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第163話 高級リゾート宿泊施設で寛ぐように、優雅に過ごす森の彼ら。

 寝起きから全くまったり出来なかったリオは、クマちゃんを抱えたままバフッとクッションに倒れ、天井の水槽を見上げながら、


「めっちゃきれーだねークマちゃん……」


とかすれた声で言った。

 お腹の上のもこもこが「クマちゃ……、クマちゃ……」と言いながら彼の顔の方へヨチヨチと近付いてくる。


「クマちゃんの足めっちゃちっちゃい……ささる……」


 ぼーっとしている金髪は、朝日を浴びた水面のようにゆらゆら、きらきら、と光る水と、その中を泳ぐ光の魚を眺め、もこもこにかすれた苦情を言う。

 クマちゃんが彼の胸元に到着し、更に先へ進もうと、ちっちゃい足でグイグイと首を踏む。


「痛い痛い痛いクマちゃん喉踏むのやめて……」


 リオは可愛い襲撃者を両手でもふ、と掴まえ、力なく『クマちゃん、悪いことしちゃ駄目ですよ……』とかすれ切った声で言った。

 ぼーっとしている場合ではない。愛らしいが少々問題のある獣を腹に乗せているのだ。警戒を怠ってはいけない。

 悪い子なクマちゃんに『こら!』という厳しい目を向けようとすると、もこもこはリオの顔に肉球をムニ、とのせ、小さな黒い湿った鼻をピト、と彼の顎にくっつけた。


 クマちゃんはリオに『おはよう』の挨拶を返したかったらしい。


「マジでずるい……可愛すぎる……」


 リオは悔しそうに顔を歪ませ、クマちゃんの後頭部を、被毛が逆立つほど撫でる。


「あー、めっちゃもこもこ。マジもこもこ……」


 リオが呟く。


「クマちゃ! クマちゃ!」


 クマちゃんがリオの顎に最弱肉球パンチを食らわせる。

 彼らが仲良く戯れていると、長い腕がもこもこへ伸ばされ、大きな手がフワリとクマちゃんを攫って行った。

 もこもこの美しい被毛を乱してはいけないらしい。

 

 

 姿が見えなかったウィルと、森で魔石を集めてきたらしいクライヴがもこもこ宮殿に戻ってきた。


「クマちゃんの作ってくれた場所は、景色が綺麗なところばかりで、どこを見に行こうか迷ってしまうね」


 ウィルが透き通った声でいう。

 南国の鳥のような男は散歩に行っていたようだ。


「クマちゃ」と言うもこもこを連れ、皆で一番近い露天風呂へ向かう。

 リオは良い香りの泡でもこもこな、濡れてほっそりしたクマちゃんと見つめ合いながら光るお花のシャワーを浴び、彼を見て頷くもこもこに無言で頷き返した。


 お花のシャワーでキラキラ、ピカピカになった彼らは、薄っすらと青く光る露天風呂につかる。

 可愛いクマちゃん像が座る横向きのツボから、温泉が流れ出る、ザァ、という心地良い音が、朝の森に響いている。


「今日の虹も素敵だね」


 虹色の魚から視線を移したウィルが、優しい声でもこもこに話しかけ、ルークに抱かれたもこもこは愛らしい声で「クマちゃん――」とお返事した。


『よい、あさ、ちゃん――』と。


「クマちゃんまた格好つけてるでしょ」


 余計なことを言う金髪と、余計なことばかり言う金髪の言動を正そうとする氷の紳士。

 紳士が尖った氷を投げ、リオは尖った氷を叩き落とし、魔王のような男が飛んで来た氷を結界でキィンと弾く。

 ――お兄さんとゴリラちゃんのほうへ飛んだ氷は、闇色の球体の中に消えた。


「冷たいんだけど!」


 結局自分に氷が返ってきたリオが苦情をいうが、切れ長で美しい森の色の瞳が『朝からうるせぇな』と言っている気がして、彼は余計なことを言わない金髪になり、ルークの腕の中で薄くて小さな舌をチャ、チャ、と動かしている愛らしいもこもこに視線を移す。


