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第114話 学園の様子と、お手紙を書くクマちゃん

 現在クマちゃんは、真剣な表情で机に向かっている。

 うむ、紙が足りないので、時候の挨拶は省いた方がいいだろう。



 古城のような雰囲気の魔法学園、もこもこ教室前、夜の廊下。

 ランプの火は消され、暗いはずのその場所は、優しいひかりで満たされている。

 柔らかな光を放つ、胞子のような癒しの玉が、ほわりと宙を漂う。

 十メートルほどの廊下には、クマちゃんのようにふわふわとした、真っ白な綿毛の花畑が広がっていた。

  

「会長ー、本当にここで寝る気ですかぁ?」


 未だに制服を着たまま、嫌そうな顔でそう尋ねたのは、この学園の生徒会で副会長を務めている男だった。


 彼の視線の先には、もこもこの残した綿毛の花畑で仰向けに倒れ、胸元で手を組んでいるひとりの男子生徒がいた。

 悲し気な表情で寝転がる美貌の生徒会長に、副会長はぶつぶつと、半分独り言のように告げた。


「……学園長に知られたらまずいと思いますよー」


 男は面倒そうに顔を顰めているものの、見捨てる気はないようだった。


 ――因みに彼はもこもこクラスではないため、実物のクマちゃんには会えなかった。

 廊下に飾られた絵(クマちゃんが魔法で作り替えた絵画)を見て『何だこれクソ可愛いな』と感想を漏らしただけだ。


「――君は帰っていいよ」と生徒会長は言った。

 副会長は「会長が帰ってくれるなら俺も今すぐ帰れるんですけどー」と、さきほどよりも更に嫌そうに答えた。


「……あー、何かこれ一時間くらい前にも言った気がする」


 制服のタイを緩めながら、副会長はため息を吐き出すように呟いた。

 何度も様子を見に来たせいで、さすがに疲れたらしい。


 彼は整った顔を歪めたまま「――もー面倒なんで俺もここで寝ます」と自分に浄化の魔法をかけ、綿毛の上に転がった。


 ――口も態度も良くないが、生徒会長が一人で罰を受けることのないように、副会長が気遣ったのは明らかであった。


「……何だこれすげー癒される――ちょっと会長先に言って下さいよ俺ずっと立ってたのにずるくないですか?」 

 

 副会長は天井を見上げながら、やや早口で生徒会長をなじった。

 広い廊下のもこもこ花畑に大の字に寝転がってみたところ、クマちゃんの癒しの綿毛で心と体がほわっと癒されたのだ。

 それによって、さきほどまで自分だけが疲れていた、ということに気付かされた。


 しかし、美貌の生徒会長から返って来たのは「私の可愛いクマちゃん……」という切なげな言葉だけだった。

 会話のキャッチボールは期待できそうにない。



 クマちゃん達は酒場の二階にあるルーク達の部屋へと戻ってきていた。

 今しがた、生徒会長と文通をするための便箋を、マスターのもとで入手してきたところだ。


 当然のことながら、彼らは現在学園がどうなっているのかをまったく知らなかった。 

 秘境にある洞窟のような薄暗い部屋には、お兄さんがふたたび酒場からパクったと(おぼ)しき、見覚えのあるテーブルと椅子が増えていた。

 テーブルの上には、クマちゃんの小さなお手々でも持てるほどの小さなランプが置かれ、いつもよりも若干、部屋を明るくすることに成功していた。


 どのくらいかというと、この部屋に初めて入った人間ならば、『くらっ』と言って引き返すていどの明るさである。

 敢えてこの部屋を選んで書き物をする者は、何かに挑戦しているか、瞳孔が開いているかのどちらかだろう。

 

 しかし、いつも暗い穴蔵のような場所で暮らしている彼らにとっては、これでも十分に明るく感じられた。



「クマちゃんマジで今から手紙書くの? 寝たほうが良くない?」


 リオは赤ちゃんなクマちゃんの睡眠時間を心配し、それを尋ねた。

 クマちゃんはルークの膝に座り、テーブルの上にくだんの便箋を配置している。


「うーん。僕もそう思うけれど、クマちゃんは今日の出来事を手紙に書きたいのではない?」


 ウィルはどちらの気持ちも解るというふうに、そう答えた。

 彼はリオとルークと同じテーブルに着いている。

 お兄さんが酒場からパクったほうのテーブルである。


「…………」


 クライヴはお兄さんと共に、備え付けの椅子に座っていた。

 黒革の手袋をはいた手をテーブルの上で組み、冷えた眼差しで、それを見つめている。

 

