五人目
※ホラー作品です。
1
最後に五人でかくれんぼをして遊んだのはいつだっただろうか。
俺は田舎の山道にあるバス停で遠ざかるバスの後ろ姿を眺めながらふとそう考えた。
蝉しぐれに身を包まれている。喪服に喪タイを締めているのでバスを降りた途端に汗が噴き出てきた。
道路の法面から木々が旺盛に枝を伸ばし、夏の強い日差しを遮ってくれてはいるものの、今日も息が苦しくなるほど厳しい暑さだった。
小学生の時分はこんな真夏日でも半袖半ズボンに帽子を被って仲のいい仲間たちと田舎を駆け回っていた。何が楽しかったのか知らないが、子どもながらに随分忙しく過ごしていたと思う。
その仲間のひとり――タツヤが死んだ。
東京の大学院に通う俺のもとに、実家からそんな知らせが届いた。
高校に入ってから故郷を離れていた俺は、タツヤとはずっと会っていなかったし、即座に顔を思い浮かべることも出来なかった。それでも仲間とつるんで遊び回ってたことは不思議とすぐに思い出した。
――もういいかい。
鬼ごっことか、どろけいとか、缶蹴りとか――走り回る遊びばかりやっていたような気がする。あとは誰かの家でゲーム――。
かくれんぼ、やったことあったっけ……ないこともないだろうが、思い出は希薄だ。
葬儀はこの山道の先にあるタツヤの家で行われている。
道の先に大柄な人影が見えた。
おーい、とこちらに手を振っている。
「お前……コタロウか?」
「久しぶりだな。会うの何年ぶりだ?」
近付いた喪服姿の大柄な男は俺の肩を乱暴に叩いた。
こいつもかつて一緒に遊んだ仲間のひとりだ。子どもの頃から大柄だったが、高校から大学にかけてはラグビー部でフォワードをやっていたと聞く。久々に会ったコタロウは、まるで壁のような巨躯になっていた。
「悪い、地元に帰って来ること自体が久々だからな」
「そうだな……まさかツレの葬式で再会することになるとは思わんかった」
俺達は顎から汗を滴らせながら坂道を歩く。
「お前、今もここに住んでんの?」
「いや、就職先が隣の市の方でな。今の住まいは職場の近くだ。お前は相変わらず東京か」
「相変わらずも何も、院生だからな。普通に大学通ってるよ。そういやスズ……高卒で就職したスズの職場も隣の市だったよな」
俺は幼馴染のひとりである女子の名前を挙げた。勝気で負けん気が強く、一緒に遊んでても女子と遊んでいる気がしない活発な奴だった。仕事ではそんな性格がプラスに働いて営業畑で活躍していると耳にしたことがある。
「会ったりとかしてんの?」
コタロウは俺の問い掛けに鈍い反応を見せた。数歩黙って足を進めた後、口を開いた。
「……スズな、死んだらしい」
蝉しぐれがひと際激しくなった気がした。
2
タツヤとの思い出は小学生の時のまま止まっている。
それでも参列を終えた俺は、何か心の一部が抜け落ちたような心持ちだった。タツヤの家を後にした俺は、その足でコタロウと地元の居酒屋に向かった。
「家の中で熱中症、だったってな。何か助かってたかも知れんかと思うとやるせねえな」
「タツヤ……ガキの時、あいつ野球少年だったろ。明るい奴だった。この町から大学に通ってたんだが、二十歳を過ぎた頃に何の前触れもなく引き籠りだしたらしくてな。死ぬまで部屋から出て来なかったんだと。親父さんもお袋さんも……堪んねえよな」
コタロウは舐めるようにビールを口にした。
「全然知らなかった……」
「いや、多分知ってもどうしようもなかったと思うぜ。俺も一度あいつの部屋の前まで行ったがな、取り付く島もねえんだ。ドアを開けるな見つかる、ってそればっかよ」
「見つかる?」
――もういいかい。
「何でああなっちまったのか……」
と、呟くように言ってコタロウは枝豆を咥えた。
「知らなかったと言えば、スズのこともな」
「スズのこと知ったのは俺も偶然だ。あいつのお袋さんに隣の市でばったり出くわしてな。挨拶したら実は、つって。死んだこと周りに伏せてたみてえだ」
「伏せてた? 何で」
