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第233話 最後まで丁寧におもてなす、赤ちゃんクマちゃんの優しいお歌。

 仲良しのリオちゃんにだっこされているクマちゃんは、現在お客様へおやすみの挨拶をしているところである。



 ソファに座っている彼らの視線の先では、リオに抱えられらたクマちゃんが一生懸命おしゃべりしていた。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『今日ちゃ、ねるちゃん……』


 クマちゃんはもう寝たほうが良いと思います。

 はい分かりました。クマちゃんはそうします。

 皆さんも今すぐ寝てください……、という意味のようだ。


「クマちゃんはたくさんお話できてえらいですねー」


 我が子の愛らしさ、大切さを再認識した新米ママリオちゃんは、とにかくもこもこを褒めたい気分のようだ。

 帽子をとってふわふわになった頭に頬擦りしたり撫でたりして可愛がっている。



「クマちゃんにそんな過去があったなんて……」


 ウィルは『ルーク達と出会う前のクマちゃんのお話』に心を痛めていた。

 リオに撫でまわされているもこもこを切なげに見つめている。


「そうだな……。怪我はひどかったのか?」


 眉間に深い皺をよせ、マスターがルークに尋ねる。


「ああ」


 魔王のような男は少しだけ目を伏せた。

 つぶらな瞳のもこもこ。ふわふわの頭。犬の歯型。

 出会ったときの瞬間を、鮮明に思い出す。


 低く色気のある声が、静かに答えた。


「ひでぇ怪我だった」

 

「そうか……――」


 クライヴは一言だけ呟き、冷たい表情でどこかを見つめた。

 まるでそこに仇がいるかのように。



 そこまでの怪我ではない――。真実を告げる者はどこにもいない。



「クマちゃ、クマちゃ……」

『おやすみちゃ、お歌ちゃ……』


 クマちゃんは子守唄を歌います。頑張ってください。

 はい、分かりました……という意味のようだ。


「あ、聴く方が頑張るかんじ? クマちゃん可愛いねー」


 細かいことを気にするタイプの村長は、歌を聴く前からイチャもんを付けている。



 両手の肉球を合わせ、もこもこが歌い出す。


「――クマちゃーん――」子守歌は大事なことをそっと伝える。

『――ごはんは海ちゃーん――』と。


「クマちゃんまさかだけどメシは自分で釣れって言ってる?」


 クマ的発想だ。クレーマーは察知した。


 もこもこは瞳を潤ませ、クマ差別に耐えた。

 

「――クマちゃーん――」子守歌は悲し気に彼らに教える。

『――スイカもあるちゃーん――』贅沢品もあると。


「いやスイカと魚だけじゃきついでしょ」


 欲深いクレーマーの果てしない要求。


 シンガーソングライターはあまりの恐ろしさに体を震わせている。

 もこもこはそれでも歌うことをやめない。


 曲は最高の終わりへと進む。


「――クマちゃーん――」震える子猫の歌声は、持てるすべてを差し出した。


『――ケーキ置いとくちゃーん――』


 シンガーソングライターは強欲すぎるクレームに、大きな愛で応えた。

 どんなにつらくとも最後まで歌いきる天才歌手、赤ちゃんクマちゃん。


 感動的な歌声に、大きな拍手が響き渡る。


 シンガーソングライターの子守歌『エサ場』は、一部の人間の欲望を搔き立て、大勢を涙させた。


 愛と癒しがあふれる温かなおもてなしに、お客様達がふわふわベッドから立ち上がり、最大限の賛辞を贈る。


「副村長……俺たちのために色々ありがとうございます……!」

「明日から魚を釣ろうと思います……!」

「素晴らしい歌声でした……!」


 拍手の音に紛れ込む――えぇ……――。


「あいつは木の実だけで暮らしてたってのに……。人間が幸せに暮らせるように精一杯頑張ってくれたんだな……」


「クマちゃんは本当に純粋で優しいね……。僕も良い木の実を見つけて贈り物にしたいのだけれど」


「ああ。探せばどっかにあんだろ」


「そうか――あそこか」


 明日から仕事中に木の実を探すつもりの保護者達。


 悲しみを引きずらない健気な生き物クマちゃんが、自身を抱える村長へ「クマちゃ、クマちゃ……」と愛らしく話しかける。


『クマちゃ、釣り具ちゃ……』


 クマちゃんは寝る前に釣り道具を作りますね……、という意味のようだ。


「クマちゃん優しいし可愛い……けどなんかもやもやする……」


 肉好きな村長がもどかしさに苦しむ。


 クマちゃんはとにかく愛らしく、心優しい。

 だが肉なし生活はつらいのではないか。

 やつらは本当にそれでいいのか。


「クマちゃんの頭かわいい……めっちゃもこもこしてる……もこもこ……」


 リオはもこもこの可愛い頭に鼻先を埋め、客の食料事情の心配をやめた。

 魚とスイカとケーキでもどうにかなるだろう。

 


 「クマちゃ、クマちゃ……クマちゃ、クマちゃ……」


 せっせと釣り竿を作るもこもこ。

 素材はリオが密林で拾ってきた木の枝と、そこらへんにある〈クマちゃんの砂〉だ。


 肉球からパラパラと光の粒が広がり、枝は輝く釣り竿になった。

 

「なんか凄そう。どうにかなりそうな気がしてきた」


 砂が付かないようクマちゃんの胴体をもふ、と掴んでいるリオは頷いた。


「うーん。とても素敵な釣り竿だね。明日は僕たちも釣りをしてみようか」


「おい。明日は森だろうが」


 南国の吞気な鳥は素敵なオアシスを気に入ってしまったらしい。

 マスターが嫌そうにウィルを見た。

 お前たちにはやることがあるだろう、と。


「クマちゃ…………」


 愛らしい声が突然止まり、リオのかすれ声が聞こえた。


「あれ、クマちゃん寝た? リーダークマちゃん寝ちゃったかも」


 もこもこを抱き寄せ仰向けに抱っこすると、ちょっとだけ舌を出したクマちゃんがお目目を瞑っていた。


 とても愛らしい。

 おやすみしてしまったようだ。


 新米ママリオちゃんは優しい眼差しを向け、我が子をそっとなでた。


 パッ――。


 突然ひらくお目目とお口。


「普通にこわいんだけど」


「……クマちゃ……クマちゃ、クマちゃ……」

『……クマちゃ……釣り竿ちゃ、寝てないちゃ……』


 クマちゃんが用件を告げる。


「絶対寝たほうが良いけど絶対聞くわけないやつ」

 

 リオはクマちゃんの代わりに砂を撒き


「ほら釣り竿めっちゃたくさんできたからねー。あそこの家で寝ようねー」


もこもこを抱っこしたまま立ち上がると、壁の無い家へ移動した。


 彼のいた場所には光っていない釣り竿の山が転がっていた。


「あいつは本当に雑だな……まぁ寝かせたほうがいいのは間違いねぇが」


 顎鬚を撫でたマスターが渋い声で感想を述べた。

「こんなに要らねぇだろ」


 彼はため息を吐き、すでにいないルーク達のあとを追った。


「酒場にはどうやって帰るんだ……」

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