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Orb Of Infinity—百面相さんの『オブオブ』プレイ日記—  作者: 藤乃リュー
第一章・NPC救出編『彼と少女とその狂気』
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第七話『動き出す歯車』

————ゲーム開始からどれだけ時間が経っただろうと、ふと時計を眺めると、時刻は深夜2時45分。ゲーム開始から14時間45分が経過し、ここ、ガルディール大平原で狩りをするプレイヤーも、時間が時間だけに少なくなっていた。今は、昼間の3分の1程度しかいない。


 現実世界と時間が連動した『オブオブ』の世界でも、空には月が浮かんでいる。NPCたちはとっくに寝静まっていることだろう。


 現在のレベルは11と3分の2ほど。何とか二桁台までレベルを上げられたが、途中でうっかり寝落ちしてしまったせいで、レベルは思ったように上がっていない。廃人連中はとっくに15かそこらまで上げているだろう。


 どうやら、『オブオブ』では5の倍数ごとに、レベルアップに必要な経験値が大幅に増えるようだ。1から5まで上げるのにそこまで苦労はしなかったが、5から10に上げるのには一苦労した。10になると更に必要経験値が増え、1つレベルを上げるだけでも精神がすり減りそうだった。


 ずっと5刻みで必要経験値が増えるのか、レベルが上がりやすい序盤だけで、中盤からは10刻みや20刻みなのかどうかは分からないが……少なくとも、廃人連中も10を超えた辺りからは、レベリングに苦心していることだろう。



「そろそろ……狩り場を変えるか?」



 辺りを見渡すと、レベルが高いであろうプレイヤーたちは、いつの間にかいなくなっていた。深夜だからいなくなった、という可能性と、効率が悪くなってきたから狩り場を変えた、という可能性。


 俺も、いつまでもこの平原でレベリングができるとは思っていない。デスペナの半減効果が『レベル10まで』という制限がある以上、そろそろ次の狩り場に移動する必要はあるだろうと思っていた。



 問題は、『ガルディール大平原』の次に難易度が低いフィールドがどこなのかが、俺には分からないということ。選択を間違えば、予想だにせぬ強敵のもとへ赴いてしまうことになる。デスペナの半減効果は切れている。今死ねば、獲得経験値の20%喪失と、30%分のバッドステータスだ。できれば、受けたくない。


「他の連中……どこ行ったんだ?」


 アギニスから一歩出ると広がるガルディール大平原。他のフィールドへ向かうには、このガルディール大平原を横断する必要がある。が、本当にこの広さの平原を徒歩で横断するのか……?



……いや、もしかすると、ガルディール大平原の中でも、モンスターの強さにランクがあるのかもしれない。町に近いエリアはモンスターが弱く、仮に『平原奥地』と名付ける、町から遠いエリアではモンスターが強く、経験値も多い。


 十分にあり得る話だ。これだけ広い平原で、敵の強さが一定だというのもおかしな話だろう。



「……いやでも、それって結局『歩け』ってことなんだよなぁ……」



 そう。どちらにせよ、平原を歩いて突っ切ることに変わりはないのである。



 さて、どうするか。時間も時間だ。町の外でうっかり寝落ちしてしまって町に戻されるのも面倒だし、かと言ってこのまま寝るのも時間を無駄にしたようで勿体無い。ただでさえ一度、仮眠してしまったというのに。


 ゲームからログアウトすれば、ネットで情報を探すくらいはできるだろうが……優位を保ちたい廃人連中たちが、サービス開始直後のこのタイミングで、そんなに都合良く情報を流してくれるだろうか。俺なら流さないが。その方がライバルが減るんだから。


「NPCなら何か知ってるかもな……ガルディール大平原のモンスターのことだって教えてくれたし」


 この平原のことを教えてくれたのは、町を守る騎士のNPCだった。どうやらNPCによって得られる情報には差があるらしく、モンスターについてのことは騎士や傭兵など、専門職に聞いた方が情報量が多い。戦う力を持たない八百屋や商人が、モンスターについて詳しいことはまずないという、運営側の思惑だろう。



 さて……この時間に起きているNPCはいるかな。町に戻ってのお楽しみだ。






   * * *






 やはりというか何というか、現実時間で深夜3時というだけあって、ゲーム内のどの店もとっくに閉まっていた。大衆居酒屋ですら開いていない。ちらほらとNPCやプレイヤーが歩いているのを見かけるが、こんな時間にプレイしているなんてとんだ変わり者がいたもんだ。


