第一話『ログイン』
俺は、ネットではそこそこ名の知れたゲーマーだった。あらゆるジャンルのゲームに手を出しては、そこそこの成果を出して手を引く。
時には豪商人として、他のプレイヤーから金を巻き上げ、
時には、凄腕のスナイパーとして戦場を支配した。
傭兵として戦さ場を駆け回ったこともあるし、
あと、クイズ王になったこともあった。あれは本当に偶然だったが。
そんな風に色んなゲームをやっていると、思うことがある。ここ最近、ゲームに新鮮味を感じなくなってきたのだ。
用意されたシナリオ、用意されたキャラクター、用意された未来……。
俺たちプレイヤーは、あくまで運営の敷いたレールの上を歩くことしかできない。だからこそ、日々ゲームをしていく中で、そこに新鮮味を感じられなくなってきたのだ。
そんな俺が、実に3年ぶりに期待を寄せるゲームがあった。
——Orb Of Infinity。ジャンルはVRMMO。ネットでは略して『オブオブ』なんて呼ばれている。
事前情報を聞く限り、このゲームは本当に素晴らしい。所謂『クエスト』なるものが存在せず、ゲーム世界の未来は、プレイヤーの行動によって、全てが決まる。
たとえば、一プレイヤーが暗躍し、戦争が起きるように仕向けたとしよう。
他のゲームでは、そんなことをしたところで実際に戦争が起きるわけではない。未来というのはあくまで運営が決定するもので、プレイヤー1人に左右されては困るからだ。
しかし、『オブオブ』は違う。
誰かが戦争が起きるように仕向け、その企みが成功すれば、実際に戦争が起きてしまう。死者は大勢出るだろうし、場合によっては国が滅びてしまうかもしれない。
そうなっても、運営は関与しない。あくまでも、プレイヤーの手によってのみ、この世界の改変は許される。
……とんだゲームだ。殺人プレイで村一つを滅ぼすことだってできる。倫理観も道徳観も何もないゲームだ。
まあ、それ故に18歳未満のプレイは禁止、購入はクレジットカードのみ、基本プレイ月額3000円の強気設定などなど……子供にはプレイできないよう、色々と配慮はされている。
また、所謂プレイヤーキル……『PK』は認められているが、プレイヤーやNPCへの強姦及び猥褻行為は禁止されている。発見され次第、即刻アカウントの永久停止処分だ。これも、あくまで他者の合意がない場合のみで、プレイヤー、NPC問わず、相手との合意があればこれも可能となる。
そんなこんなで、実に期待のできるゲームだ。ここ3年でこうも期待を寄せられるゲームはなかった。ハードルだけが上がって、その下を盛大にくぐってしまう可能性もある。それは考えたくない。
そして、この『オブオブ』の正式サービス開始は今から10分後。2042年2月1日、午後0時から。今は大学も休みだから、時間も気にせず遊ぶことができる。
VRゲームはその特性上、ゲームプレイ中に現実の肉体に異常があれば、強制的にゲームから切断されるように設計されている。病気による発作や失神はもちろん、中度くらいの腹痛でも切断されてしまう。だからこの10分間は、現実世界の肉体のコンディションを整えることに集中しなければならない。
水分、良し。飲み過ぎないように。
空腹、良し。食べ過ぎないように。
トイレ、良し。大小どちらも出した。今日は長時間の戦いが予想されるため、念の為に腹痛を抑える薬も飲んでおく。
戸締り、良し。VRゲーム中に空き巣に入られる事件は、そう珍しくもない。現実の肉体に危害を加えなければ、安全に盗みを働けるわけだから。
ガス線、良し。エアコンの温度、良し。
準備はこんなものだ。サービス開始まで、残り30秒。ヘッドギア型のVRゲーム専用機、『C.C.M』をかぶり、ベッドに横たわった。
15、14、13……。
刻一刻と、ゲーム開始の時間が近付いてくる。ゲームの正式サービス開始がここまで待ち遠しいのは、本当に、いつぶりだろう。期待ができるゲームというだけで3年振り、正式サービスから期待できるのは……もっと長い。
5、4、3、2、1……。
心の中でカウントし、0になった途端、時計の音がカチリと鳴る。針が動き、0時を知らせる音だ。
(さあ……楽しいゲームの始まりだ!)
