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クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~  作者: 猫野コロ


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第333話 解放のとき。もこもこの願い。何でも叶える彼。「クマちゃ……」「え、何いまの音」

 現在クマちゃんは凄く格好いい彼を一生懸命応援している。



「そうだよね、めっちゃ濡れるよね……」


 隠し通路の最後尾を歩くリオが、ふたたび水しぶきを浴びながら、少ししか文句を言わずに進んでいたとき。

 カツン――。突然足音が変わり、気付けば石畳の上に立っていた。


 仲間達の気配はない。目の前にあるのは、青白い魔法陣が輝く扉のみ。

(封印されてるっぽい)


「…………」リオは振り返り、四角い部屋の中をざっと調べた。

 遺跡のような石壁。水路が青白い光を放ち、壁や天井にゆらゆらと水紋を描く。

 床に何かが描かれている。

 跪き、可愛らしい肉球の模様に指を這わせ――、直後流れる音声に耳を澄ます。


『クマちゃーん』――罠ちゃーん――。


 男は冷めた表情で伝説の肉球剣を抜き『罠ちゃん』に備えた。

 彼の足元に音もなく、黄色いヘルメットを被ったもこもこの幻影が現れる。

 そして、彼のブーツをテテテ、テテテテテ、と肉球で一生懸命叩き始めた。


(クソ可愛い……)何かに負けた男が悔し気に顔を歪め、可愛すぎる罠を見下ろす。

 見つかったことに気付いた切り込み隊長クマちゃんは、両手の肉球をサッと口元に当て、お目目をうるうるさせながら、模様の中へ逃げ帰っていった。


 ヨチヨチ、ヨチヨチ……と。


 死神がくらえば即死級の罠だ。耐えきった男が、シュッと手を伸ばし、床の模様にふれる。

『罠ちゃーん』親切なお知らせの後に現れる、ヘルメットが曲がった切り込み隊長。

 遠慮がちにテチテチされるブーツ。

 素早くなでようとするリオ。彼の指先をふんふんふんふんする隊長。


『クマちゃ……』――リオちゃ――。

 小さな声で呟いた切り込み隊長クマちゃんは、両手の肉球でサッと口元をおさえ、ヨチヨチ、ヨチヨチ……と模様の中へ帰っていった。


「……クッソ可愛い」名前を呼ばれてしまった。最初よりも攻撃が弱かった気がする。

 まさか、呼び出すたびに仲良くなるのか。うっかりすると『もっかい呼んでみよっかな……』などと血迷いかねない。


 危険すぎる――。囚われると大変なことになる罠を二度も堪能してしまったリオは、後ろ髪を引かれる思いで模様から離れ、封印されし扉の前に立った。

 無駄と知りつつ手を伸ばす。青白い光がたわみ、ふっと霧散する。


 扉などなかった――。

 手ごたえの無い虚空に格好良く手を伸ばすポーズをさせられてから、それに気付いた。

 これは普通に通過しても問題ない系の幻影である。見破れなかったのはリオだけだろう。

 もこもこ建設作、封印されし扉風魔法陣カーテンにまんまと騙された男は、苦々しい表情で部屋の奥にいる仲間達を見た。


 部屋と部屋を繋ぐ石造りの通路を進もうとした彼が、違和感に足を止める。

 通路の先。部屋の入り口から半分だけ顔を覗かせる、白い何か。


「クマちゃ……」遅かったちゃんですね……――。


「うわ!」罠には驚かなかった男が、格好良く待ち伏せをしていたクマちゃんに驚く。

 リオは人間の死角に潜む猫のような赤ちゃんをもふ、と抱き上げ、優しく笑った。


「もー何やってんのクマちゃん。そこいたら危ないでしょ」



 石造りの部屋。壁際を流れる水路。室内をほのかに染める青。水紋がゆらゆらとゆらめく。

 中央に置かれた立派な台座に浮かぶ巨大な鉱石が、ぼんやりと鈍い光を放っている。


「クマちゃ……」ルークの腕に戻ったもこもこは、ペロ、と格好よく肉球をひとなめしてから彼らに告げた。


 分かりましたちゃん……。


「へー」


 リオがいい加減な相槌を打つ。もこもこは調べずともすべてが解るらしい。

 彼に感じられるのは、目の前の鉱石は力を失いかけているのではないか、ということぐらいだ。

 

「……――」クライヴは鉱石に恨みでもあるのかという表情で、それを睨みつけていた。

 その輝きの弱さに、目つきがさらに鋭くなる。

 施設の規模と捧げものが釣り合っていなかったせいだろう。己がもっと魔石を積み上げていれば――。

 だが後悔など何の足しにもならない。そんなことを考える暇があるなら大型モンスターを一体でも多く狩るべきだ。


 ウィルはマスターの時計にチラリと視線を投げた。


 それぞれの思いを抱え、もこもこの次なる言葉を待つ。

 赤ちゃんは重々しく頷き、石造りの部屋でそれを告げた。


「クマちゃ、クマちゃ……」

 お部屋が硬そうなのが問題ちゃんでしょうね……、と。


「いや違うと思うけど」という赤ちゃんに厳しい意見は、当然黙殺された。



 そろそろ仕事をしたほうがいい大人達が、緊急会議を開く。

 硬くない部屋とはなんだ、敷物でも敷くか、リオをこの部屋に残して模様替えをさせるか、ひどいと思うんだけど、赤子のおやつの時間だ、ここで食うのはちょっと、お前に食えとは言っていない、ひどいと思うんだけど。