「戦闘系のNPCか……騎士なら、交代で見張りでもしてるかもな……」


 夜勤の騎士がいるかもしれない。まず当たるとすればそこだな。




 そう考え、騎士の詰所に向かって歩き出した。それから少ししてのことだった。


 騎士の詰所がある方角から、数名の騎士がこちらに向かって走ってきたのだ。丁度いい。話を聞こうかと、その騎士を呼び止めようとしたが……、



「……なんだ?」



 騎士は、まるで『何かを追いかけている』かのように、明後日の方向へと走り去ってしまった。なんだ……タイミングが悪い。


 だけど、騎士たちは一体何を追いかけていたんだろう。町を守る彼らが追いかけるものだから、当然犯罪者か、町の治安を乱すものだろう。それにしても、こんな時間に出動とは。NPCとは言え、騎士も大変だな。



 それにしても……こんなプレイヤーも少ない時間帯に行動するNPC、か。リアルさを追求するためだろうか。他のゲームでなら何かのクエストかと思って心も躍るものだが、生憎、このゲームにはそういったクエストなどが用意されていないと、予め運営によって発表されている。



……いや、そうか?



 あの宝石のついたペンダントもそうだ。あんな見落としそうな場所に、装備でも売却用アイテムでもないアイテムを、わざわざ設置するだろうか。あれは何故あんな場所にあったのか? 何かの『イベント』などではないかと疑うのが普通だ。


 だが、このゲームにはそういった類のものがない。『運営』は、そういったものを用意していない。




……思えば、このゲームのNPCたちは、まるで生きた人間のようだった。独自で最先端のAIが搭載され、人間のようなコミュニケーションが可能となっている。




 ならば、同じく人間のように『考え』、そして『行動する』ことも可能ではないのだろうか? NPCたちには自身の意思があり、そしてその意思に基づいて行動している。


 仮にそうだとすれば、この世界の未来は、プレイヤーが何もせずとも、NPCたちの意思で決定されてしまうことになる。ゲーム紹介とは少し異なるが……まあ、あくまで『仮定』だ。



「……追いかけてみるか」



 それを確かめるためにも、あの騎士たちを追いかけてみよう。果たしてこれが、運営によって設定されたルーティーンなのか。それとも、NPCたちの意思によってもたらされた『未来』なのか。




 そうして、騎士たちの後を追いかけた。しかし、元から距離を離されていたこともあって、追い付けずに見失ってしまった。手がかりも何もない。


「くそっ、見失ったか……気になるんだけどな、あのNPC……」


 ゲーマーの勘が告げている。これは絶対に何かある。勘が命中する確率はおよそ3割ほどだが、今回は当たっている気がする。


 せめて、あの騎士たちがどんな奴を追いかけているのかを知れたらそれでいい。それを知ることができたら、勘が当たっているか当たっていないかも判断が付くのに。




 そんな風に考えていると、不意に、どこかから物音が聞こえた。何かを叩くような音だった。


 戦闘音、という感じではなかった。どちらかと言うと、何かを落としたとか、何かを蹴ったとか、そんな音だった。小さな音だから確信はないが。


「今の音、どこから……」


 気のせいかもしれないが、俺の今いる場所よりも『高い場所』から聞こえたように思う。と言っても、ここはただの市街地だ。音の届く範囲で俺よりも高い位置の音となると、それは必然的に建物の2階よりも上層部分。




 まさか、犯人が屋根の上を飛び回っているわけでもあるまいし。頭上から音なんて……、






「……えっ」






 そう、気を抜いていた。だからふと頭上を見上げた時に、そこにあった影に、反応が遅れてしまったのだ。


 影は人影。俺の頭上を、建物の屋根から屋根へと飛び移り、どこかへ去っていく人影。まさかとは思っていたが、本当に屋根の上を飛び回っていたのか……。



 どうする? 追いかけるべきか、追いかけないべきか。本心を言えば、面白そうだから追いかけるべきだと思うが、よし。本心に従うとしよう。迷って距離を離されるより、即決して追いかけた方がきっといい。



「よしっ!」



 壁伝いに飛び、屋根の上へと躍り出る。レベルが上がって身体能力も向上した今なら、あの時のペンダントだってもっと楽に取れることだろう。


 目標、視認。影の正体は黒いフードを被った奴だ。プレイヤーかNPCかはまだ定かではないが、恐らくあれが騎士たちが追いかけていた標的で間違いないだろう。


 足場の悪い屋根の上を、あの影のように走る。パルクールを題材にしたVRゲームもプレイしたことがあるが、センスが無くてまともにプレイできなかったのでやめた。初めて、その選択を後悔している。



(だが、悪路の走行って意味なら慣れてる……!)