ヘッドギアの起動ボタンを押し、起動する。目の前の景色が暗転し、意識が電脳世界へと接続されていく。
無数に散っていく光。『C.C.M』の起動演出だ。5秒ほどの演出が終わると、そのまま『オブオブ』の起動演出に入る。プロローグ、というやつだ。流石に、未来を自分たちで作り出すゲームと言えど、その世界の基本設定や歴史くらいはしっかりしている。
そしてこのプロローグ……どうやらスキップ不可能なようだ。ストーリーはどうでもいいから早くゲームをしたい、って層は苛立っていることだろう。俺はストーリーも楽しみたいから、これで良し。
* * *
『かつて、この世界には、手にしたものの願いをなんでも叶える、神が生み出した宝珠があった。人々は宝珠を巡って醜い争いを繰り返し、それを見兼ねた神は、人の手に宝珠を授けることなく、この世界のどこかにそれを隠してしまわれた。
醜い争いで大地は痩せ、人々は破滅を悟った。人々は争いをやめ、3人の指導者のもと、この世界に3つの国を創った。
痩せた大地は元に戻り、人々は長い年月を過ごすうち、やがて宝珠の存在を忘れてしまった。しかし、今なお彼の宝珠はこの世界のどこかに存在している。
必ず————』
* * *
と、いうのがプロローグだった。よくある、プロローグを読むのに特化したお婆ちゃん声で、この世界の大まかな歴史が語られた。
手にしたものの願いを叶えるといわれる神の宝珠。このゲームのプレイヤーが目指す最終目標は、その宝珠だと事前の情報で知られている。このゲームのタイトル、『Orb Of Infinity』の『Orb』も、この宝珠からきているのだろう。
もちろん、宝珠を追い求めないプレイをするのも、プレイヤーの自由。中には、気ままに商人プレイや農民プレイをしたいプレイヤーも実在する。宝珠を求めず、争いを避けるやり方も、一種のロールプレイだろう。
だが……折角、そういう設定が用意されているのだ。どうせなら、宝珠を探す方向性でゲームをしていきたい。
プロローグが終わると、次はアバターの作成だ。犯罪防止の目的で、アバターの性別は現実の性別と同じものになる。男女の枠に当てはまらない人もいるが、そういったものに配慮しては他に支障が出ると、殆どのVRゲームでは同じ措置が取られている。
その代わり、容姿は比較的自由に弄ることができる。が、自由に弄るのは大抵VRゲームの初心者だ。
アバターの初期設定の見た目は、現実世界の肉体情報を元に、そこから本人だと特定できない程度に弄られた状態になる。身長や体重も同じだ。システムが作成した以上、これが『見た目としておかしい状態』になることはまずない。
だが、これを下手に弄ってしまうと……とんでもないカオスな顔面のアバターが出来上がったり、体のバランスが奇妙なアバターが出来上がることがある。
特に、体のバランスは重要だ。現実世界で痩せ形の人がゲーム内で肥満体型のアバターを使った場合、現実世界に戻った時、体を動かす感覚に差異が出過ぎて、現実世界での生活に支障が出る場合がある。背が高い人が背の低いアバターを使う場合や、それに類する場合も同じだ。
故に、VR慣れしているゲーマーは、あまりこの見た目を弄らない。弄れないといった方が正しいだろう。下手に弄れば、何かしらの問題が出てしまうからだ。
とは言っても、多少は弄る。やはり顔のパーツ配置が気に入らなかったり、体のパーツのサイズが気に入らなかったり。顔がおかしなことにならないよう、現実の肉体との差異があまり大きくならないように、アバターを調整していく。伊達に何年もVRゲームをやってきたわけではない。その辺の調整はもはやプロと呼ばれてもいい。なんのプロかは分からないが。
そして、所属する国の選択。プロローグにもあった、3人の指導者のもとで建国された、3つの国だ。
聖剣士アルディスを指導者として建国された、剣士や武人が多く暮らす国、『ガルドラ』。
魔導士ユージーンを指導者として建国された、魔導士や神官が多く暮らす国、『セルセリカ』。
大商人オルトロンを指導者として建国された、商人や職人が多く暮らす国、『バーレン』。
ガルドラを選んだから武人プレイをしなければならない、セルセリカを選んだから魔導士にならなければならない、といったわけではない。ガルドラを選んで魔導士プレイをするのも良し、バーレンを選んで剣士プレイをするのも良し。最初に選ぶ国にそこまでの差はない。
あくまで、最初に所属する国を決めるだけであって、その後どこで活動するのかは当人の自由。ならば、そこまで難しく考える必要もないだろう。
ただ、もしかすると、対応する国を選んだ方が、何かしらの得があるかもしれない。NPCと好意的になるとアイテムが貰える、だとか。運営は『サブクエスト』なるものは存在しないと断言していたものの、そこまで自由度の高いMMORPGなら、NPCの好感度を上げてアイテムをゲット……なんてのも珍しい話ではない。
(……そうだな)
個人的な話だが、俺はVRMMO……いや、MMORPGというジャンルのゲームをプレイするのが久しぶりだ。だから、ジョブが存在しないというこのゲームで、どんなプレイをするか……このゲームが発表された時から、ある程度は決めていた。
最初の国は……剣士や武人が多く暮らす国、『ガルドラ』。
所属する国を選んだら、最後に、キャラクターネームの登録だ。オンラインゲームである以上、他のプレイヤーとの重複は許されない。少し時間がかかってしまって、誰かに名前を取られてなければいいが。
「名前は……カイン。カインだ」
オンラインゲームではいつも使う名前。重複で使えない時も、前後に数字を付けたりで対応をしていた、愛着のある名前。
名前は問題なく使えた。サービス開始と同時に始めて良かった。ありふれた名前だ。出遅れていれば使えなかっただろう。
これで、アバターの作成も、所属する国も決めた。後はこの作成完了のボタンをタップすれば、ゲームは開始する。
さて……今のところハードルは上がりまくっているが、このゲームはそのハードルを飛び越えてくれるのか……それとも、スライディングする勢いでくぐってくれるのか。
「それじゃあ……久しぶりのMMOだ。初心に帰って、『剣士ロール』でやっていこうじゃないか」
大きな期待と不安を胸に、ボタンをタップした。次の瞬間、映像が後ろに流れていくように、目の前の光景が次々と切り替わっていった。