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第170話 仲良しな一人と一匹の、仲良しなお菓子作り。

 愛らしいクマちゃんを抱えたリオは、もこもこの別荘、破壊された入り口に掛けられた美しいカーテンを、片手でふわりと払った。


「めっちゃもこもこしてる……」


 もこもこを撫で独り言を呟き、床を埋め尽くすクッションの海を渡る。

 入り口を覆う植物をガサと避けた彼は、もこもことお菓子作りをするため、食堂のなかへと進んだ。


 優雅に歩いて来たお兄さんが、テーブル席の一つに座り、ゆっくりと瞳を閉じる。

 ゴリラちゃんは木製のテーブルにぽふ、と降りそのまま停止したようだ。

 もこもこの手伝いは一人で十分という判断だろう。 


 リオはもこもこを抱えたまま――中に食材が納められた――ひんやりした箱の前に片膝を突き、


「何出せばいい?」


愛らしい頬を擽るように撫で、かすれ気味の声で尋ねる。

 彼の指を掴まえふんふん、ふんふん、ペロペロ……としていたクマちゃんがハッとしたように動きを止めた。


 

 ルークの魅惑の指とリオの指の違いを調べていたクマちゃんは、ハッとした。

 大変だ。

 今は指を調べている場合ではない。

 クマちゃんが作りたいお菓子。丸くて、ふわふわで、甘い、クマちゃんのリゾートっぽい豪華なそれ。

 ケーキのような味で、クリームが入っているお菓子。

 採ったばかりのイチゴも入れよう。なんだか豪華な感じがする。


 うむ。ふわふわケーキの材料とふわふわクリームの材料が必要である。

 天才パティシエクマちゃんが深く頷いたときだった。

 頭の中に不思議な言葉が思い浮かぶ。


 ――お菓子……計量……大事――。

 ――忙しい時は……時短……料理――と。


 クマちゃんは難しいことはよく分からないが、


『早く! とにかく今すぐ材料をはかりなさい!』


ということだろうか。

 つぶらな瞳をキリッとさせたクマちゃんは、ペロ――と格好良く肉球をひとなめした。


「はいクマちゃん、お手々綺麗にしましょうねー」


 風がささやいている。お手々を華麗に動かせと。

 うむ。動きの素早いクマちゃんであれば、残像が見えるほど素早く肉球を動かし、計量することも可能だ。

 しかし、同じお菓子をたくさん作るのであれば、まとめてシュッ! とはかれたほうが良い。

 華麗な肉球だけでなく、道具も必要だろう。


「クマちゃんめっちゃ口開いてんだけど」


 風が『クマちゃんめっちゃく――いてんだけど』とささやいている。

 なるほど。風もサァー――……とお腹が空くらしい。 


 うむ、と頷いたクマちゃんは、考える。

 はかるだけでなく、作るのもシュッ! と出来ないだろうか。



 口を開けたまま動きを止めているクマちゃんを撫で、ひやっとする箱の前でぼーっとしていたリオ。

 腕の中のもこもこがごそごそと動き出した。


「あ、材料決まった?」


 かすれた声がサァー……と尋ねるが、もこもこは忙しいらしい。

 斜め掛けの鞄に猫のようなお手々を突っ込み、何かを取り出そうとしている。

 お料理の前に作りたいものがあるのだろう。


 立ち上がった彼が、赤い頭巾を被ったもこもこを抱え、移動する。

 リオは可愛い肉球が掴んだものを受け取ると、木製のテーブルへ置いた。


 可愛いお口から少しだけ舌を出したもこもこ。

 肉球がせっせと取り出した素材、真っ白に輝く石や黒い石、薄いピンク色の石を、コツ、コツ、と天才魔法使いの助手リオが並べてゆく。

 助手は会議中のスポンサー、クライヴの代わりに、自身の道具入れから魔石を取り出した。


 もこもこが彼の腕に肉球をのせ、キュムッ、キュムッと力を入れている。

 心優しいもこもこは、忙しそうな助手を手伝ってくれるらしい。

 リオは目を細め、魔石を右手でギュッと握りしめた。

 可愛い。

 天才魔法使いは小さなお鼻をふんふん鳴らし、一生懸命頑張っている。

『いやそっちの手魔石持ってないんだけど』とは言えそうにない。


「……クマちゃん魔石何個くらい?」


 湧き上がるあれこれをこらえたリオは、彼の腕を愛らしく「クマちゃ」しているもこもこに優しく尋ねる。


「まだ? あと一個? え、二個? いやクマちゃんの手丸いから全然分かんないんだけど」


 もこもこの可愛らしい猫ちゃんのようなお手々の、立てているらしい指を数え、少しだけいちゃもんをつけつつ作業を進める。

 忙しいもこもこは、かすれたいちゃもんにお耳を貸さず、鞄から潰れかけのイチゴを取り出した。