 本物そっくりのアヒルさんが彼の前をスイ、と泳ぎ、跳ねたお魚さんが弧を描くと、青く光る湯の上に、小さな虹を作った。



 クマちゃんが「クマちゃ」とお兄さんに声を掛け、彼が預かっていたルーク達の巨大クッションや日除けを、もこもこ宮殿の前に並べてもらう。

 入り口付近の白い柱と植物、吊るされたランプの側だ。

 皆でふわふわのクッションに座り、お花畑や湖、チャ、チャ、チャ、と舌を鳴らすもこもこを眺めつつ、湯上りで湿ったもこもこがふわふわに乾かされるのを待つ。


「あー……めっちゃ平和……」


 自身の腕を枕に、うつ伏せでクッションに転がったリオは、陽光が当たり煌めく湖へ視線を向け、クマちゃんのチャ、チャ、チャ、という、毛繕いをしているつもりで実は何もしていない愛らしい音に耳を澄ませ、気の抜けた声を出した。


 今日の猫顔のクマ太陽は、まだお出掛けしないらしい。彼の視線の先で、ニャーと言いながら冒険者達とお話ししている。


『ニャーちゃん今日は俺らと行く?』ニャー『えー、私達と一緒のほうがいいよねー?』ニャー『お前らニャーちゃんが困る質問すんのやめろって』ニャー『おい待て、お前ら。みんなで行こうってニャーちゃんが言ってる……』ニャー『ニャーちゃん天才じゃん……!』ニャー。


「あの太陽絶対全員にニャーって返してるでしょ……」


 リオが平和な湖畔を眺めている間に、もこもこの朝の支度は終わったようだ。

 今日のクマちゃんのお洋服は、赤いケープにチェリーの頭巾が付いたものである。

 頭の上には茎と葉が付いている。


「その赤い頭巾ちゃんはチェリーちゃんなのかな。とても愛らしいよ」


 優しい声で褒めるウィルに、クマちゃんはもこもこの両手をサッと口元に当て、恥ずかしそうに「クマちゃ」と礼を言った。


「俺が褒めたときと反応が違う気がする……」


 左右で色の違う美しい瞳を糸のように細め、細かいことを気にする男が可愛いもこもこに念を送る。

 もこもこを抱えている男が『細けぇな』という視線を向けたが、話すのが面倒だったらしい。彼はチェリーの頭巾を被ったクマちゃんを撫でながら立ち上がり、展望台の方へと歩き出した。

 


 朝から優雅な彼らは展望台一階にあるドアを抜け、酒場で朝食をとる。

 本日の朝食はカリッと焼いた鶏肉に、酸味のあるソースをかけたものだ。オレンジ系のさっぱりとしたソースだが『今日のソースには――が使われていますね』などという、料理人が喜びそうな会話をする冒険者は、残念ながら一人もいない。

