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第187話 もこもこ計画。慄くリオ。凄腕占い師クマちゃん。

 顔と雰囲気が怖いという失礼な理由で、街人の一人から『まさか死神では――』と誤解されてしまったクライヴ。

 もこもこの治療のおかげで顔色が良くなり、現在はもこもこ魔道具の中でぐっすり寝ている気持ちが良さそうな男達のもとへ、ふらりと近付く。


 遊具のような魔道具へ視線を向けていた誰かの、ヒッ――、というおかしな呼吸が聞こえた。


 細かいことを気にしない男ルークがスタスタと、回転の止まった遊具に乗り込む。

 魔王のような男の腕の中、幸せそうにお目目を細めたクマちゃんが、長くて魅惑的な彼の指をくわえ、甘えていた。


「うわー。こいつらも顔変わってんじゃん」


 もこもこ用のおくるみを持ったリオが、ルークの後ろから問題の男達を覗き込んでいる。


 愛らしいもこもこがハッとしたように瞳を開き、ピンク色の肉球で魔王のような男の大きな手をムニ、と掴んだ。

 赤ちゃんクマちゃんは何事もなかったかのように、彼の指をくわえたまま目を細めている。


 リオの言葉に反応したわけではなかったらしい。

 シャラ、と涼やかな音が、彼の後ろで鳴った。

 巨大なガラスのコップの中、まったくゆとりが無い場所で窮屈そうに寝ている男を見たウィルが、透き通った声でリオに話しかける。


「とても安らかに眠っているね」


「なんか良くない意味に聞こえんだけど」


 意外と細かいリオは嫌な言い方をする南国の鳥から心の距離をとった。

 クライヴとルークは何も話さず、魔道具の中で寝ている人間達の確認をしている。

 不眠症で苦しんでいた患者は五人のようだ。ここから自力で出られた男達は、問題の無いような有るような、ただの酔っ払いらしい。


「普通に寝てるだけに見えるんだけど」


 リオは片手を巨大鍋に掛け、中を覗き込んだ。

 寝ている男が若返ったのも、表情が安らかすぎて誰だか分からないのも、もこもこした天才の治療のせいだろう。

 すべての欲を捨てたような顔だ。少し前まで酒におぼれ、ふらふらしていた人間とはとても思えない。


 

 ルークの腕の中で幸せな時間を過ごしていたクマちゃんは、ハッとなった。

 大変だ。

 皆が困っている。

 クマちゃんも何か、お手伝いをしなくては。

 仲良しのリオちゃんは、お鍋の中にいる人をじっと見ている。

 何かが気になるようだ。

 クマちゃんもその人をじっと観察してみる。


 うむ。――分かってしまった。


 とても寝相が悪い。あんなところで寝ているからだろう。

 リオちゃんも『お鍋の外に片足を出して寝るのはお行儀が悪いですよ』と教えてあげたいのかもしれない。

 それとも、あの恰好のまま起こさずにお家のベッドへ運びたいのだろうか。


 うむ。

 クマちゃんは深く頷き、考えた。それならクマちゃんが探してあげよう、と。



 彼らが真剣な表情で、『夢見が悪い』人間が増えた原因について考えていたときだった。もこもこした赤ちゃんクマちゃんの幼く愛らしい声が「クマちゃ、クマちゃ――」と響いた。

 

『クマちゃん、まかせる――』と。


 クマちゃんにお任せください、という意味のようだ。


「えぇ……」


 リオの口から不安を音に変えたような、複雑なかすれ声が漏れる。

 どちらかというとお任せしたくない。

 もこもこした赤ちゃんの癒しの力は素晴らしいが、人相が変わるほど浄化されてしまった男達に、これ以上何をするというのか。

 もう十分だろう。今の彼らには悪い部分など無い。

 これ以上安らかな表情で眠る彼らを浄化したら、サァー――と美しく消滅するのでは。いや、もしかしたら、純白のもこもこした生き物に変わってしまうかもしれない。


 切なげに眉を寄せたリオは、鍋の縁をギュッと掴み、ハッとした。

 まさか、もこもこは穢れた人間共の魂を磨き上げ、純粋で美しいもこもこに生まれ変わらせようとしているのでは――。

 彼は自身の考えた『穢れた人類もこもこ化計画』に慄き、魔王のような男が撫でている小さくて愛らしいクマちゃんへ、恐ろしいもこもこを見るような視線を向けた。


 愛くるしいもこもこが、小さなお手々で小さな鞄をごそごそと漁っている。

 身も心も純白のクマちゃんが肉球で取り出したのは、キラキラと、光が雫のように零れ落ちる、宝石よりも美しい水晶玉だ。


「おや、水晶玉も可愛らしい大きさになっているね」


 吞気な南国の鳥が、透き通った声でさえずる。


「それめっちゃ光るやつじゃん……」


 警戒心の強い金髪が、もこもこの強力な浄化アイテムを警戒している。

 凄腕占い師クマちゃんが小さな肉球で水晶玉をキュキュキュ――と擦り始めた。


 天才占い師を中心に、神聖な光が広がってゆく。

 魔道具の外にいる街の人間達が驚き、ざわめているのが分かった。


「ヤバいヤバいヤバい」


 輝きすぎな水晶玉を不思議な色合いの瞳で見つめるリオの心が叫んでいる。ヤバいと。

 鍋からはみ出ている男の足が、ビクンと跳ねた気配を感じた。

 ――浄化だ。

 鍋を掴む彼の手に、力がこもる。

 悲し気な表情のリオは、悲しい妄想を加速させた。

 ――浄化のせいで足がふさふさになってきたに違いない。


 肉球が素早く動き、キュキュキュと擦られた水晶玉が、激しく光る。

 強い光は次第に弱まり、小さな水晶玉に、何かの映像が浮かんだ――。


 五つのそれが、数秒ごとにゆらりと切り替わってゆく。


「これは……、もしかして彼らの住んでいる、家?」


 小さくて見えにくい水晶玉の映像をじっと見つめていたウィルが、独り言のように、静かに呟いた。

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