 誰かを射殺すことでも考えていそうな彼だったが、その頭の中は、クマちゃんが欲しがっている便箋百万枚のことでいっぱいであった。


 もこもこの願いを簡単に叶えられるのは『闇色のお兄さん』だけだろう。

 いつでも、何枚でも、大量の便箋を用意できるに違いない。

 だが彼はそうしなかった。

 もしかすると、普段はとても良い子だが時々わけのわからないことを言いだす駄々っ子クマちゃんに慣れているのかもしれない。 



 リオはだらけた格好で片肘を突き、頬杖をついていた。

 そのまま何気なく、視線をもこもこへ向け、驚いたように声を上げた。

  

「いやいやいやクマちゃん待って待って待って四枚はやりすぎだって」


 リオは見てしまったのだ。肉球の付いたもこもこの手で、四枚の便箋をクシャクシャにしながら、隙間なく並べようとしているところを。


 便箋は五十枚()あるが、言い換えると五十枚()()ないのだ。

 このまま放っておけば、クマちゃんのお手紙は『せいとかいちょうさまへ』もしくは『こんばんはクマちゃんです』だけで終わってしまうだろう。

 はじまりの挨拶が終わりの挨拶である。もらった相手は『そんな馬鹿な』と幻の五十一枚目を探し始めるに違いない。

 まさか、本文を書く前に紙が不足したとは思いもせずに。


 このもこもこは、便箋に引かれている細い線が見えないのだろうか。

 さすがに、そのもこもこした可愛いお手々で『線と線の間に字を書け』というつもりはない。

 だが、一枚に二十文字くらいならいけるのではないか、と棒のような猫手を持たないリオは思った。


「リオ、クマちゃんのお手紙を勝手に覗いてはいけないよ」


 南国の鳥のように自由な男は、別の視点から常識を語った。

 クマちゃんの手紙がどのような言葉で綴られようが、自分達が口出しすべきではない。と、彼は考えていた。

 もしもクマちゃんが『どれだけ便箋があっても一文字しか書かぬ』というのであれば、それもまた、選択のひとつである。

 何も書かずに便箋だけを送り付けてもいい。

 それがクマちゃんの意思ならば、文句をいう権利など誰にもないのだ。

 ウィルの言いたいことを簡潔にまとめるとこうである。

『黙って見てろ』


 リオの口から思わず「えぇ……」と肯定的ではない声が漏れた。

 ウィルの言い分は間違いではない。しかし納得はいかなかった。


 納得はできないのだが、クマちゃんの手紙にアレコレ言う事は出来なくなった。

 リオは目を極限まで細くして、もこもこを見守った。

 クマちゃんから助けを求められるまで、黙っているしかない。

 便箋が有限であると、いつ気付くだろうか。


 そう、彼が思っていたときだった。

 もこもこは何かに気付いたようにサッと、口元に両手の肉球を当てた。

 自身が窮地に立たされていると、ついに気付いたらしい。


 クマちゃんは悲し気な瞳で、テーブルの上の便箋を見つめている。

 ――紙束は百万枚ではなく、五十枚しかない。そのことを理解したようだ。

 クマちゃんの作業計画は、二枚目の便箋に手をかけたときから、すでに狂っていたのだ。


 もこもこの両手に隠された口元から、幼く愛らしい、涙混じりの声が漏れた。


「……クマちゃ……」


『……ごじゅう……』と。


「いや十分でしょ」とリオはもこもこの悲しみを否定した。


 つい先ほど黙っている決意を固めたばかりだったが、悲し気な『……クマちゃ……』のおかげで、黙っていることが困難になった。決意を覆さざるを得なかった。

 彼は初めから思っていたし、口に出してもいた。


 四枚ずつ使ったら便箋(びんせん)が足りなくなるよ、と。

 あたりまえである。


「あいつなら小さくても読めんだろ」


 飼い主であるルークは、自身の膝の上にいるふわふわツヤツヤのもこもこの頭を、長い指であやすように撫でた。

 男は無駄に色気のある低い声で、定かではないことを言った。


 彼は平常通りの無表情で、声の抑揚も少なかった。

 噓を言っているようにはとても見えないが、ルークがごく自然に捏造したいい加減な情報である。


