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クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~  作者: 猫野コロ


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第235話 甘くてふわふわな彼らの幸せな朝。

 現在クマちゃんは大好きなルークと一緒に、爽やかな朝の風を感じているところである。


◇  


 壁のない南国風民家。

 波の音が風にのり、かすかに響いている。


 クマちゃんは心地好いルークの胸元から彼を見上げ、視線でおはようのあいさつをした。

 優しく撫でてくれる大きな手。

 捕まえた指をもぐもぐすると、やはりいつものように逃げられてしまう。 


 温かな腕を抜け出したクマちゃんは、ルークのお顔まで進み、彼の顎にお鼻をくっつける。


「冷てぇ」


 低くて格好いい声が空気を揺らし、すぐに大きな手に捕らえられてしまった。



 幸せな朝の時間を堪能したクマちゃんは、眉間に皺をよせたまま寝ているお寝坊さんを起こしてあげることにした。

 あの表情は――。

 うむ。きっと楽しくない夢を見ているに違いない。



 リオは夢と現実の狭間にいた。

 体が金縛りにあったように動かない。

 己は何故か、明らかにようすのおかしい円形の祭壇に横になっている。


 ゆらゆらと、魔法陣が揺れている。


 早く、立ち上がらなければ――。

 やつに襲われてしまう。

 白い、もこ――。



 クマちゃんは円形祭壇風魔法陣ベッドの上をヨチヨチと進み、苦しそうなリオの横に到着した。

 仰向けで寝ている彼。どんな夢を見ているのだろう。

 首を傾げたクマちゃんのお耳に「白い……」とかすれた声が届いた。


 クマちゃんはすぐに分かった。


 夢のなかのリオちゃんは探し物が見つからなくて困っているのだ。

 優しいクマちゃんが『白い』幸せなものをお届けしてあげよう。

 ルークに掛けてもらった鞄の中から、白っぽい美味しそうなそれを取り出す。


 うむ。とてもいい香りである。

 いい香りすぎて、ちょっとだけ味見をしたくなってしまった。

 

 クマちゃんはハッとなった。


 味見は大事である。痛んでいたら大変だ。

 半分だけ食べてから、リオちゃんにお届けしよう。


 

 夢と現実の狭間にいるリオは、妙な音を聞いた。 


 チャ――、チャ――、チャ――。

 ペチャ……ペチャ……。

 

 耳元で、けものが血肉をすすっている。

 血肉が放つ、甘い匂い。

 まるで、イチゴケーキのような――。



 リオの耳元にいるクマちゃんは、のちほど己の血肉になるであろうイチゴケーキをお上品に食べていた。

 うむ。とても美味しい。

 ふわふわなクリームとイチゴとスポンジケーキの味である。


 肉球をペロリ、としたクマちゃんはハッとなった。

 美味しくいただいている場合ではない。

 美味しいこれをリオちゃんにお届けしなければ。


 どうすれば届くのだろう。クマちゃんは悩み、ひらめく。

 ――食べさせてあげればいいのでは?