 山盛りの野菜にかけるサラダドレッシングの入った器が、好きに選べ、とでもいうように、テーブルの中央に置かれている。

 好みの分かれる白くて柔らかそうなチーズは、サラダにのせると嫌がる冒険者もいるため、白いガラス製の器に盛られていた。

 デザートはヨーグルトとフルーツだ。こちらもかけると嫌がる冒険者がいるため、皿が分けられている。


 大抵の冒険者は大雑把で、一つの皿にすべての料理が盛り付けられていても全く気にしないのだが、稀にいる好き嫌いのある人間は、森の街では『変人』扱いだった。


 クマちゃんの朝ごはんも、彼らのものと見た目はそっくりだが、お肉が柔らかかったり、ソースの酸味が少なかったりという違いがある。野菜も生ではなく茹でたものだ。

 皆と一緒が好きなもこもこは、大人のものと同じ見た目の料理をもちゃ、もちゃ、と、少しも肉球を動かさず、お上品に食べている。

 ルークが白くて柔らかいチーズを小さなスプーンで掬い、もこもこの口に入れると、クマちゃんのつぶらな瞳が少しだけ大きくなった。

 チャチャッ、と美味しい物を食べた時に鳴らす、愛らしい舌の音が聞こえる。


 皆は優しい瞳で、一部の人間は愛が強すぎて凍てつくような瞳で、赤ちゃんクマちゃんの食事が終わるのを、ゆっくりと見守った。



 大人気店の店長クマちゃんの宣伝を「普通に嫌なんだけど……」と言いつつ手伝うリオ。

 彼は歩きながら、宣伝カーに乗ったクマちゃんの、酒場の台車にそっくりなカーを押す。

 店長の編集した素晴らしい音声が、朝の酒場にうるさく響く。


『お兄さん一杯飲んでかない?』

『じゃあ、一杯だけ』


「これ可愛い音楽とかに変えたほうがいいと思うんだけど……」


 リオはかすれた声でぶつぶつ呟くが、猫除けのような瓶に囲まれた忙しい店長の耳に、風のささやきは届かなかった。

 

〈クマちゃんのお店〉の前にテーブルを置き、魔道具を持ったギルド職員と共に、もこもこ飲料メーカーの〈元気になる飲み物〉を売る。

 ルークがクマちゃんのお手々に飲み物を渡し、もこもこが冒険者達に飲み物を「クマちゃ」と渡した。

 愛らしい店長の販売する飲み物はすぐに売り切れ、冒険者達が「クマちゃん今日もありがとー」「お酒のお店ひらくときは教えてくださーい」と声を掛け、店の裏へと消えてゆく。

 彼らもこれから森へ仕事に行くらしい。


 もこもことルーク達のお別れの時間が来てしまったようだ。

 美しい湖畔の花畑で、『お仕事頑張ってね早く帰ってきてねの儀』が行われる。


 透き通る魔法の蝶が舞い、辺りに「クマちゃ~ん、クマちゃ~ん」という悲痛な鳴き声が響き渡る。


「いや絶対すぐ帰ってくるんだからそんなに鳴く必要ないでしょ」


 リオは「クマちゃ~ん」とルークへ肉球を伸ばし瞳を潤ませているもこもこに『ここで時間を使うとルーク達の帰りが遅くなるぞ』と遠回しに伝えるが、甘えっこで寂しがり屋なもこもこが理解することはなかった。


「泣かないでクマちゃん……。出来るだけ早く戻ってくるよ」


 寂しげに笑うウィルがそっともこもこの肉球を持ち上げ、約束をする。

 キュオー、キュオーと、花畑に赤ちゃんクマちゃんの別れの歌が悲し気に響いたが、心を大型モンスターにした彼らは振り向かず、森の中へ去っていった。


「もークマちゃん大げさに悲しみすぎ。……湖の周りお散歩しよ」


 リオは無駄に辛そうな別れを終えたクマちゃんを散歩に誘う。

 このままもこもこを放っておけば、奴は彼らが戻ってくるまで飽きずに鳴き続けるだろう。

 背後にゴリラちゃんを浮かせているお兄さんも、長いまつ毛を伏せたまま、静かに歩き出した。


「つーか俺また置いて行かれたんだけど!」


 キュオー、で『クマちゃ~ん』なもこもこを撫でながらゆっくりと歩いていたリオがハッと気付いたように叫ぶ。

 ピタ、と鳴きやんだ赤いチェリー頭巾姿のクマちゃんが「クマちゃん、クマちゃん」と彼に言った。


『リオちゃん、大変ちゃん』と。


「何クマちゃん。俺も結構大変なんだけど。クマちゃんあんまり大変なことないでしょ」


 リオはもこもこの顎を優しく擽り、優しくないことを言った。

 小さな黒い湿った鼻の上に皺を寄せ、ストレスの溜まった獣のような顔をしたもこもこが、猫草を激しく齧る猫のように、彼の指を齧る。


「ごめんクマちゃん。クマちゃんも大変だったかも。……えーと、どしたの? 何かあった?」


 彼はお目目の吊り上がってしまったもこもこに謝り、薄っすらと小さな歯型の残る指を取り返した。

 まだ少しだけ目をキッと吊り上げているもこもこは深く頷き、幼く愛らしい声で「クマちゃん、クマちゃん」と言った。


『お菓子ちゃん、お返しちゃん』と。

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