 あの生徒会長がクマちゃん直筆の、野性味があふれるついでに紙からもあふれる〝達筆〟に精通しているという事実は、今のところどこにも存在しない。


 そもそも、便箋の使い方など、ルークにとってはささいなことだ。

 もこもこがやりたいようにやればいい。

 大事なのは、もこもこが悲しい思いをしないこと、それだけだった。


 もしも将来、今の発言のせいで、クマちゃんの手紙に書かれる文字が極端に小さくなったり、最終的にただの点になったりしても、細やかな神経が死んでいる彼が申し訳なく思うことは絶対にないだろう。

 白金髪の生徒会長は、気合と執念で文字を解読するしかないのだ。



 クマちゃんは大好きなルークの言葉に、深く頷いた。


 いかにも赤ちゃんらしく影響を受けやすいクマちゃんは、並べた四枚の便箋の内、一枚を正面に置いて、お腹の鞄をごそごそしはじめた。

 そこから取り出したのは、白いクレヨンだった。


 ピンク色の肉球が付いた愛らしいお手々の先をキュッと丸めると、クマちゃんはほぼ真っ白な紙の上に、じっくり丁寧に、白い文字を書き始めた。


 白地に白字。

 見てしまったリオは(いやクマちゃん暗号じゃないんだから)と心の中で思った。

 迂闊な言葉を外に出さぬよう、頬杖を突いたまま手の位置をずらし、口元を隠す。


 あの変態に思うところでもあるのか。それだとまったく見えないのでは。

 と彼は心配したが、紙に引かれた細い横線のおかげで、読めなくはなかった。

 なぜなら一枚に一文字だからだ。


 手紙の内容を覗くつもりはなかった。

 しかし可愛いもこもこが可愛いせいで、視線が勝手にもこもこを追う。


 クマちゃんは、口元をもふっと膨らませ、少しだけピンク色の舌を出し、もこもこした手の先を可愛く丸め、握っているクレヨンでお手紙を書いている。

 便箋を押さえている肉球付きのもこもこの手の先まで、キュッと力を入れ、丸めているようだ。


 その様子はとにかく愛らしく、結局最後まで目を離すことが出来なかった。



 い、という文字から始まった文章を繋げて読むと、こうなった。


『いま くらいところに います きょう クマちゃん せが 二かいまで のびました さかば つむじが五こ のひとが いましたよ』


 リオは思った。初めての手紙の内容は、本当にそれでいいのかと。

 まず、堂々と噓をついているのが気になった。

 当然のことではあるが、朝起きてから今の時間まで、クマちゃんの身長、あるいは全長は、二階まで到達していなかった。

 それどころか、椅子の座面までの高さにすら届かなかった。

 仮に本当だったとしたら、その成長スピードは驚異的というより、もはや事件である。

 なんという大嘘つきだろうか。


 つむじが五個の人間とは、いったい誰なのか。

 たしかに、微妙に気になるし、もしも最初に気付いたのが自分であれば、『俺さぁ……見ちゃったんだよね』と誰かに言いたくもなるだろう。気持ちは分かる。


 しかしわざわざ手紙に書いてまで、出会ったばかりの生徒会長に伝えるべき内容だろうか。

 伝えられたほうだって可愛いクマちゃんに『それで?』とは言えないだろう。

 魂の歪んだ人間であっても、つぶらな瞳を見ながら『証拠持ってこいよ』とは言えないに違いない。


 気になることはまだあった。

 あの書き方だと、彼らが可愛いクマちゃんを暗いところに閉じ込めている、というふうにもとれる。

 そんな誤解はされたくなかった。

 そもそも、この部屋を暗くした犯人はもこもこである。


 リオは複雑な想いを秘めたまま、せっせと封筒に手紙を入れるもこもこを見守った。

 便箋は五十枚だが、封筒は二十枚しかない。

 そのため、時々纏めて入れているようだった。

 どういう基準なのか、不規則なせいで、答えは見つけられなかった。


 順番は合っているのだろうか。心配になるが、目に入るそれが、リオの思考を妨げる。

 もこもこは、もふっとした口から少しだけ舌を出していた。

 わざとではなく、集中すると出てしまうようだ。

 

