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第18話 最高の立地

 ハッとしたクマちゃんは、純白にきらめく猫手で素早く、一番良い感じにみえるそれをつかんだ。



 夕食後、部屋までの快適な移動中。

 クマちゃんは口元に手を添え、ふむむ、と考えていた。


 今日、クマちゃんの実家にある本棚で見つけた本に、なんだか気になることが書いてあった。

〈はじめてのりょうり〉を読むのに忙しく、隣にあったその本は、まだ目次しか見ていない。


 うむ。

 今夜、寝る前に読んでみよう。

 

 そういえば、立入禁止区画から戻り、酒場でルークにご飯を食べさせて貰っているあいだも、食べたあとも、彼はずっとクマちゃんの〝へこみ〟を長い指で撫でていた。


 椅子の点検は、ほとんど問題なく終わるはずだった。


 しかし、クマちゃんが床に落ちた(ふた)を拾おうとしたとき、接着剤が垂れている椅子の脚と、もこもこした頭がぶつかってしまったのだ。


 気付いてもらえるまでくっついたままだったのは辛かった。

 でもルークがたくさん撫でてくれたので、初仕事は概ね成功である。



 大きく空いた穴から光が指す、薄暗い洞窟のような部屋の中。

 壁際の倒れた木は、土も水も無いまま、何故か枯れずに綺麗な緑を茂らせている。


 室内に漂う空気は、まるでここが神聖な場所であるかのように澄み渡っていた。


 いつも通りルークにお風呂に入れてもらい、真っ白な体はふわふわだ。

 もう眠たいのだが、本を、読まなければ。


 クマちゃんはベッドの上でリュックから目的の物を取り出した。

 ルークの膝にヨチヨチもこもこと戻り、可愛らしい白いクマの絵が表紙の真っ白な本を開く。


〈クマちゃんと魔力〉


 ―魔力の増やし方―


・レベルが上がるとクマちゃんが扱える魔力も増えます。

・魔力が足りないときは、クマちゃんの大好きな人から分けてもらいましょう。

 

〈クマちゃんのお店〉


 ―開店準備編―


・クマちゃんが作ったものはここに置きましょう。

・開店に必要なものは、お店の模型とたくさんの魔力です。

・お店を開く場所に模型を置いて、たくさん魔力を注ぎましょう。


※(十分な広さのある場所でやりましょう)


 なんだか簡単そうである。

 準備編の後の事が気になったが、この本は何故かこれ以上開けないようだ。


 魔力が足りないと思ったことはない。

 クマちゃんが大好きな人はルークである。

 魔力を増やせば冒険者としてルーク達についていけるだろうか。


 そもそも、レベル、というのはなんなのだろう。

 扱える魔力が増えるというのはどういう意味だろうか。

 そしてどうやって上げるのか。


 それにいきなり〈クマちゃんのお店〉と言われても、クマちゃんは現在アルバイトで忙しい。

 お店を開いている場合ではない。


 はじめて作ったあれは、大事なものだから売るつもりもない。

 しかし、貰えるものは貰う主義である。


 いまのクマちゃんにお店は必要ないが――

 建てておいて、物置にしたらどうだろうか。


 何かを作っても、それを売る予定はないのだ。

 良いものが出来たら、ルークにあげたい。

 たくさん作ったら喜んでくれるかもしれない。


 余ったら、仲間にも分けてあげよう。

 うむ、と頷く。

 

 まず大好きなルークから魔力を貰い、その後お店の模型とやらを探せばいいのではないだろうか。

 クマちゃんが使っている杖の先の模型のような物かもしれない。


 取り敢えず、よくわからない物は大体実家にあるはずだ。



 リオは、少し癖のある金色の髪を乾かし、寝る準備を整え、すでに仰向けでベッドに横になっていた。

 そのかっこうのまま、目線だけでルーク達の――主に、謎の生き物クマちゃんの行動を観察していた。


 さきほどまで、白いクマちゃんが白い本を、半分寝ている猫のような姿で読んでいたのだが、読み終えたのか、限界がきたのか、ルークによって片付けられたようだ。


 ルークの手が、もこもこの悲しいへこみを撫でている。

 すると猫のような両手が、むに、と彼の手をつかんだ。

 

 もこもこのつぶらな瞳は真剣に、彼の長い指を吟味している。


 そうしているうちに、素晴らしい指を見つけたらしい。

 深く頷いたクマちゃんが、それをくわえる。


 金髪は思わず言った。 


「え? クマちゃんて赤ちゃんだったの?」


 それは、もこもこした生き物の矜持を傷付けかねない失言だったが、失言男は気づかずに観察を続けた。


 白いもこもこは忙しいようだ。

 一心にルークの指先を吸っている。

 

「…………」

 

 ルークは、もこもこした生き物へ視線をやった。


 彼は己の魔力が、羽毛よりもさわり心地が良いもこもこに向かって流れていることをすぐに理解した。

 いつも通り驚くこともなく、永遠に尽きぬそれを指先に集める。

 魔力は問題なく移動し、白い綿毛が吸収しているように見えた。


 だが、ふわふわな白から感じるそれは、普段と変わらず弱々しかった。

 

