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第334話 仲良しな一人と一匹の、ときめきキャンディ開発。「クマちゃ……!」「え……めっちゃ」

 現在クマちゃんは、一生懸命お鍋をかきまわしている――。

 むむむ、お砂糖が足りないのではないだろうか。



 彼らが到着したのは、見慣れた店の中だった。


「クマちゃ……」


 心優しいもこもこにお願いされたルークが、巨大な鉱石をクッションごと魔力で浮かせ――テーブルに載せた。


「えぇ……」常識人リオの考え的には絶対に持ち出し禁止のいかにも重要そうなアイテムが、レストランのテーブルに載せられている。

 まさか、不足している『自然的、あるいは癒し的な力』とやらを食事で補うつもりか。

 だがその石が欲するのは飯ではない。断言できる。城の隠し部屋へ戻すべきだ。


「あれ、俺もしかして城の外でちゃってます?」城を超え城下町を超え村まで出ちゃっているリオちゃん王が店内を見回す。

「まぁいいか……」そう言うと、どこか疲れたように、鉱石専用席とは別のテーブルに着いた。


 クマちゃんリオちゃんパークの外とはいっても、村の中には癒しの力が満ちている。

 そもそも石もこちらへ来ている。説明も終わっていない。というより、ほぼできていない。

 一人であちらへ戻るより、可愛らしい王と共にいたほうが心も休まるだろう。


 判断力が低下している黒髪リオちゃん王は、余計に疲れそうな決断を下した。


「癒しの力……。店内にある泉へ身を沈めてみたらいいのではない?」


 お疲れな男を見た南国の鳥は、優しい声で大雑把極まりない言葉を紡いだ。

 癒しの力ならそこにあるだろうと。


 リオが独り言をいう。「ひどいと思うんだけど」

 黒髪の彼がゆっくりと頷く。「そういうワイルドなのはちょっと……」


「あ~、すまんが俺は、一度仕事に……」マスターは幼いもこもこと目を合わせないよう気を付けつつ、ルークに合図を送った。

『お前達も行け』


 キュオ……。悲し気な鳴き声が大人達を苦しめる。

 ――優しい死神はマスターへ『本日から休業』の合図を送ったが、見なかったことにされた。


 早朝以外に働いていない彼らには大人の事情がある。

 山のような書類仕事、大型モンスターに関する調査、どちらも進んだ記憶がない。

 ギルドマスターにとって一番やっかいなのは『人間のお客様』だが、職員が呼びにいけない場所で遊んでいたせいで追い返された、などという事件が起こっていたらと思うと、想像するだけで頭が痛い。


 ルークは最愛のもこもこを何度も撫でた。

 何かを察知したもこもこが可愛いお鼻の上に皺を寄せ、彼の指を齧っている。

『いかないでくだちゃい……』指先から、もこもこの想いが伝わる。

『すぐ戻る』男はいつものように別れの挨拶を終えると、金髪の名を呼んだ。「リオ」


「クマちゃんこっちおいでー」


『あ、リーダーも行く感じ?』などと余計な発言をすればコツンとされるに違いない。

 リオはもこもこのお耳に優しくない言葉を心の扉に仕舞い、ルークから我が子を受け取った。



「つーか二時間くらいで帰ってくると思うんだよね」


 もこもこが大きな鳴き声を『クマちゃーん』と響かせる前に、ふわふわのおでこをもしょもしょした悪党が、丸い毛玉に話しかけた。

 彼らは絶対に戻ってくる。なぜならあと少しで昼だからだ。もこもこのご飯の時間に魔王が帰らぬわけがない。

 しかしもこもこはリオの腕の中で丸くなり、返事をしない。別れの悲しみで苦しんでいるようだ。


 毎日幸せなクマちゃんの幸福度、八。――ゼロから十の十一段階である。


「おやつ食べる?」ずるい大人が代替案とも言えぬ言葉を投げかける。

 おやつを食っても魔王は呼び出せない。仲間の仕事もマスターの書類も減らない。

 リオは分かっていたが、素直で純粋な赤ちゃんには効果があった。



「クマちゃ……!」『おやちゅ……!』クマちゃんはハッとした。そうだ。影武者リオちゃんを助けなければ。

 自然的な力と癒しの力が必要だと言っていたのを、すっかり忘れてしまっていた。


 自然的な力というと、やはり自然派なおやちゅのことだろう。

 クマちゃんはむむむ、と悩んだ。大きいとお昼ご飯が食べられなくなってしまう。

 小さくて、自然派で、甘いおやちゅ――。

 

 クマちゃんの頭に飴がよぎる。しかし、丸い飴ちゃんは危ないから『食べちゃダメ』なのである。

 大好きなルークに隠れて食べるような悪事を働くわけにはいかない。

 そんなことをしたら、仲良しのリオちゃんと一緒に地下牢で暮らすことになってしまう。

 クマちゃんは湿ったお鼻にキュッと力を入れた。


 硬くも丸くもない飴を開発しよう。天才パティシエクマちゃんならできるはずだ。

 柔らかい飴はどうだろうか。でも、ふにゃふにゃな飴だと持ち運びが大変かもしれない。


 クマちゃんは影武者リオちゃんを見た。

 うむ。鞄を持っていないひとの顔をしている。

 手と服にくっついたら大変だ。


 乾いている飴――。

 カサカサの――。


 そしてクマちゃんはハッと思いつく。乾燥した木の実のように、カリカリポリポリ食べられる飴ちゃんはどうだろうか。

 うむ。まずは材料を鍋に入れてぐつぐつ煮込まねば。

 


