第五話『デスペナルティ』
————まさか、開始から1時間程度でデスペナを食らうとは思わなかった。完全な油断だ。
デスペナ……デスペナルティといって、死亡時に一定のペナルティを課せられるシステムのことだ。『オブオブ』におけるデスペナは、現在のレベルでの獲得経験値の20%の消失、そして30分間の全ステータス30%分の減少。他のゲームと比べて軽いか重いかで言えば、何とも言えない。最近ではデスペナ自体が存在しないゲームも多いからだ。
ただしこれは、安全地帯外で『敵性モンスター』に殺された時のみ。プレイヤーキルで死んだ場合、このデスペナルティは課せられない。また、レベルが10になるまでは、課せられるペナルティが半分になる。
ゲーム開始後、新たにリスポーン地点を設定していない場合の死に戻り場所は、ゲーム開始時の初期転送地点。ガルドラを選んだプレイヤーなら、聖剣士アルディスの像の前だ。リスポーン地点の設定は、大抵が他の安全地帯、つまり町の中で行える。この町から出ない限りは、大体のプレイヤーがここに飛ばされる。
しかし……完全に油断していた。
このゲームの痛覚の緩和レベルは、他のゲームに比べても低い。それはチュートリアルで、文字通り痛いくらい知っている。だから、極力ダメージを受けることは避けて狩りがしたかった。
実際、偶然が重なったとはいえ、1匹目のブラウンボアはノーダメージで撃破できた。あまりにも上手くいきすぎて油断してしまったんだ。
大抵のVRゲームなら、痛覚の緩和レベルはかなり高めに設定されている。でないと、幅広い年齢層、客層にプレイしてもらえないからだ。さっきのブラウンボアの突進なら、針で刺された程度の痛みに感じるだろう。
だが、このゲームは……思い切り殴られたような痛みだった。実際の痛みに比べると遠く及ばないだろうが、それでも馬鹿みたいに痛かった。言ってやる、そこだけは不満だ。
アルディス像の前には、俺と同じように、少し表情の暗いプレイヤーが大勢いた。恐らく、『ガルディール大平原』でデスペナを食らった連中だろう。どのモンスターと戦ったのかは分からないが、その痛みを想像するのは容易い。
「はあ……30分か」
俺はまだレベル1。本来30%であるバッドステータスも、まだ15%で済んでいる。
だが、それはつまり、それだけ元のステータスが低く、本来のデスペナではゲーム進行が難しくなることを表している。今のこのステータスでは、15%でもかなりの痛手だ。
さて……もう一度狩りに出て経験値を稼ぐか、30分は他のことをして時間を潰すか。正直、どちらでもいい。できれば早くレベルを上げて冒険に出たいところだが。
「……いや、また死んだら嫌だし、散策でもするか」
たちが悪いことに、ガルディール大平原の4種のモンスターは、全てアクティブモンスターだ。こちらを見つけただけで襲いかかってくる。15%とはいえ、バッドステータスは痛手だ。
なら、もう少しこの町を散策して、興味深い話でも探していた方が、今は有意義だ。メインストーリーが無いとはいえ、『ストーリー』が無いわけではない。ガルディール大平原の情報のように、攻略に役立つ有益な情報があれば大助かりだ。
「となると、まだ行ってない場所か……」
さっきはぐるりと町を一周しただけで、町の隅々まで散策したわけではない。こういうゲームは、裏路地にレアアイテムが隠されていたりするんだ。デスペナが解除されるまで、何か面白いものがないか、散策してみよう。
* * *
「しかし……広いな、この町」
ガルドラの王都、アギニス。王都というだけあって、町はかなりの広さだ。これだけの規模の町が、少なくともあと2つはある。一体、どれだけの容量を用意すれば、こんな町をゲームに組み込めるのか。
デスペナ解除までの30分では、とてもこの町を隅から隅まで調べることはできない。マップには大まかな情報しか書いておらず、小さな路地やその先にある路地などの、細かい情報は記されていない。隅々まで調べるなら、実際にこの足で歩くしかない。
全部を調べるのはまた今度だ。今はただ、自分の勘に従って、面白いものがありそうな場所を散策している。
