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『東京八猫伝』~せっかく復活したのに猫探しの旅ですか!?~  作者: J・P・シュライン
第一章 猫江親兵衛 編
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第16話 疑惑

「いらっしゃいませ、お客様ご案内!!」

「いらっしゃいませぇい!!」


 その日の夕刻、みどりは猫江がホスト・Jin(じん)として勤めている「クラブ・クリーン」に開店と同時に飛び込んだ。

 前回と同様に強引な案内で席に着かされたみどりだが、二回目なので周りを観察する余裕がある。

 見た所、この店のNo. 1ホスト・Shin(しん)こと犬江いぬえ親兵衛しんべえの姿は見当たらない。


(No.1ともなると同伴出勤とかで遅れてやってくるのかなぁ?)


 犬江がみどりの素性を知っているとは思えないが、出来れば顔を合わせたくない。

 みどりはおしぼりの準備をしているボーイを呼びつけて指名を伝える。


「あ、あの! Jin(じん)さんご指名で!」

「はい! Jinさん指名入りまーーす!」


 ノリのいい掛け声を受けて軽やかな足取りでやってきた猫江だったが、みどりの顔を見るとバツが悪そうにソファに腰を落とす。


「本当に客として来たのかよ」

「そっちが客として来いって言ったんじゃないですか!」

「そりゃそうだけど、普通に考えればもう来るなって意味だって分かるだろ」


 猫江はぶつくさと文句を言いながら、キャリーバッグに視線を移すと中の馬琴ばきんにも聴こえる様に話しかける。


「だいたい、なんでお前らが中池なんかの為に働いてるんだよ?」

「別に中池さんの為に働いてる訳じゃないですよ!」


 気色けしきばむみどりを制する様に馬琴が口を開く。


『そうじゃのぉ、中池というよりは東京藩の為、もっと言えば八房やつふさの宿命じゃの。

 お主こそ、代々続く八猫士一族の末裔まつえいとして、今が働きどきだとは思わぬのか?』

「宿命とか一族とかそういうのがタリィから逃げ出したんだよ、俺には俺の人生がある。藩や一族のために生きるなんてまっぴらなんだよ」


 猫江は苦々しげに吐き出すと、ウイスキーを一飲みして気を落ち着かせる。


「それで逃げのびた北海藩ほっかいはんで恋人の借金背負って霊能者詐欺れいのうしゃさぎで女の子からお金をだまし取るのがあなたの人生なの?」


 思いがけないみどりの指摘に、一瞬怒りの表情を表した猫江だったが、すぐに作り物の笑顔を浮かべる。


「君、意外と言うね、……滝沢たきざわだったっけ?」

「事実でしょ、やってる事は哀れな女の子からお金を巻き上げてるただの詐欺師じゃないの!」

「もちろん、こんな事やる為に来たんじゃない! でも、物事には順番があるんだよ、今はまず借金だ」

「四億円……、ホストクラブでチマチマと騙し取ってたらいつになるか分からないわね」

「チッ、静香の奴、金額まで話してたのか」


 軽く舌打ちして黙り込む猫江に、一拍おいてみどりが話しかける。


「その四億、東京藩が肩代わりするならどう?私たちに協力してくれますか?」

「四億を肩代わりだとぉ?」


 猫江は値踏みする様な視線をみどりに向けたが、すぐに力なく首を振る。


「無理だな、お前が何とか藩の奴らとかねの話を付けたとしても、こっちがその依頼をこなせない。

 他の八猫士はまだ居場所も分かってないんだろ? 相手は悪名高い盗賊集団・安房里見団あわさとみだん首領しゅりょうだ、手下てしただってがらの悪いのが沢山居る。

 そんな奴らに俺とお前と猫2匹で何が出来るってんだ?」

「だからあなたの観察力で作戦を立てて欲しいんじゃないの! それに戦力なら大丈夫よ! あなたも言ってた柳生やぎゅうさん、柳生但馬守(たじまのかみ)さんって知ってるでしょ、あの人が今北海藩に来てるから協力してもらえる様に頼んでみるし」

「但馬守ぃ? 十兵衛じゅうべえじゃないのか? 但馬守なんてもうじいさんだろ」


 疑いの目を向ける猫江を押し切る様にみどりは畳みかける。


「大丈夫よ、お弟子さんも連れてきてるみたいだし!とにかく、お金と戦力が整えば協力してくれますね?」

「う~ん、それはまぁ、条件次第だけど」

「良かったぁ、じゃ、上に掛け合ってまた来ますね! ボーイさん、お勘定かんじょう!」

「おい、ちょっと待て、勝手に話を終わらせるなよ!」

「もぉ、何よ?煮え切らない男ね! お金要るんでしょ? やるの? やらないの?」

「……お前、意外と押しが強いんだな。

 分かったよ、とりあえずやる方向で考えてはみるけど、俺だって竹槍たけやり機関銃きかんじゅうに突っ込んでいく様なバカな真似はしたくない、あくまで勝算がありそうならやるって事だからな!」

「勝算ならありますよ! あなた天才なんでしょ?」

「はぁ?」

 呆気あっけに取られる猫江にとびきりの笑顔をプレゼントすると、勝手にボーイを呼びつけて会計を済ませる。


「領収書貰えますか?東京藩宛で……」


 二日連続で東京藩宛の領収書を切るのは気が引けたが、かと言ってボッタクリクラブを自腹で払う気は毛頭もうとうない。

 昨日と同じボーイの下婢げひた笑みを受け流すと、そそくさと店を後にした。


 猫江の店を出たみどりは、山下にお金の事をどう伝えたものか、思案しながら定宿の法華倶楽部ほっけくらぶへと向かう。


(やっぱり正直に話をして、会計科目の作文をしてもらうしかないか、お小言程度で済めばいいけど……ん?)


 慣れない道で曲がる場所を間違えたらしく、気がつくとひと気の少ないラブホテル街の入口に来ていた。

 なんとも言えない気恥ずかしさを感じながらも、好奇心は隠せない。

 目だけ動かしてキョロキョロと周りを見ていると、カフェの中にいるひと組のカップルの姿に目が止まった。


(あれは!? 静香しずかさんと……、犬江親兵衛??)


 慌ててしゃがみこんで街路樹の茂みに身を潜めると、頭だけ出して何度も確認してみたが窓越しに映る姿はどう見ても猫江の彼女の静香と大悪党の犬江親兵衛だ。

 キャリーバッグを下ろして中の馬琴をつまみ出すと、馬琴にも2人の姿を確認させる。


『こんな所で何油を売っておるのじゃ、早うホテルに戻らぬか、ワシはもうお眠むじゃ』

「いいからアレ見てよ」

『一体なんじゃ……、むぅ!?』


 みどりの指差す方を面倒臭そうに見ていた馬琴も気づいたようだ。


『アレは犬江親兵衛か?』

「そう、でもそれだけじゃないのよ、その向かいに座ってる人……」

『なんと、猫江の女ではないか! 確か静香とか申したか』

「やっぱりそうよね、これ……どういう事かしら?」

『ワシに聞いても分かる訳なかろう、ちと、探ってみるか』

「アイアイさー!」

次回・みどり、危うし!

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