 議論は紛糾した。


 魔王が赤子を抱いたまま、浮遊する鉱石へ近付く。

 男は高位な彼に視線を向け、すぐに戻した。


 ルークがおもむろに手を翳す。彼の膨大な魔力が大きな石を包み込んでゆく。

「クマちゃ、クマちゃ」もこもこした赤ちゃんは彼の腕の中で喜び、一生懸命お手々をテチテチした。


「え、もしかしてリーダーが注ぐ感じ?」


「違うのではない?」


 リオの疑問をウィルが否定する。

 様々な魔法を操る彼が癒しの力を使っているのを見たことはない。

 鉱石から感じるのはもこもこの力だ。大きな魔力ならなんでもいい、などということはないだろう。


 高さ一メートルを優に超える大きな石が、ルークの力で球状に包まれ、バチバチと激しい音を立てる。


「怖い怖いめっちゃやめたほうがいいやつ」


 保守的な意見がバチバチでかき消される。

 薄暗かった部屋はほとばしる魔力で明るくなったが、繊細な男リオの心は不安で翳った。


 彼らがバチバチを眺めている間に、長いまつ毛をゆるりと動かしたお兄さんが、闇色の球体から何かを落とす。

 しかしそれに気が付いたのはルークだけだ。


 魔王が軽く腕を動かす。バチン、と、バキ、の中間のような音が響き「え、何いまの音」石が台座の上からわずかに移動した。


「ヤバいヤバいめっちゃヤバい人いる」常識人リオの考え的に一番やってはいけないことをした男へ、恐怖の眼差しを送る。

 なんということを。その鉱石をどうするつもりだ。明らかに特別な役割を持つものをバキっと外すなんて。


 慄く常識人の思いを知らぬ破天荒な男は、巨大な鉱石をフワリ、と厚みのある円形クッションの上に置いた。

 テチテチ! テチテチ! 可愛らしい拍手の音が響く。


 つい先程まで神秘的に浮遊し、威厳すら漂わせていた巨大鉱石が、冷たい石造りの部屋の中、柔らかな巨大クッションに寝かされ、ぼんやりと光っている。

 

「……可哀相に……」ぼんやりとした光に照らされたリオの口から、ぼんやりと憐れみが漏れた。

 この男とは一生分かり合えない。赤子に過保護という次元を超えている。

 クッションが激もこでも部屋は硬いままではないか。そもそも部屋が硬いからなんだというのだ。

 リオが否定的な感情を心のクッションに寝かせていると、隣の部屋から『リオちゃん王』の声が聞こえてきた。


「さっきは説明しなくてごめんねー。ちょっと自然的な? つーか癒し的な? 力があっちにもこっちにもなんなら俺にも不足してるっていうか……」不自然に言葉が途切れる。


 入室したリオちゃん王の視線が空の台座からクッションにぼんやり横たわる鉱石に移り、四回ほど往復した。

 そして再び話し出す。


「不足してるっていうか溜まんのに時間かかるから待ってるか増やすか選んでねって言おうと思ったら『溜める石外れてる!!』っていう衝撃的な光景を目撃。『溜める石外れてる!!』としか言い様がない。第三の選択肢『溜める石外す!!』に震撼するしかないんですけど」


「おや。では君の髪が金色ではなくなっているのも力が不足しているせいということ? 大丈夫なのかい?」


 ウィルの思い遣り溢るる言葉を聞いた本物のほうのリオが言う。

「石外したせいかもしれないじゃん」

 


『リオちゃん王』を見たクマちゃんは、もこもこした口元をサッと押さえた。

 大変だ。影武者リオちゃんはエネルギー切れらしい。

 ツヤツヤの黒髪もお兄ちゃんみたいで素敵だが、『良い感じちゃんですね』と褒めている場合ではないようだ。


 心優しいもこもこは、オープン日よりも先に最後の日が訪れそうなクマちゃんリオちゃんパークの資金難をどうこうする計画を後に回し、何かが足りない『リオちゃん王』をどうこうする計画を実行することにした。



 猫のようなお手々でごそごそと鞄をあさるクマちゃんを見たリオが、警戒を強める。

 そして、杖を持ったもこもこの湿ったお鼻の上に皺が寄った直後――。

 彼らと『リオちゃん王』とふわふわクッションとその上の鉱石は、石造りの部屋からまとめて消えていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『クマちゃーん』――罠ちゃーん―― 親切設定wwこんな罠なら何度も踏み抜きたい 映画といい罠といいクマちゃんリオちゃんパーク面白過ぎて最高です
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