「ふぅむ……この路地、何かあると思ったんだけどな」
というのは、住宅街にある、入り口を木箱の山で通れなくしている路地だった。一見すると、システム権限で通れない路地になっているのかと思う。
が、ここは自由度の高すぎるゲーム、『オブオブ』の中だ。試しに木箱に触れてみると、動かせた。つまり、木箱の山を動かせば、その路地に入れるということだ。
ゲームに慣れている人間なら、むしろ『通れない』と思うような場所だ。何かしらの情報やアイテムが転がっていると思ったのだが……案外、何もないな。
「……残念、勘が外れたか」
路地は、そこで行き止まりだった。そこまで複雑な道ではなく、一本道だから見落としもないはず。隠し扉や隠し通路も……見た感じ、無さそうだ。
俺のゲーマーとしての勘が、ここには何かあると言っていたのだが、そう上手くいかないもんだな。
そう思って、引き返そうと振り返った。その時、気のせいかもしれないが、上空に何か輝くものが見えた気がしたのだ。
「……あれは……」
見えた気がしたのは、民家の壁から出ている……太いパイプのような場所。目を凝らしてよく見てみると、やはり、そのパイプに何か光るものが引っかかっていた。
そうか……パイプで死角になって、住宅街から奥へと進む時には見えず、奥から住宅街へ戻る時にだけ見えるんだ。
……けど、あれ、取れるのか。2階の壁、それも天井付近から出ているが。そもそも、取れるように設計してあるのだろうか。
「いや、『オブオブ』のことだ。何の意味もない……とは思いたくないな。もしかしたら、何の意味もないかもしれないけど……」
微妙なところだ。
壁には登れそうな凹凸や、1階部分には小さな屋根もある。取ろうと思えば、何とか取れそうに見える。人の家の壁を登る度胸があるのなら、の話だが。
いやいや。人の家といってもゲーム内。現実でやるわけではない。現実なら即座に通報だが、この世界では……大丈夫だと、思いたいが……。
あの精密に作られたNPCたちなら、通報もあり得るかもしれないと、一瞬嫌な予感が頭をよぎった。いやいや、そんなことを気にしていたらこんなゲームやっていられない。気にせずにゴー、だ。
壁に掴まり、凹凸を頼りにまずは1階部分の屋根に足をかける。そこから、更に2階の壁の凹凸を掴んでパイプの付近までよじ登っていく。窓がなくて本当に助かった。
近くまで来ると、その光の正体が何なのかも分かった。これは……ペンダントだ。小さな緑色の宝石がついたペンダントが、パイプに引っかかっていた。
「よい……しょ」
手を伸ばし、ペンダントを外す。降りる時は簡単だ。痛みを覚悟して飛び降りればいい。足から着地すればそこまで痛くは…………、
「いっ……!?」
痛かった。足全体が痺れる。やらなきゃよかった。
何はともあれ、ペンダントは回収できた。見渡しても、他には何もない。まさか、このペンダントに何か意味があるのだろうか。
「……装備ではないのか」
インベントリに収納はできる。しかし、情報を見る限り、装備品ではないようだ。
もう一度取り出して見てみるが、やはり、宝石のついたペンダント……という感想しか出てこない。高そうには見えるが、それ以上でもそれ以下でもない。
「アイテム情報も、『宝石のペンダント』としか書かれてないし……まあ、インベントリに入るなら、持ってても損はないか」
インベントリ自体にはまだかなり空きがある。どうせ、アイテムを預けられる倉庫のようなシステムもあるのだろう。だったら、いつか必要になるかもしれないし、持っておくことにしよう。捨ててしまって後で悔やむのは無しだ。今までそれでどれだけ後悔してきたことか。捨てたり売ったりした直後に限って必要になるんだ、素材とかって。
気付けば、デスペナはもうとっくに解除されていた。結局、30分で得た収穫はこのペンダントだけだったが、何も見つからないよりはマシだろう。もしかすると、何か重要なアイテムなのかもしれないし。
「さて……狩りに戻るか」
ペンダントをインベントリに収納し直すと、暗い路地を後にし、再びガルディール大平原へと足を進めた。
次回更新は9/19です。