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第177話 可愛いもこもこの作業を手伝うリオ。「えぇ……」

 小さなクマちゃんはもこもこ体操を終えると、テーブルの端へ向かいトテトテと歩き出した。

 

「クマちゃん、あんまりそっち行かない方がいいと思うんだけど」


 心配性な新米ママリオちゃんは『めっちゃ揺れてる人いるから』という言葉を飲み込んだ。

 驚いてコロリと転がり落ちてしまうかもしれない。


 忙しいらしいクマちゃんは彼の忠告を聞かず、リオとルークの席の中間あたりで、短くて可愛い足を止めた。

 子猫のようなもこもこがお手々の先をもこもこした口にくわえ、お兄さんが座っている方を見ている。

 幼く愛らしい声が「クマちゃ……」と言った。


『お兄ちゃ……』と。


 小さなもこもこの不安げな声を聞いた新米ママリオちゃんがスッと立ち上がる。

 彼が一歩で行ける場所も、可愛らしくてちっちゃいクマちゃんには大冒険が必要な距離だ。


「ほらクマちゃん連れてってあげるから一緒いこ」


 リオは驚かさないように声を掛け、もこもこをそっと両手で持ち上げた。

 手の平に子猫のような重みと温かさが伝わる。

 愛らしいクマちゃんが手の中から彼の顔を見上げ、両手の肉球を伸ばした。


「どしたの?」


 小さなもこもこに弱いリオが優しい声で尋ね、もこもこを顔の側へ近付ける。

 クマちゃんは両手の肉球を彼の顔に添え、小さな黒い湿った鼻をピト、とくっつけてくれた。

 リオちゃんありがとう、という意味だろう。


 新米ママリオちゃんは動揺した。『ウチの子可愛すぎるんだけど!』と。

 もこもこが愛らしすぎて『どういたしまして』と、冷静に対応するのが難しい。


「あー、クマちゃん可愛すぎる。鼻めっちゃ湿ってて可愛い……」


 リオはもこもこの鼻の湿り具合を己の頬でしっかりと確かめてから、もこもこの丸くて愛らしい頭に自身の鼻を押し付けた。

 可愛い。ふわふわだ。

 湿った鼻の愛くるしい生き物は、リオの愛を感じ取り「クマちゃ、クマちゃ」と喜んでいる。


「リオ。気持ちは分かるけれど、クマちゃんはお兄さんに何か用事があるのではない?」


 南国の美しい鳥のような男が、視線でリオに告げる。『早くしろ』と。

 愛らしいもこもこが愛らし過ぎてずっと撫でていたくなるのは皆同じだ。

 今優先すべきなのは赤ちゃんクマちゃんを目的地まで連れて行ってあげることだろう。


「ごめんクマちゃん。……あーマジもこもこ」


 懲りない男は謝りつつ、もこもこの頭にそっと頬をつけた。

 


 リオは片腕にもこもこを抱えたまま、ガタ、と椅子を引き、お兄さんの隣へ座った。

 テーブルはまだ微かにカタカタと振動している。近くに魔道具で氷を削る氷職人のような暗殺者でもいるのだろう。


 妖美なお兄さんが長いまつ毛をゆっくりと持ち上げ、小さなもこもこを見た。

 視線でもこもこに『どうした』と尋ねている。

 小さなもこもこはもこもこした口元を一生懸命動かし、「クマちゃ……、クマちゃ、クマちゃ……」と何かを説明しているようだ。


 クマクマしすぎて何を言っているのか分からない。

 リオは彼らの話し合いに参加することを諦め、ふわふわで愛らしいもこもこを愛でることにした。



 もこもこを撫でたり擽ったりしながら少しの間待っていると、テーブルに闇色の球体が現れた。

 残されたのは、濃い木の色のトレイだ。

 腕の中の愛らしいもこもこがつぶらな瞳でリオを見上げ、遠慮がちに「クマちゃ、クマちゃ……」と言う。


『リオちゃ、あれ乗る……』と。


 リオちゃん、クマちゃんはあれに乗りたいです、という意味だ。


 可愛い。可愛すぎる。

 我が子の愛らしさに負けた新米ママは『クマちゃんあれ乗りものじゃなくて食いもん置くやつだから』とは言えなかった。

 負けた男はそっと、トレイの上にもこもこを置く。



 真っ白で愛らしい子猫のようなもこもこが、その上にコロン、とふわふわのお腹を見せて転がった。


 

 愛くるしさが大爆発し、目撃者は動揺した。

 木製の椅子が倒れ、激しくぶつかる音が響く。

 広場で過ごしていた街の人間達が、何かと何かが爆発したと騒いでいるのが聞こえる。


 愛らしい子もこもこはお昼寝中の子猫のような格好のまま、トレイの上でキュッと、目を閉じてしまっていた。

 口元がもこもこと動き「クマちゃ……、クマちゃ……」と可愛らしい小さな声で呟いている。


『クマちゃ……やったたい……』と。


「クマちゃん殺られてないから。大丈夫だから」


 もこもこの死んだふりを見破ったリオが優し気な声で伝える。『あれは襲撃ではない』と。

 ぱち、とつぶらな瞳を開いたもこもこは、彼を見つめながら肉球をペロペロした。

 心を落ち着けているらしい。


 小さなもこもこは何事もなかったかのように頷くと、幼く愛らしい声で「クマちゃ、クマちゃ……」と言った。


『リオちゃ、つぎちゃん……』と。


 さぁ、リオちゃん、次のトレイをお願いします、という意味だ。


「いや俺次のトレイとか普通に持ってないから」


 次のトレイもその次のトレイも次の次のトレイも持っていない。

 彼の言葉を聞いたもこもこが、食事を運ぶ丸い板の上で、ひどいことを言われたもこもこのようにつぶらな瞳を潤ませ、もこもこもこもこと震えている。


「えぇ……」


 新米ママリオちゃんが、トレイを持っていなかった人のような声を出す。

 震える我が子を両手で持ち上げ、そのまま抱っこしようとすると、テーブルの上に再び闇色の球体が現れ、すぐに消えた。


 視線の先に、先程よりもやや大きくなった気がしないでもないトレイが置かれている。

 彼はかすれた声で「えぇ……」と言いつつ、もう一度もこもこをトレイに戻した。


 仰向けでお昼寝する子猫のようなもこもこを、「クマちゃ……」と彼を呼ぶ愛らしい声に合わせ、別のトレイに乗せ換える謎の作業。

 ――分からない。これは鑑定か何かだろうか。ヒヨコ鑑定のような――。

 では、今やっているのはもこもこ鑑定か。もこもこ、もこもこ――。

 悩むリオ。

 見つめ合う、一人と一匹。

 キラキラ輝くつぶらな瞳が、彼に伝える。


 さぁ、クマちゃんを次のトレイに――。


 木漏れ日が降り注ぐ美しい広場に、えぇ……――と、かすれた風が吹いた。


 穏やかな午後。新米ママリオちゃんは可愛い我が子の願いを叶えるため、まるで魔道具のように、ひたすらもこもこを両手で持ち上げ、そっとトレイに置き続けた。

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