 ルークが身の内に抱える魔力は、底がないといっても過言ではないほど膨大だった。

 もこもこに渡した程度で尽きることは無い。

 指先に集めた魔力が次々と、白い生き物のいる先へ消えてゆく。


 彼は普段と変わらぬ表情でその様子を眺めながら、猫のようなクマが満足するまで魔力を与え続けた。



 ふと、指先の魔力が失われなくなったことに気づく。


 ルークがもこもこの目元へ視線を流すと、十分に満たされたのか――艶やかな黒は純白でおおわれていた。

 彼はそのまま、いつものようにあたたかな白を抱えて横になると、可愛いふわふわが無くなってしまった部分をもう一度だけ撫でてから、静かに目を閉じた。



 鼻先に、朝の空気を感じた。


 ルークのあたたかな胸元で、クマちゃんは目を覚ました。


 クマちゃんの頭は昨日と変わらず、ふわふわの一部がへこんでいる。

 ――まだ一緒に寝ていたい。


 欲求を振り切り、長くて格好いい彼の腕をするりと抜け出す。

 ベッドの枕元にあるリュックから、杖を取りだした。


 クマちゃんは、小さな黒い湿った鼻にキュッと力を入れると、猫手で細長い白を振り、目的のために行動を開始した。


◇ 


 いつもならもう少しルークと一緒に寝ていたところを、後ろ髪を引かれる思いで抜け出し、クマちゃんは一人寂しく実家に戻ってきた。

 

 早く〝店の模型〟というものを見つけ出して、あの幸せな空間に戻らなければ。


 黒くてつぶらな可愛い瞳をきりりとさせる。

 決意を新たに、室内のどこかにあるはずの模型を探す。


 この時、やはり鏡が光っていたのだが、今はそれどころではないもこもこがそれに気づくことはなかった。


 部屋の隅に、白く塗られた木製の箱がある。

 気になって近付くとやはり、クマちゃんみたいな顔が描かれている。


 あやしい。

 あの白い本と似ている。


 第六感が働いたクマちゃんはハッとした。

 箱を開けてみると、おもちゃ箱のようだった。


 うむ。

 全部気になる。


 でも、早く戻ってルークに会いたい。


 寂しがり屋の猫のようなクマちゃんは、他のものには目もくれず、今回の目的である店の模型っぽいものだけを探した。


 ――大変だ。

 それらしいものが複数ある。


 己の勘を頼りに一つに絞ったクマちゃんは、肉球でムニ、と模型らしきものを掴み、それだけを持ってルークのもとへ戻った。


◇ 

 

 一部が森のような部屋に、クマちゃんが戻った時には、気配に敏感なルークはもう起きていた。


 彼はいつものように優しくクマちゃんを撫でた。

 専用の引き出しから、先日買ったばかりの黒と緑のリボンを選ぶ。

 そうして、ルークは一匹と自身の身支度を淀みなく整えた。


 ゆったりと朝食を取った十分後。

 彼らはクマちゃんをマスターに預けるため、立入禁止区画の奥へと進んでいた。

 

「リーダー。昨日の、クマちゃんの授乳みたいなのなんだったの?」


 言葉の選び方に難があるリオは、少し伸びた金色の髪を耳に掛け、クマちゃんを抱える無表情男を見た。


「授乳じゃねぇ」


 ルークは質問者に視線すら向けず、魅惑的な声で端的に答えた。


 彼に抱かれたクマちゃんは、最新ファッションに身を包み、いつも以上に上品で愛らしい姿になっている。


「今日のクマちゃんはリーダーの色合いだね。新しいリボンもとても良く似合っているよ。でも、今度は青いリボンも一緒に結んだらいいのではない?」


 南国の鳥のように派手な青髪の男は、上品な綿毛にやさしく青を勧めた。


 おしゃれにこだわりがあるウィルは、クマちゃんの服装の変化にも敏感だった。


 彼が歩くたびに装飾品が揺れる。

 朝の廊下にシャラシャラと、澄んだ音色が響いた。


◇ 


「来たか。お前らも、毎日変わらねぇ仕事ばかりで飽き飽きしてるだろうが、今日も、森の調査と大型モンスターの討伐だ」


 疲れた顔のマスターは何度かこめかみを揉み、クマちゃんを受け取りながら彼らに依頼内容を伝えた。


「了解」


「了解でーす」


「了解マスター。行ってくるよ」


 相変わらず雑な承諾だった。

 言葉を返した三人は、どれだけ倒しても一向に減らない大型モンスターの討伐と、原因の調査のため、平常通り、気負う様子もなく部屋を後にした。



「あ~。そうだな……」


 マスターは、猫が出題した難問に挑む仕事中の人間のような声を出した。

 その間に、クマちゃんの首にアルバイト専用ギルドカードを結ぶ。


 黒くてつぶらな可愛い瞳が、彼に期待の眼差しを向けている。

 潤いのある黒丸と見つめ合い、素晴らしい時間が過ぎてゆく。

 