 天才パティシエクマちゃんは、おやつを作りたいらしい。

 リオはいつものように、もこもこを抱いたままバーカウンターの中へ移動し、調理台の前に立った。


「はい、クマちゃんお手々綺麗にしようねー」

「クマちゃ」


 もこもこのお手々をお水で優しく洗い、自身の手を魔法で浄化する。それからもこもこを両手で持ち上げ、服装を確認した。


「帽子は……被ってる。よだれかけ……じゃなくてエプロンね。ごめんごめん。アヒルさんのエプロンがいいかなー」


 一人と一匹の準備が終わると、愛読書である〈はじめてのりょうり〉を持ったもこもこが、子猫のような声で材料を読み上げ始めた。


「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」

『クマちゃ、クマちゃ、牛乳ちゃ、クマちゃ、クマちゃ、お砂糖ちゃ、クマちゃ……』


「えーと、クマちゃん、クマちゃん、牛乳、クマちゃん、クマちゃん、砂糖、クマちゃん……」


 助手のリオは材料の中に複雑に紛れ込む『クマちゃん』を間違えることなく撫でまわした。


 テーブル席のほうから「めっちゃ仲良しっすねー」と羨ましそうな声が聞こえてくる。

 彼は大事なもこもこ人形を片時も離さず抱えているが、本当は生温かい『真のクマちゃん王』を抱っこしたいのかもしれない。


「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」


「えーと、まずはクマちゃんを撫でて、鍋に牛乳を入れて、クマちゃんを撫でて……」


 仲良しな一人と一匹は力を合わせ、作業を進めた。

「ボコボコしないようにすればいいの? へー」熱された鍋を、助手が木べらでかき混ぜる。


「クマちゃ、クマちゃ……!」シャンシャンシャンシャン! 「クマちゃ、クマちゃ……!」シャンシャンシャンシャン!

  

 天才パティシエは懸命に、鍋をかき混ぜる助手を応援した。

「あのさぁクマちゃん」という彼のかすれ声が――シャンシャンシャンシャン「ちょっとだけ鈴の音小さくしてほしいなー」シャンシャンシャンシャン! 大きな鈴の音にかき消される。


 甘すぎる牛乳が完成すると、助手は火を止め、鍋をまな板の上にのせた。

 パティシエは鈴の代わりに杖を取り出し、湿ったお鼻の上にキュッと皺を寄せ、鍋に魔力を注いだ。


 鍋から光の柱が立ちのぼり、ゴゴゴゴゴ――と地鳴りのような低い音が鳴り響く。

「クマちゃんこれおやつ作ってるんだよね? 鍋の底にヤベー門ひらいてるわけじゃないよね?」

 

 十秒ほどが経過し、光と音が消える。リオはサッと鍋底を確認した。

 ――穴も魔界への門も開いていないようだ。その代わりに、何故か細い、白い棒が突き出ている。


「何この棒」食い物には見えない。


「クマちゃ……」パティシエはもこもこしたお手々でスッとそれを示した。


 では、伝説のちゅるぎでこちらを薄切りにしてください……と。


「えぇ……」



「クマちゃ、クマちゃ……!」シャンシャンシャンシャン! 「クマちゃ、クマちゃ……!」シャンシャンシャンシャン!


 凄腕冒険者リオはもこもこの愛らしい声とうるさい鈴の音を聞きながら、伝説の肉球剣でシュシュシュ! と棒を薄切りにした。

 そして切られた部分が、ぱた、とまな板に倒れる。


「え、なにこれ! めっちゃクマちゃんなんだけど」


 なんと、ただの白い棒だと思っていたそれは、断面がクマちゃんのお顔になるよう計算して作られていたのだ。

 一センチメートルほどの小さなクマちゃんには三つの穴が開いており、それがお目目とお鼻に見えるらしい。


「クマちゃんすげー。めっちゃ可愛いじゃん! これお菓子なんだよね? ちょっと味見しよー」


「クマちゃ」


 リオは完成したばかりのそれを、もこもこのお口にそっと運び、自身の口へポイと投げ込んだ。

 カリ、カリ、ポリ……。


『美味い。なにこの癖になる味……』リオはカリポリと音を立てつつ、己が抱えるもこもこを見下ろした。

 上から見ただけで分かった。鼻の上に物凄く深い皺が寄っている。


「…………」気になる。リオはもこもこを両手で掴み、顔が良く見えるように掲げた。


 カリリ……、カリ……、カリ、リ……。硬い物に歯を立てる音が響く。

 視線の先のクマちゃんは、物凄く硬いものをかじる猫ちゃんのように、お目目を吊り上げ、お鼻の周りをもふっと膨らませていた。


「え……何その顔……可愛い……」なんて嫌そうな顔で食べているのか。


 胸が痛い。可愛すぎる。これが『ときめき』というものか。

 こんなに嫌そうな、獣っぽい表情で食事をしている姿など、いままで見たことがない。

 ――だが、そこがいい。

 深すぎるお鼻の上の皺も、吊り上がったお目目も、とにかく可愛い。

 ――死神には見せられない愛くるしさだ。奴なら『カリリ……』の『カ』のあたりで死んでいるだろう。


 カリ……、カリリ……、カリ……、カリ……。


 リオは新たに芽生えた感情に、ゆっくりと頷いた。


「めっちゃ可愛い……」

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