 細かい男リオの手に、ピチョリと濡れたイチゴを載せるもこもこ。


「……クマちゃんそこにイチゴ入れんの止めた方が良いと思うんだけど」


 細かいかすれ男は小言をいってから、そっとイチゴをテーブルへ置いた。

 魔法使いは美味しくなった肉球をペロペロしている。彼の言葉は聞こえていないようだ。


 すべての準備が整ったらしいもこもこが、深く頷き、採れたてフルーツのような香りのお手々でキュムッと杖を握る。



 天才魔法使いクマちゃんは、小さな黒い湿った鼻にキュッと力を入れ、ピンク色の肉球がついた可愛い両手で、願いをこめて杖を振った。


 木製のテーブルに載せられた素材が淡く光を帯び、キラキラと輝いてゆく。

 空中にふわりと浮かんだ鉱石や、あまり立体的ではないイチゴが左右に分かれ、二つの塊になった。


 パッと光がおさまると、テーブルの上には魔道具らしきものが二つ、置かれている。


 一つはクマちゃんが中に入れそうなほど大きく、縦長で、カプセルを半分にしたような形だ。

 真っ白なそれは当然のようにクマっぽい。上のほうには可愛い顔とクマ耳が付いている。

 中央辺りに、何故か丸い穴が開いていた。


 もう一つの魔道具も、やはりクマっぽいデザインだ。こちらはクマちゃんが入れるほど大きくはない。

 頭の上にちょこんとイチゴの帽子をのせたような――やや縦長の――半球の白クマ。

 クマ顔の下、体の正面には木製の小さなドアが付いている。

 その横に、肉球を上に向けたお手々。まるで、猫が両手で『どうぞ』をしているようだ。


「すげー可愛い……けどなにこれ。これで何すんの?」


 リオは彼の腕の中で杖を仕舞っている、お片付けもとても上手な可愛い魔法使いに尋ねた。

 大きいほうの魔道具に手を伸ばすと、キラキラした白い魔道具はツルツルで、ひんやりしている。


 もこもこは頷き、幼く愛らしい声で「クマちゃん、クマちゃん」と言う。


『材料ちゃん、はかるちゃん』と。


 クマちゃんは今から素早く材料をはかります、という意味だ。

 しかし、まだクマちゃん語のプロではないリオには『素早く』の部分は聞こえていない。

 

「デカくね?」


 かすれた男の口から素直な感想が零れる。

 一体何をはかるつもりなのか。

 赤ちゃんクマちゃんの可愛いお菓子作りに、あのような大きな計量器は必要だろうか。


「……まぁいいや。俺あっちから材料持ってくるからここで待ってて…………いやクマちゃんお手々から力抜いてくれないと降ろせないんだけど」


 もこもこをテーブルへ降ろそうとしたリオの手をもこもこした動きで掴まえるクマちゃん。

 寂しがり屋のもこもこは、離れたくない気分らしい。

 お兄さんもゴリラちゃんも置物のように静かだからだろう。


「んじゃあっちのテーブル動かせばいいんじゃね?」


 リオはもこもこを抱え直し、お兄さんがいないほうのテーブルを片手で掴んだ。

 赤い頭巾姿のクマちゃんが深く頷いている。


 それが良いと思います、という意味だ。


 赤ちゃんなクマちゃんは常に抱っこしていなければならない。


 

 天才パティシエクマちゃんが、〈はじめてのりょうり〉をスッと開く。

 もこもこした口から零れ落ちる、幼く愛らしい声。


「クマちゃ……、クマちゃ……、クマちゃ……、クマちゃ……――」

 

『卵ちゃん……バターちゃ……クマちゃ……こなちゃん……砂糖ちゃ……クマちゃ……牛乳ちゃ……生クリームちゃ……卵ちゃ……クマちゃ……』


 リオはもこもこを抱えたまま片手で材料を取り出し、テーブルに載せてゆく。


「えーと、卵、バター、クマちゃん…………粉、砂糖、クマちゃん…………」


『クマちゃん』と呟き、もこもこを撫でるリオ。

 撫でられた天才パティシエが真剣な声で「クマちゃ――」と言い、深く頷く。


 もっと撫でて下さい――、という意味だ。


「作業進まないんだけど」


 もこもこの可愛いお願いを聞いたリオは、もこもこを何度も撫で、楽しそうに笑った。

 つぶらな瞳が彼を見上げ、出したばかりの〈はじめてのりょうり〉をごそごそと仕舞う。


 天才パティシエは自身の頬や体を撫でる優しい手を、肉球でムニッと掴まえ、お顔をごしごしとこすりつけた。



 クマちゃんも楽しいです、と。

 


 仲良しな二人のお菓子作りは、こうして仲良く、少しずつ進んでゆく。

 長いまつ毛を持ち上げたお兄さんが、楽しそうな彼らへ視線を向け、ゆったりと頷いた。

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