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第17話 そんなことより

 クマちゃんは、うつむく猫のように、ただ静かに過ごしていた。



 非常に簡単な説明を終えた眼鏡のギルド職員は、新人アルバイタークマちゃんに仕事を任せると「それが終わったらマスターの所へ戻るように」と言って足早に去っていった。

 

 白いもふもふな顔の中にあるつぶらな黒い瞳が、もう一度酒場を見回す。

 先程と変わった様子はなく、人はまばらだ。

 よく磨かれたカウンター。


 広い空間。


 大勢の冒険者が一度に飲食できる、たくさんのテーブルと椅子。

 高度な技術で造られているらしい掲示板は、文字が光ったり動いたりしているが、家具や備え付けの棚などは、森の街らしく木製のものばかりだ。

 

 ルークが帰ってくる前に、急いで仕事を終わらせなければ。

 そしてご褒美に、頭をいっぱい撫でてもらおう。

 

 うむ、と頷いたクマちゃんは、一番近くの椅子までヨチヨチと歩くと、もこもこのお手々を伸ばし、早速点検を開始した。



 思ったよりもガタついているものは多く無い。

 しかし椅子の数が多い上、体が椅子より小さいクマちゃんでは、確認するだけでも結構な時間が掛かる。


 点検方法など知らない素人のクマちゃんは、目に入る椅子を手当たり次第にひたすらガタガタ揺らしながら終わりを目指す。   

 警戒心の強い猫のようなところがある期待の新人クマちゃんは、見つけてしまった数カ所目のガタつきに、慎重に、職員から渡された危険な液体を掛けた。


 問題なく進むアルバイト。

 作業の終わりも近い。



「クマちゃん~。マスターが、そろそろルークさんが帰ってくる時間だから戻ってこいって~」 


 大雑把で優しいギルド職員の彼女が、時間が経っても戻ってこない新人アルバイタークマちゃんを探しに来たようだ。


「あれ~? クマちゃんかくれんぼ~?」


 大雑把な彼女の目に、椅子の横で屈み込むクマちゃんが映る。


「ほら見つけた~出ておいで~。あれ? ……頭くっついてるんですけど~!!」 


 彼女は屈み込む白いもこもこを抱き上げようとしたが、何故かクマちゃんの頭と共に椅子も動く。


 椅子の脚に垂れた接着剤とクマちゃんの頭が、不幸にも接着されてしまったようだ。

 なんでも簡単にくっつくそれは、クマちゃんの頭も簡単にくっついた。



「おいおい……。冗談だろ。一体何が起こったらこんなことになるんだ」


 急遽現場に呼ばれたマスターは腰の横に手を当て、俯き気味にこめかみを揉んでいる。

 期待の新人アルバイタークマちゃんによって、マスターの仕事はどんどん増えていく。


  

「クマちゃん頭へこんでんじゃん!!」

 

 森での調査に区切りをつけマスターの所へ戻ってきたリオが、クマちゃんを見て叫ぶ。

 白いもふもふの頭の横が、何故か、一部へこんでいる。


「……どうしたんだ」


 低い美声の彼が、ふわもこな毛のへこんでしまった部分を長い指で撫でながら、切れ長のその目を少し伏せ、尋ねる。

 表情や声にほとんど変化はないが、その指はずっと同じ場所を撫でている。

 

「……酒場の椅子に接着剤でくっついていた。詳しい理由はわからんが、その白いのは今日からアルバイトとしてここで働いていたから、多分、その関係だろう」


 相変わらず俯き気味にこめかみを揉んでいるマスターが、ため息交じりに答えた。

 折角治ったはずの頭痛がぶり返したのか、先程から目元を隠すように手が額に置かれたままだ。


「マスターはなんだか大変だったみたいだね。でも、少しくらい髪型が変わってしまっても、その子の可愛らしさは失われたりしないのだから、そんなに落ち込まなくてもいいのではない?」


 青くてお洒落な派手男ウィルは、クマちゃんは頭がへこんだのではなく、髪型が変わったのだと言う。

 だがその斬新へこみヘアーは接着剤でくっついてしまった白いもこもこと椅子を離すために、マスターがハサミでちょきちょき切ったものだ。


 他に方法がなかった。

 固まった毛は、切るしかなかった――。


「なんでこいつを雇ったんだ」


 アルバイトという言葉に反応したルークが、へこみを撫でながら抑揚のない声でマスターに問う。

 彼は、雇っても利点が無いだろう、とは口にしなかった。


 撫でられ続けるクマちゃんは、嬉しそうにもふもふの手で彼の手首を捕まえようとしている。


「酒場に張ってあった募集の紙をどうやってか、こいつが剥がしてもってきた。それで、白いのがそれを両手に持って一生懸命掲げて見せてくるんだ。――駄目だ、とは言えねぇだろ」 


 可愛いもの好きのマスターは、クマちゃんに頼まれたら誰でも同じ結果になるだろうと主張した。

 

「それより、ちょっとお前に聞きたいことがある。この白いのが使える魔法について、何か知ってることはあるか」


〝クマちゃんはクビ〟と言いたくないマスターが話を変える。

 本当に話さなければいけないのは、へこんだ毛の事でも戦力外のアルバイトの事でもない。

 クマちゃんが作る謎の回復アイテムのことだ。


「知るわけねぇだろ」


 いつもと何も変わらない様子でルークは返すが、考えて答えた、というより答える気が無いように見える。

 

「……今日、この白いのが作って持ってきた飲み物は、少量で回復の効果があった。その効力は、通常ギルドで販売している回復薬と変わらないように思う。ただ、これが持ってきたのは普通の牛乳だった。飲むまではそんな効果があるなんて全くわからないような、普通のな」


「それで。知ってどうなる。こいつの力はこいつのもんだろ。俺達のもんじゃねぇ」


 ルークはマスターが何を聞いても、どうでもよさそうに答え、クマちゃんのへこみを撫で続ける。


 

 クマちゃんは二人の会話を聞きながら不思議に思った。

 自分でもわかっていない〝クマちゃんという存在〟についてルークは何か知っているのだろうか。

 そういえば、室内に木が倒れていたときも、ルークだけ〝そのままでいい〟と言っていた。

 

 ルークは少し変わっている。


 本当にどうでもよさそうにも見えるし、知っていて受け入れているようにも見える。

 ただ、もし知らなかったとしてもやっぱり、お部屋に木が倒れていようが家が爆発しようがルークには大したことではないんだろう。



「ああ。もういい。わかった。確かに、実はこの白いのがとんでもない力を持ってたとしてもギルドには関係ない。今までと何もかわらんさ」


 もともと可愛いもこもこを利用するつもりなんてないマスターは、ルークから聞き出す事を諦めた。


 知ったからといって何もかわらない。

 飲み物を作らせたいわけでもなかった。

 ただ、知っているなら聞いておきたいと思っただけだ。

 これからも危ないことがあるなら守るし、クマちゃんが留守番の時は預かる。

 今と同じだ。


 今度司祭に会ったら、白いのが何者でもギルドは変わらないと伝えよう。



 皆が真面目に考えていても、クマちゃんはよくわかっていなかった。

 今日読んだ本の中に書いてあったことで、頭がいっぱいだった。

 ルークが一番ふわもこに出来たへこみを気にしていることに、クマちゃんだけ気付いていなかった。

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