第三十三夜 火焔 -9-
手足と武器の長さで優るキンクの間合いに、ラーシュは臆することなく飛び込みます。ザーランディルが閃き、致命的な部位に容赦なく襲いかかりました。目で追うことさえ困難な、まさに斬撃の嵐です。
しかしキンクもまた無類の剣士でした。常人ならば振ることさえやっとの大剣を手足同然に扱い、ラーシュの突きや薙ぎ払いを巧みに跳ね返していきます。
いったん攻勢に転じれば、彼が繰り出す一撃の破壊力は途轍もないものでした。並の武器、並の技量では、まともに受けることさえ不可能。まともに当たれば、馬の首だって刎ねてしまえるでしょう。
しかしラーシュはもともと受けるよりも捌くことを得意とする剣士です。身体は猫のように敏捷。立ち回りは蛇のように周到。ときには皮鎧が削げるほどのきわどい避け方をしたかと思えば、刃を添えるほどの力加減で絶妙に攻撃を逸らし、繊細かつ大胆に相手を翻弄します。
勝負がはじまってしばらくは、両者の力量は拮抗しているように見えました。しかし戦いが続くうち、徐々にラーシュの優勢が明らかになっていきました。キンクはまだなんとか凌いでいますが、タルナールの目には、彼の持久力も集中力も尽きつつあるのが分かりました。
しかしいよいよ勝負が決するかというころになって、キンクが意外な攻撃に打って出ました。彼はさっと大剣を手放し、身体をぐるりと回転させたかと思うと、相手に背を向けるような姿勢から、靴底での強烈な蹴りを放ったのです。
一騎打ちの間、ずっと正統派の剣術を捌き続けてきたラーシュにとって、これは完全な奇襲となりました。繰り出された鋼鉄の蹴りを食らったラーシュは、後方に吹っ飛んで地面に叩きつけられました。
これを汚い手と見る者もあるでしょう。しかし事前の取り決めがない以上、少なくとも負けに繋がる反則ではありません。
ラーシュは辛うじて受身を取りました。しかし激突の衝撃を和らげるためには、得物を手放さなければなりませんでした。
彼は指先から半歩の距離に転がったザーランディルに腕を伸ばしましたが、もちろんキンクがそれを許しません。一足飛びに駆け寄った彼は、ザーランディルの柄を蹴飛ばして、観衆が作る輪のすぐ縁まで追いやってしまいました。
いくら無双の剣士といえども、こうなってはもう降参するほかない。観衆の誰もがそう思ったでしょう。ネイネイやエトゥさえ既に敗北を悟り、口から無念の吐息を漏らしました。
しかし、ここでまた意外なことが起こります。
キンクがラーシュに向き直り、勝負を決する一撃を加えようとしたとき、パキン、と甲高い音があたりに響きました。見ればキンクの大剣が、根本から折れてしまっているではないですか。
ザーランディルとのまともな打ちあいはそう多くなかったはずですが、それでもアモル鋼の刀身は、大剣の芯を着実に砕いていたのです。あるいは、持ち手の膂力に耐えかねたのかもしれません。
なんにせよ、キンクも得物を失いました。彼の戸惑いはほんの束の間に過ぎませんでしたが、ラーシュが素早く跳ね起きて、拳を固めるには充分な隙でした。
皮に包まれた骨と骨がぶつかる、鈍い音が響きます。思い切り振り抜かれた鉄拳は、槌矛の一撃にも等しい威力を持ち、キンクの大柄な身体を宙に浮かせるほどでした。
体術の訓練を充分に積んだ戦士でも、路地裏で喧嘩に明け暮れているあらくれ者でも、まともに顎を殴られれば立ってはいられません。それは心臓を突き刺されれば死ぬのと同じくらい確実な、抗うことのできない肉体の性質です。
果たしてキンクも、急に下半身から骨を抜かれたように、ばったりと仰向けに倒れました。まだ意識を保ってはいるようですが、もはや戦うどころか、起きあがることすらもできないようです。
こうして勝負は決しました。
シーカ兵たちは厳粛ながらも沈痛な面持ちで、アモルダート側の人々は歓呼でそのときを迎えます。勝者であるラーシュは兄のもとに跪き、なにやらまた会話を交わしているようでありました。
それが終わると、ラーシュはキンクに手を貸して起きあがらせ、彼に背を向けてザーランディルを拾い、タルナールたちの方向へゆっくりと歩いてきました。途中で鉱夫たちが駆け寄って、その肩や腕をばんばんと叩きます。
「よかった、ラーシュ。本当に危ないところだったな」と、タルナールは彼をねぎらいます。しかしラーシュは勝利に酔った様子もなく、むしろどことなく自嘲気味の、複雑な表情を浮かべておりました。
「どうした? キンクになにか言われたのか?」
「まあな」と、ラーシュは肩を竦めました。「兄貴は負けも想定して、バーラムと取引をしてたんだ。剣だけじゃ解決できないこともあるって説教を、また聞く羽目になった」
「なら、大した意趣返しにはならなかったってことか」と、タルナールは言いました。倒れたキンクが無念を口にしていれば、ラーシュの気分もまた違っていたのでしょうが、どうやらそうはならなかったようです。
「ああ。そもそも剣なら昔から俺の方が強かった。やっぱりもっと大それたことを成し遂げないとな」
そう言って、ラーシュはタルナール、ネイネイ、エトゥを順繰りに眺めます。
「少し落ち着いたら、俺たちがやろうとしていたことをまたやろう。〈魔宮〉の奥になにがあるのかを、みんなで探しに行くとしよう」