 なるほど。名案である。


 振り向きルークを見つめると、彼はクマちゃんの体をふわり、と浮かせてくれた。

 うむ。彼も同じ考えのようだ。

 ケーキを持ったクマちゃんは、仰向けで寝ているリオちゃんのお顔までふわふわと移動させてもらった。



 ベチャッ――。クマちゃん運輸に空輸された、クマちゃんの食いかけケーキが、おやすみ中の村長の口に落下する。


「ぶぁ!! ん゛ん゛ん゛……」


 起床の仕方が穏やかではないリオ。運送会社の愛らしい「クマちゃ……」

『ぶぁ!!』は異物の排除に失敗し、未来の血肉、現ケーキの侵入をゆるした。


「クマちゃ……」


 可愛いクマちゃんの肉球に従い、ルークの魔法はリオの顔の上で終了した。

 最愛のもこもこの手伝いを終えた魔王が二度寝を始める。


「…………」


 顔にクマの赤ちゃんをのせ、リオは静かになった。

 心配ごとが無くなったクマちゃんも、彼の顔の上で静かになった。



「……おい。大丈夫か……」


 家の周りを見回っていたマスターが、騒ぎと静寂に気付き戻ってきた。

「いま獣みてぇな声が聞こえなかったか?」


『ぶぁ!!』に問題を感じたマスター。


「問題ない」


 見守っていた死神が答える。

 もこもこがつくった癒しの空間では、問題など起こらない。


 心優しいもこもこがケーキを運んでいるところを見た彼は、朝から感動していた。 

 やつの眉間の皺に、何か邪悪なものを感じ取ったのだろう。

 もしや、この祭壇のような寝床にもそのような意味が――。



 思いやりの儀式から始まった南国風中庭の美しい朝。


「クマちゃん。寝てるひとの顔にケーキ落としちゃ駄目でしょ!」


『クマちゃん、駄目!』リオがベッドの上でもこもこを叱る。


 腕の中で撫でられながら彼を見上げるもこもこは、可愛いお口を開けたままリオを見ている。

「クマちゃ……」愛らしい声が彼を気遣う。


『リオちゃ、あぶないちゃ……』


 あぶないところでしたね。クマちゃんのケーキは夢まで届きましたか? ……という意味のようだ。


「いや夢に届く前に起きるよね。ベチャッてしたら」


 ガタガタと文句を噴き出すリオはもっとガタガタ言おうかと思ったが

「もー……次からは普通に起こしてくれればいいから」すぐに諦めた。

 愛らしいもこもこは、怖い夢を見ていたように見えた(らしい)彼を心配してくれたらしい。


「おはよークマちゃん」


 彼は口元がケーキっぽいまま可愛いクマちゃんに朝の挨拶をした。


「クマちゃ……」甘えっこのクマちゃんが、彼に肉球を伸ばす。

『リオちゃ……』


 頬にお鼻をくっつけ可愛い挨拶をしてもらったリオは


「あークマちゃん鼻ぬれててかわいい……めっちゃもこもこしてる……もこもこ……」


もこもこの頭に自身の鼻をつけた。


 朝からふたりともケーキまみれだ。 


 

 素晴らしい島の景色をひとりで楽しんでいた南国の鳥。


「おや」


 散歩から戻ってきた彼はいつもと違うもこもこに気付く。

 真っ白なのは変わらないが、ふわふわの被毛がところどころペタッとしている。


「クマちゃんから甘い香りがするね」


 リオの顔がケーキまみれなことに気付かない南国の鳥は、どこかの美形探偵のように口元に手を添え


「この香りは……イチゴケーキ……?」


答えに辿り着いた。


 ――なんか顔べたべたするんだけど……――。


 壁のない室内に『べたべた……』と不穏な風が吹く。


 視線を伏せた村長の目に、祭壇の穢れが映る。

 光沢を放ついかがわしいシーツ。飛び散ったケーキの破片。

 とろみのあるものを踏んだ犯人の、肉球っぽい足跡。


 怨念のような声に反応した魔法陣が、淡く光った。


「あ。綺麗になったし」


 光が消えると、真っ赤なシーツは新品のように美しく戻っていた。

 

 ハッとしたリオが己の顔に手を伸ばし

「あ……シーツだけなんだ……」寂しそうに呟いた。


「クマちゃ、クマちゃ……」仲良しのリオちゃんの寂しさにつられたクマちゃんが、悲しそうに呟く。

『リオちゃ、べたちゃ……』

  

 かわいそうなリオちゃんは何故こんなに汚れてしまったのでしょう。クマちゃんと一緒に温泉に入った方がいいかもしれませんね……という意味のようだ。


「…………」


『クマちゃんが! 寝てる俺の顔に! ケーキ落としたせいでしょ!』と騒ぐ元気のない新米ママは、同じ穢れを纏うクマちゃんを抱え、静かに南国天空露天風呂へと旅立った。

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