決意と別れ
瞼に眩しい光を感じて、ツェルは飛び起きた。
そして、全身の痛みに悶絶する。
その痛みは、あの悲劇が夢ではないという現実を突きつけていた。
たまらずもう一度横になろうとするが、体がうまく動かない。
「ツェル!」
柔らかい腕が体に回され、横になるのを手伝ってくれた。
名前を呼ばれて、狼狽する。
その声は、母によく似ていたが、──そんなはずはない。母は弟を庇って……。
その女性がこちらの顔を覗き込んできた。
──ああ、この人は、母の双子の姉だ。隣国の森の奥に一人住んで、薬を作っている変わり者。國の遣いで薬をもらいに何度も会いに来たので、気を赦せる間柄だった。
「具合はどう? お粥、食べられる?」
「ああ」
隣には弟が眠っていた。顔色は、少し良くなっているようだった。──唯一、自分が助けられた弟。
「弟は、大丈夫だよな?」
「輝石をなくしているから、危なかったけど、今は代わりのもので落ち着いてるよ」
「……そうなのか」
輝石とは、錬金術を行使する際に手元に準備する特殊な鉱物だ。ツェルは術者ではないのであまり実感がない話だが、錬金術士は自分専用の輝石を肌身離さず持たなければ、生命力が体の外に流れ出てしまうらしい。
目眩がする中、はっと思い出す。弟を担ぎ上げたとき、たしか、何か小さな石のようなものが落ちた音がした。──弟が生気を無くしていたのは、そのせいだったのか……。
だんだんと意識がはっきりするごとに、意識を失う前のことがひとつづつ脳裏に浮かんでくる。ふつふつと、怒りとも絶望ともとれない感情が湧き上がってくるのを感じた。
「ツェル! 何してるの!!」
いつの間にかきつく握り込んでいた拳の中で、手のひらに爪が食い込み、血が滲んでいた。──違う、こんなものじゃなかった。皆が流した血は!
手を包みこもうとする叔母から、逃げるように身体を捩る。
──癒さないでくれ。
──間に合わなかった俺を。何も出来ず、逃げることしかできなかった俺を。
†
「國に、戻るんですか?」
背後からかけられた声に、ツェルは振り返った。──確か、レノ、という名前だったろうか。自分と弟を助けてくれた男。言葉を交わすのは昨日目覚めた時軽く挨拶した以来か。
「いいや……一人じゃ、あいつらを殺せない」
──憎い。憎いが、自分の弱さも分かっていた。
「では、街に?」
ツェルは静かに頷く。
「弟を、お願いします。……俺はあいつに、合わせる顔がない」
自嘲気味に呟き、レノの返答を待たずに歩き出す。
あの時のような紅い夕陽が、道の脇を流れる小川の水面を血の色に染めていた。
──たった一人の傷ついた肉親よりも、仇討ちを優先する自分の、未来を映し出すかのように。