 クシャクシャに折りたたんだ手紙を一生懸命封筒に入れるクマちゃんは、やはりとにかく愛らしい。


 リオは手紙の心配を止め、可愛いもこもこ観察に集中することにした。

 内容がおかしければ生徒会長からの返事で分かるはずだ。



 お手紙の準備は無事終わったらしい。

 クマちゃんは珍しく、リオの方へとお手々を伸ばした。


 愛らしいもこもこを見ていたウィルは「おや、珍しいね」と率直に言った。


 リオがすぐに立ち上がり、手を伸ばす。

 ルークからもこもこを受け取りながら、「何、クマちゃん。どしたの」と。


 そのまま椅子に座っても、もこもこは質問に答えなかった。


 クマちゃんは忙しいらしく、リオの声が聞こえていないようだった。

 お腹の前に掛けた小さな鞄に、猫のようなお手々をつっこみ、ごそごそごそごそとあさっている。


 リオは一瞬視界に入った鞄の中が漆黒の闇に包まれているのを見て、「怖っ!!」と言った。さすがはお兄さんから貰った鞄だ。恐怖で心臓が跳ねた。


 クマちゃんが闇から取り出したのは魔道具だった。

「あー、学園のやつか」とリオは納得したように呟いた。


 どうやら可愛いもこもこは、リオがこの魔道具に詳しいと思っているらしい。

 詳しいというほどこれに関する知識はなかったが、この面子のなかでは適任なのかもしれない。


 膝の上にクマちゃんをのせ、腕で囲うように魔道具を持つ。


「生徒会長のいるとこ確認したいってこと? ……えーと、教室はー、誰もいない……」


 リオはそれを操作しながらクマちゃんに話しかけ、ひとりごとのように呟いた。


 クマちゃんは両手の肉球をテーブルの縁にのせた愛らしい格好で、リオと一緒に画面を覗いている。


「つーか普通に誰もいないと思うんだけど」と言いながらボタンを押し、『廊下へ出る』という選択肢を選ぶ。


 リオは言った。


「……こいつら何やってんの?」と。

  

 妙なものを目撃してしまった。リオの表情は不審人物を見るようなそれで、声にも『うわぁ……』という感情が多分に含まれていた。


「こんな遅い時間に、誰か居たのかい?」


 ウィルは不思議そうに尋ねた。

「僕たちも一緒に見られるといいのだけれど」と涼やかな声で言い、備え付けのテーブルの方にいるお兄さんへ、チラリと視線を向けた。


 お兄さんの長いまつ毛が、ゆったりと持ち上がる。魅惑的な瞳が姿を見せる。

 低く美しい声が、頭の中に不思議と、まるでお告げのように響いた。


「――そのクマが、魔道具を改造していただろう」

 しかしそれだけ言うと、面倒なのか眠いのか忙しいのか、すぐに瞼を下ろしてしまった。


「リオ、魔道具を調べてみてくれる?」


 ウィルは魔道具を操作しているリオを見た。お兄さんが言うなら何かがあるのだろうと。


 彼らがあれこれしているあいだ、ルークは魔道具ではなく可愛いもこもこを見ていた。

 細かいことも細かくないことも、彼にはまるで気にならなかった。

 もこもこの居ない学園に、生徒会長が居ようが変態が居ようが、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、ルークはじっと、もこもこを見つめていた。