「……じゃあお前の今日の仕事は――取り敢えず酒場に行って、困っていそうな職員でも探してこい。もし誰も居なかったら、危ねぇからすぐにこっちに戻ってくるように」 


 マスターは制限時間内に最適解へ近付けなかったギルドマスターのように、渋い声で雑すぎる命令を下した。


 密命を受けたクマちゃんは、彼が色々な問題を投げ出したことに気付かず、うむ、と頷き立入禁止区画をヨチヨチもこもこと進んで行った。


 その三十分後、マスターは雑すぎる命令を出したことを後悔する。



 長旅を終えヨチヨチと、人のまばらな酒場へやって来た、期待の新人アルバイタークマちゃん。

 猫のようなお手々でギルドの仕事を減らし、少しでもルークを助けるためだ。

 まずは情報収集から始めようと人々の声を聴いて回る。


「なぁ。この間、回復薬の数が足りないってギルドの奴らが言ってるのを聞いちまったんだが……」

「はぁ? まじかよ。それっていつの話だ? もう補充されてんじゃねーの?」

「二日前くらいだったか、衝撃すぎてよく覚えてねぇな……」


「あ、その装備かわいい~! どこで買ったの? まだあるかな?」

「どうでしょうか……。実は私、そのお店で聞いちゃったんですけど。もっと頑丈な装備の在庫を増やさないといけないから、しばらくは、装飾が凝ったものは作らないって」

「え……、それほんと? じゃあ、もしかして、あたしたちまでおっさん達みたいなかわいくない装備着ないとダメってこと?」


「あの、先輩。アイテムの在庫が不足してるって噂が冒険者達に流れてるみたいなんですけど、そんなことないですよね?」

「うわっ馬鹿だろお前! それをここで言うんじゃねーよ! ……後で教えてやる。今は聞くな」


 まだ少ししか聞いていないが、それでも良くない雰囲気なのはクマちゃんにもわかった。

 このままだといつか皆、戦えなくなってしまうのではないだろうか。


 ルーク達はとても強いらしい。

 怪我なんてしているのを見たことがない。

 マスターも『あいつらの心配はしなくていい』と言っていた。


 でも、いつもこの酒場でやさしく声を掛けてくれる冒険者達や、ギルドの職員達が大変な思いをするのは見たくない。

 

 クマちゃんは今日の朝、自分が手に入れた物のことを考えていた。

 昨日ルークから貰った魔力と、この模型があれば皆を助けられるのではないか。

 アルバイトが忙しいから、お店を建てても意味がないと思っていた。


 ――もしも、皆が欲しがっているものが自分の手で作れるなら。

 

 クマちゃんの視界に、この街最大の酒場が入ってくる。

〝十分な広さのある場所でやりましょう〟


 広い。とても。


 ここしかない。


 クマちゃんはリュックから、今朝手に入れたばかりの模型と、いつも使っている真っ白な杖を取り出した。



「おいおいおい……。ありえねぇだろうが! 一体、なんなんだこれは……」

 

 新人アルバイタークマちゃんに命令を下した、たった三十分後。

 マスターは、ギルド職員からの救援要請を受け酒場に駆けつけた。

 彼がいま目にしている『ありえない』ものは、彼の常識でも森の街の常識でも測れないものだった。


 広い酒場内。

 飲食用の空間に置かれたテーブルや椅子の一部をなぎ倒し、見たことのない白い、店のようなものが現れていた。


 その存在もおかしいが、建っている場所も相当おかしい。

 酒場の中。

 せめて壁際にしろと思うような絶妙な位置。

 

 全く意味がわからない。


 先ほどまでは確かに、普段通りの酒場だったはずだ。

 こんな非常識なものは無かった。

 断言できる。

 しかし、意味がわからなくても店の看板に書かれている文字は読める。


 残念ながら、読めてしまった。


【クマちゃんのお店】


 実際はそんなものを見なくたってわかるほど、店らしきものの外観は、クマちゃんにしか見えないもので覆われている。


 真っ白な外壁。

 そこに描かれた可愛らしいクマちゃんの顔。 


 ドアや装飾も真っ白で、至る所にクマちゃんらしき形が見える。


 昨日、もこもこがどんな力を持っていてもギルドには関係ないと言ったばかりだ。

 それなのにギルドの内部に、もこもこが造ったと思われる怪し過ぎる物が出来てしまった。


 怪しい店になぎ倒された、テーブルや椅子。

 横になった彼らも『ありえない』と言っているだろう。

 それとも『やめて下さい』だろうか。


 マスターは、疲れた顔でそれらを見つめながら、考えても今更どうしようもない事を考えていた。


『あの時、ちゃんと考えてから命令を下せば、この店はここに出現しなかったのだろうか――』と。

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