「よく分からん。死に方がちょっと普通じゃなかったらしい。職場近くのワンルームでひとり暮らししてたそうなんだが、スーツ姿のまんま、クローゼットの中で布団にくるまって死んでるのを様子を見に来た職場の上司が見つけたんだそうだ」
「……何でそんな場所で、隠れるみたいに」
――もういいかい。
「そういや……あいつの死因も確か熱中症だった。丁度、今みたいな真夏だったんだよな」
俺も枝豆に手を伸ばした。
「タツヤだけでもショックでかいのにスズのことまで今日知ることになるとはな。五人の仲間のうち二人も熱中症かよ……」
コタロウはビールジョッキを傾けた後、言った。
「五人って?」
「ガキの頃、よくつるんで遊んでただろ。俺とお前と、タツヤ、スズ――」
「そうだな。他に誰か一緒にいたか? まあ誰かしらいたかも知れんが、よくつるんだって程のヤツがいたっけな」
「だからそれは――」
何て名前だったっけ。
「いただろ、覚えてないか。五人でかくれんぼしたこと」
コタロウは中空を睨んで何か思い出す素振りだったが、やがて思いっきり顔を顰めた。
「お前……嫌なこと思い出させるなあ。それあれだろ、俺らでやったスクエアだろ」
「スクエア……」
「今はもうねえけど、県道沿いに建ってたぼろい空き家。夕方忍び込んで、窓塞がれてるもんだから中は真っ暗でよ。誰が言い出したんだったか、スクエア試してみようぜって」
スクエアは都市伝説のようなものだ。
四人が真っ暗な部屋の四隅に座る。四隅からは互いの姿は見えない。
一人目が壁に手を沿わせながら隣の角まで歩いてそこに座る二人目の肩を叩く。一人目は二人目の座っていた場所に座り、肩を叩かれた二人目はさらに隣の角を目指して壁伝いに歩いて三人目の肩を叩いてその場に座る。同様に三人目は四人目の肩を叩きに行き、四人目は一人目の肩を叩きに行く。そうして部屋の中を周回するのだ。
もちろん、四人目が向かう部屋の隅に一人目はいない。一人目は二人目がいた角に座っているから。本来四人では、このルールで部屋を周回することはできないのだ。
そこにいないはずの五人目が座っていない限り。
「あの時はでも、周回できたんだ。どう考えてもおかしい。でも何か、みんなやめるにやめれずずっと部屋の中ぐるぐる回ってたんだよ。あれ何だったんだろうな……思い出すだけでも気持ちが悪いぜ」
俺はビールを口に運ぶ。そういえば、そんなこともあった。
コタロウは呻くように続けた。
「あーッ……完全に思い出した。最悪だ、何で今日思い出させるかな。で、確かお前が言ったんだ。このままかくれんぼしようって」
俺は四人目だった。いないはずの五人目の肩を叩いた時に言ったのだ。
お前が鬼な。
言い残して、俺達は空き家から逃げ出した。日は沈み、外も既に真っ暗だった。
空き家から出て来たのは、俺とコタロウ、タツヤとスズ、いつもの四人。
――もういいかい。
その時俺は、闇に沈んだ空き家の奥から届く声を聞いたのだ。
3
ずっと聞こえてたんだよ。
――もういいかい。
――もういいかい。
どうにかなりそうで、俺は逃げるように東京に出た。都会で忙しくしてると束の間その声を忘れることができた。
けれど研究やら就活やら、壁にぶち当たってる時にはひと際大きく頭の中に響くんだ。
――もういいかい。
――もういいかい。
「もういいよ!」
思わずそう叫んだのはどのくらい前のことだっただろうか。
探しに来たんだろうな。
スズが最初に見つかって、今度はタツヤが見つかった。
大学の側にあるカフェのテラス席で、俺はスマホを操作していた。
タツヤの葬儀の後別れてから一週間、コタロウからのメッセージがアプリに表示されている。
『見つかる見つかる見つかるたすけて見つかるみつ――』
アプリを閉じて、俺は目を伏せた。
都会の街中でも蝉しぐれはかまびすしい。
肩を叩かれた。
視線を上げると、正面にカフェの店員が立って俺の肩に手を置いている。なぜか、カフェ中の店員や客までがこちらを見ていた。
その全員の口の端が吊り上がって歯が見える。
「見いつけた」
完
7月26日は幽霊の日!
ヨッシャとばかりに勢いで企画に参加してみました。
日付回っちゃいましたけど……お話に幽霊出て来ないですけど……。