燃える上がる街
ガッッ!
吹っ飛ばされて民家の壁に激突し、しばらく身動きが取れなかった。
歯を食いしばって睨み上げる。
そこには、背丈の二倍以上の大男──巨人族の戦士がいた。
一週間余前、ツェルの國を焼き、殺し尽くした者たち。
そして、今日また、彼らはやってきた。
走れば数分で一周できるような小さな街。その東門で、戦いの火蓋は切って落とされた。
しかし、辺境の戦慣れしていない自警団はあっと言う間に蹴散らされ、今やまだ戦える状態の兵はツェルしかいない。
なんとか息を整えて、立ち上がって槍を再び構えるが、
「──うわっ!」
その目の前に、燃える櫓がみしみしと音を立てて倒れてきた。
どおっと塞ぐように倒れ、巨人の姿が見えなくなる。
火の粉を振り払って、ギリ、と歯噛みした。
戦線に戻るには、迂回しなければいけない。
†
ツェルが門に戻ったときには街を襲撃した巨人たちは南西に伸びた広い道を走り去ったあとだった。
倒れた兵士たちの何人かは息があるが、辺りの家は巨人の放った火矢によって燃えているため、火から遠ざけなければ命が危ない。
──今すぐ追うか、助けるか。
「くそっ……」
小さく毒付き、ツェルはつい今朝も激しく口論した小隊の『先輩』の腕を引き上げる。
「てめー……なんで」
「煩い。意識があるなら自分で歩け」
街の兵士となってから、自分への苛立ちがついつい態度に出てしまい、毎日諍いが絶えなかった。お陰で日々の訓練が手荒くなったものだから、結果的にはツェルの隊の被害が最も軽い。
最後に気を失った女の隊員を移動させた頃には東の居住区は火の海になっていた。この辺りは職人が住む地区だ。燃えるものが多かったのかもしれない。
振り返った時、石畳を震わせる微かな地鳴りを感じた。
ド、ド、ド……
初めは勘違いかと思ったが、すぐにそれが足音で、こちらに近づいていることを確信する。
街路から姿をみせたのは……二十人余りの巨人たちだった。
彼らは真っ先に、門付近に倒れている同胞のもとに駆け寄った。すでに毒で絶命している。──矢尻の毒は、ツェルの進言で領主が用意させたものだ。
巨人たちは嘆き苦しむように何ごとか吠え、同胞の骸をまだ燃えている建物に投げ入れた。
そしてそのまま門から立ち去ろうとする。
「待てよッ!!!!」
ツェルは槍を構えて立ち塞がった。
巨人たちは己の半分ほどの上背のツェルを見下ろし、互いに目配せした。
一際屈強な一人の巨人が前に出る。他の者は、苦い表情をして背中を向けた。
──逃げる、気なのか。街を燃やし、民を殺しておいて。
炎風が頬を撫ぜるが、それよりも遥かに熱い何かが心臓を灼いた。
ぎり、と歯を食いしばり、残った巨人と向かい合う。
正眼に構えた槍の切先が、焔で煌々と光った。
巨人の盾は分厚いが、その分動きが遅い。
ツェルの槍は徐々にその守りを崩し、やがて関節を貫いた。
巨人はがくん、と膝をついたが、闘志を絶やすことなく、ツェルの槍を受け流し続ける。
ついに肩もえぐり取り、──その死闘を終わらせようとした時。
「それまで!!」
突如響いた朗々たる声に、槍の切先を寸前で止める。
振り返って愕然とした。
「領主……様──!?」
「ツェンヴェル、見事であった。その巨人は……生捕りとする」
二十代半ばの若い領主は、堂々とした声で宣言した。その合図で脇の衛兵がばっと駆け出し、膝をつき憔悴した巨人を取り囲む。
それでも、槍の穂先を巨人の首筋に当て巨人を燃えるような目で睨みつけるツェルに、領主は足早に歩み寄った。
「──少し休んでいろ」
「……直々の労い、痛み入ります」
巨人から目を離すことなく、ピシッと槍の柄を手首に引き寄せ刃を納める。
慇懃な言葉遣いに、領主は切長の目を皮肉げに細くした。
「楽にしていい。私と君の仲なのだから」
「元國長の長男扱いはしないと仰っておられたかと存じますが」
「いいや、今日から君は街の英雄さ」
わざとらしい言い回しだ。──英雄役を演じろ、と?
過った疑問を呑み込み、口の端を吊り上げる。兵を動かし巨人に復讐する為に、地位はあるにこしたことはない。
血濡れた槍を片手に携えたまま、ツェルは静かに礼をとった。
「光栄の極みでございます」
お読みくださりありがとうございました。
この少年の行く末が気になる方は、ぜひ本編をお読みくださいませ……( ´ ▽ ` )
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