サイズのカスタードクリームパイ。


 お飲み物はいつも通り、癒しのお水、癒しのお紅茶、癒しの野菜ジュース、もこもこに優しい甘い牛乳、大人に優しい甘くない牛乳、すっきりレモン水、村の恵みスイカジュース、食後に運ばれる予定のコーヒー、と非常に盛りだくさんである。


 それは、なんでも魔力に変換できる大人達にはまったく問題のない、しかし赤ちゃんには絶対に食べきれぬ、豪勢な昼食だった。



「飲み物」多すぎでしょ――という店長のクレームは、もこもこを愛する魔王の一瞥のおかげで、副店長の可愛いお耳に届く前に阻止された。

 意味もなく『飲み物』と言っただけの男になったリオは、瞬きを止めた目にひたすら想いをのせ、横暴な魔王様を見ていた。



 副店長の肉球に指示されて作られたメニューは、魔道具に記録され、希望する客達にも振る舞われる。

 騒がしい場所を好まぬ魔王とお兄さんの顔色をしっかりとうかがった冒険者、ギルド職員達は、あまりの美味しさに店外へ移動し、密林で『くそ美味ぇー!!』と叫んでから戻ってきた。


「いや聞こえてっから」


 店長は指摘したが、嚙んでいるのかと疑いたくなるほど勢いよく飲み食いする彼らには聞こえていないようだ。


 心の広い魔王様は店外で騒いだ彼らをお許しになったらしい。

 もこもこの食べられる量を計算し、ごく小さく切り分けた料理を、もこもこの口元へスッと運んでいる。

 

 チャ――、チャ――、チャ――。

 もこもこした赤子が、お上品な子猫ちゃんのように、小さく口元を動かす。

 非常に美味しいらしい。


 隣のテーブルで、何かにやられた死神と、憂慮するマスターの声が聞こえた。



 満足度の高い食事を終え、優雅に癒しのレモン水を飲んでいたウィルは、冷えたグラスを静かに置くと、皿の陰に置かれていた袋へ、シャラ――と手を伸ばした。


「今日のカードも素晴らしいね」


 優しく目を細め、本物そっくりの絵柄を愛でる彼に、かすれ気味の声がかかる。


「え、俺も見たい」


「ほら」ウィルの綺麗な指先がカードを裏返す。

 ――写っていたのは、お目目を閉じて猫パンチを繰り出す、赤ちゃん帽を被ったクマちゃんだった。


『それ欲しい。ちょうだい』とリオが素直な気持ちを吐き出す前に、被弾した誰かが吹雪を起こす。


 口から『さむい……』が零れ落ちそうになった、その時。

 リオは魔王様の持つふわふわに気が付き、目を剝いた。



「なにそれ! なんで一人だけそんなの持ってんの?!」

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