 色々なゲームを触ってきた。泥沼を走ったり、瓦礫の上を走ったり、色々なところを走らされた。屋根の上を走って目標を追いかける程度なら、今の俺でも問題はない。


 距離は思ったようには縮まらない。だが、離されてもいない。今はそれで十分だ。




 そして、影もこちらが追いかけていることに気が付いたのだろう。何度か振り返ってはこちらを確認すると、少しずつ加速していく。フードの中の顔は、暗くてよく見えない。


「ちっ……離されてたまるか……!」


 影の加速に合わせて、こちらも加速する。しかし、そろそろ加速にも限界がある。これ以上速く走られると、少しずつではあるが離されてしまうだろう。



 そう思って、焦り始めていた時だった。影が急にその場で急停止したかと思うと、大きく跳び、後ろへと回転しながら、俺の背後を取ったのだ。


 いや、背後を取られたわけではない。影がまだ上空にいる間にその意図を読み、剣を抜いて影を迎え撃った。キィンという甲高い金属音が鳴り響き、俺の剣と、影の持つ短剣がぶつかった。



「くそっ……いきなり何すんだ!」

「それはこちらの台詞だ……お前、何者だ……!」



 現実で言うところの『ボイスチェンジャー』のような何かを使っているのか、変にモザイクがかかったような声で聞こえてくる。だが、剣から伝わってくる力はとてつもなく強い。只者じゃなさそうだ。


(宝片がない……NPCかっ!?)


 両手で短剣を握る影。その手の甲には、宝片らしきものがなかった。黒い手袋はしているものの、宝片が埋め込まれていれば多少は形が分かる。右手にも左手にも、宝片は認められなかった。


 だとすると、NPC。それも、かなり強力な力を持った戦闘系のNPCだ。


 そして、その身なりは『暗殺者』のようにも見える。黒いフードに短剣。まさしく暗殺者のそれだ。



 影が、一際大きな力を込めて、こちらの剣を弾き返す。短剣で長剣を弾き返すだと!? どんな馬鹿力なんだ、このNPCは!


 影はそのまま、こちらの腹目掛けて、勢いに任せて短剣を振り抜いてくる。何とか海老のように後ろに反ってそれを躱すが、影は隙も見せぬ連撃で何度も短剣を振ってきた。


「うぉっ、殺す気かっ!?」

「お前が『奴ら』の仲間ならば、命だけは奪わないでやろうっ!」


 何とか、剣で攻撃を弾きながら後退するが、ここは足場の悪い屋根の上。押されている今は圧倒的に状況が悪い。もうそろそろ後がないのだ。


 色々と気になることもあるし、向こうは殺す気できている。仕方ない、戦わずに話がしたかったが、話は後でじっくり聞くことにしよう。


 大きな力を込め、頭上から振り下ろされた短剣を弾き返す。一瞬、影の体勢が崩れ、隙ができた。頭上から攻撃を仕掛けていたため、胴体がガラ空きだ。



 そんな胴体目掛け、剣を振り……抜かない。代わりに、剣の柄で思い切り鳩尾を強打する。これが効いたのか、影は短剣から手を離し、腹を抑えてその場にうずくまった。唾液なのか吐瀉物なのか。地面に何かを吐き出していた。


 勿論、その隙を逃すほど、俺も優しくはない。殺すのは簡単だが、殺してしまってはこのNPCの正体が謎のままになってしまう。


 俺は剣を首筋に当てながら、影のフードを外した。偶然か必然か、そのタイミングで月明かりが一際強く、俺たちを照らした。




「……お、女の子ぉっ……!?」




 フードの下から現れたのは、青いセミショートヘアの、可愛らしい女の子だった。現実で言えば中学生から高校生くらいに見える。10代半ばほどだろう。


 短剣で長剣を弾き返すものだから、どんな悪人面した男が出てくるのかと思っていたが……まさか女の子、しかもこんなに若い子だとは。




……というか、何でだろう。この女の子、どこかで見覚えがある気がする。会ったことはないはずだ。どこかで、こんな女の子を見かけた気が……。


……いや、思い出せない。気のせいだったか。NPCの中に同じような子がいたのかもしれない。



 しかし、どうするか。顔を暴いたはいいが、この後のことを全く考えていなかった。



「……返してよ」



 そんなことを考えていると、少女がぼそりと、何かを呟いた。


「なに?」

「お姉ちゃんを返してよっ! 私からお姉ちゃんを奪わないでっ!」




 少女は悲痛の叫びで、俺にそう訴えた。




 だけど……一体、何の話だ?

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