第16話 これさえあれば
新人アルバイタークマちゃんは、強そうな名前のアイテムを手に入れた。
ふに、と。
◇
二人からマグカップを返してもらったクマちゃんは、お客様に飲み物を出して満足したのか、ふたたびカタカタ音を立てながら退室していった。
「あの白い子は一体……」
司祭の男性は、いうべき言葉を探しているようだった。
白を神聖なものとする教会の人間が、『あの謎の生き物は、一体何の生き物ですか?』と尋ねるのは難しいだろう。
「あいつから癒やしの力を感じたことはあったが……。魔力が少なすぎて、回復魔法が使えるとは思っていなかった」
マスターは額へ手をやり、痛みの取れたこめかみに親指を当てながら、普段のクマちゃんの様子を思い返していた。
白いもこもこを膝に乗せているときに力を感じたことがあったとしても、体に影響を与えるほど大きなものではなかった。
先ほどの牛乳も実際に飲まなければ、力のある冒険者でも〝そういう効力〟があることには気付かないはずだ。
〝力のある冒険者〟と考えたところで、ふと一人の男が思い浮かぶ。
共にいるあいだは常にもこもこを傍に置き、可愛がり面倒を見ている〝ギルド最強〟。
――おそらく世界でも最強の男は、あの生き物について何か知っているのだろうか。
ただ、もし仮に情報を持っていたとしても、奴がそれを他人に話す場面は想像がつかない。
あいつが生き物を可愛がることなど今までなかった。
今の奴の様子は溺愛と言っても過言ではないだろう。
そんな男が、自身が愛する生き物の、人に知られれば利用されかねない情報を漏らすとは考え難い。
「あの白いのの事はこっちで少し調べてみる。だが、余り期待はしないでほしい。それから、あれを殊の外大事にしてる奴がいる。今の力について何か判るまで、出来れば他には知られたくない」
マスターは、今は考えても仕方がないと一旦保留にすることにした。
未だ言葉を探していそうな真面目な司祭に要望を伝える。
ルークからの返事は期待出来ないだろうが、それでも確認するしかない。
◇
有能な新人アルバイタークマちゃんは、洗い物をしてくれるという優しい女性職員にマグカップを渡し、格好良くうむ、と頷いた。
アルバイトは非常に順調のようだ。
しかも先ほどの優しい彼女は、アルバイト用に作られたギルドカードを、クマちゃんの首に掛けてくれた。
これで、関係者以外立ち入り禁止の区画と酒場を、自由に行き来できるだろう。
◇
女性職員は焦げ茶色と白の対比を見て、あら、と言った。
ドアを開けて欲しい猫のようなクマちゃんが、濡れた鼻先がふれるほど扉の近くに立っている。
「クマちゃんお外に出たいんですか?」
言いながら、女性職員は扉を開けた。
◇
新人アルバイターは、立入禁止区画をヨチヨチ……と抜けると、足音も立てずに酒場へ入った。
無事に目的地へ到着したクマちゃんが、つぶらな瞳で辺りを見回す。
時間帯のせいだろうか。
冒険者はほとんど居ないようだ。
巨大な掲示板の前にも、誰もいない。
うむ。
やはり皆、森の調査で忙しいのだろう。
「おや、何故ここにクマちゃんが?」
酒場内、テーブル席の前に立っていた男性が、クマちゃんを見て驚いている。
彼は眼鏡をかけた茶色い髪の男性で、ギルド職員の制服を着ていた。
お留守番中のクマちゃんは、通常ならマスターの所にいる。
ルークが帰って来れば必ず彼と共にいるクマちゃんが、ひとりでいることはほぼない。
クマちゃんは眼鏡の彼を見て考えた。
早速このギルド職員から仕事を貰うことにしよう。
◇
眼鏡のギルド職員は、人間の足まわりをウロウロする猫のようなクマちゃんの行動に、少々困惑していた。
手は完全に猫だな、と観察しつつ、ん? と中指で眼鏡を押し上げる。
「なにを見せてくれるんだい? カード? え? ギルドカード?!」
クマちゃんがもこもこした両手でぐいぐい見せつけてくるのは、まさか、と言うべきか、アルバイト専用のギルドカードだった。
白いもこもこにぐいぐいと押されながら、彼は考えた。
誰だこんな大事な物を渡したのは。
許可なく渡せるものではないのだから、おそらくマスターだろうが。
容疑者として挙げられたマスターは〝クマちゃんは不採用〟と言えなかっただけで、犯人ではなかった。
カードをもこもこに直接渡したのは、色々大雑把で優しい女性職員なのだが、最高責任者はマスターなので、あながち間違いではない。
しかしそれらの事情を知らない眼鏡職員にとって一番重要なのは、犯人捜しをすることではなく、いま目の前にいるクマちゃんだった。
◇
カードを見せつけてくるのだから、何か仕事がしたいのだろう。
そう考えた眼鏡の男性は、丁度いま彼がするはずだった簡単な仕事を任せてみることにした。
「今回クマちゃんに任せたい仕事は、酒場内にある椅子の点検とそれにガタつきがあれば直すという簡単なものだ」
眼鏡の彼は『クマちゃんが出来ること』の範囲が分からなかった。
そのため、子供でもこなせる仕事なら問題ないだろうと考えた。
「本当は職人に任せたいんだが、皆いまはギルドと冒険者からの依頼で、手が空いていなくてね」
男性は、机の上に置いていた工具箱のようなものを開くと、そこから何かを取り出し、クマちゃんの肉球の上にのせた。
ふに。
「これは何でも簡単にくっつけられる接着剤だから、ガタガタしているところがあったら掛けると良い」
真面目そうな口調の彼も、やはり、森の街で育った大雑把な人間だった。