 ではもこもこのスポンサーのクライヴは、というと、彼は彼で、相変わらず便箋百万枚のことで忙しいようだった。



 映像が映っている四角い画面の下には、さまざまなボタンが並んでいた。


「じゃあ何か押したことないとこ押してみる?」


 リオは深く考えず、それらのボタンの中から、クマちゃんの顔のような形の可愛いボタンを選んだ。

 理由は当然、クマちゃんみたいで可愛いからだ。


 リオがそれを押した次の瞬間、テーブルの真上には、大きな球体が浮かび上がっていた。

 そしてそこに映っているのは、さきほどウィルが希望した通り、学園の廊下に広がる綿毛の花畑であった。


 もこもこが改造した魔道具は、皆で見られる優しい魔道具だったらしい。


「すげぇ……クマちゃんの改造した魔道具めっちゃ高性能じゃん」


 感動したリオは、クマちゃんの丸くて可愛い頭をもしゃもしゃと擽った。

 さすが、皆と一緒が好きなクマちゃんである。

 

「とても素敵だね。クマちゃんの優しい気持ちが伝わってくるよ。――ありがとうクマちゃん」


 ふわり、と優しい笑みを浮かべ、ウィルは嬉しそうに礼を言った。


 ルークは一瞬だけ、宙に浮かぶ球体に切れ長の瞳を向けた。

 低く色気のある声が、「すげぇな」ともこもこを褒める。


 しかし、森の魔王様の視線は、すぐに可愛いもこもこへと戻った。

 彼の愛しいもこもこが、可愛いお手々でテチテチと拍手をしているからだ。


 もこもこの悩めるスポンサークライヴは、球体の映像に気が付き「素晴らし――」と称賛しようとした。

 が、志半ばで意識を奪われた。

 テチテチテチ――……という愛らしいそれに。



 リオは断腸の思いで、もこもこの丸くて可愛い頭をもしゃもしゃするのを中断した。

 そして、視線を元の位置へ戻した。

 球体の上に付いたクマの耳のような形の何かも、膝の上のもこもこが肉球をテチテチ鳴らし拍手をしている可愛い音も、あれもこれも非常に気になる。

 だが今は映像を確認するのが先だ。


 宙に浮かぶ球体には、クマちゃんが作った可愛い綿毛の花畑に、二人の男が寝転がる姿が映っている。その様子は、リオが操作していたときと変わらないように見えた。

 奴らは深夜の廊下でいったい何をやっているのか。


「うーん。取り合えず生徒会長がいるのだから、そこへ手紙を届ければいいのではない?」


 大雑把な南国の鳥男は、もこもこの文通相手である男へそれを届けるだけで、目的が達成されると言った。

 実に大雑把な男らしく、ターゲットの状態に関心はないらしい。


 彼らしか居ない深夜の学園の廊下。

 おそらく生徒が居てはいけない時間帯に、彼らは何故か、男二人で、花畑に横になっている。

 ――不自然である。

 大抵の人間は『そこで何をしている』と尋ねるだろうし、警備員ならば率先して彼らを連行するだろう。


 しかし見た目と違い大雑把なウィルは、不自然の塊が気にならないタイプであった。

 鞭で打たれていれば話は別だろうが、幸い彼らの健康状態に差し迫った問題はない。


「えぇ……あそこに?」と、リオは手紙の配達先に不満を示した。

 その声には『ほんとにぃ……?』という嫌そうな感情が滲んでいた。


 変化のない映像の中、繊細そうな美形の生徒会長と、整った顔立ちだが目つきの悪い男が、制服のまま花畑で横になっている。

 無駄に悲し気な表情の生徒会長と不機嫌そうな謎の男は、会話すらしていなかった。 

 深刻な喧嘩でもしたのだろか。

 クマちゃんの可愛いお花畑で揉めるのはやめていただきたい。


 膝の上のもこもこから、幼く愛らしい「クマちゃん、クマちゃん」という声が聞こえる。  


『クマちゃん、お手紙』と言っているようだ。 


 なんとクマちゃんは、微妙な雰囲気の彼らへ、内容が微妙なあのお手紙をお届けしてしまうらしい。

    

「えぇ……」とリオはふたたび肯定的ではない声を出した。


 この部屋の中に、空気を読む、という考えを持つ者はいないのだろうか。

 意外と真面目な男は、そんな、考えても仕方のないことを考えた。


 そうしてリオは、テーブルの上に登りたいらしいもこもこに手を貸すと、もこもこ動いている可愛いクマちゃんを黙って見守った。

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