第十六夜 さまよう狩人 -3-
突然のことに、子どもたちはびくりと肩を震わせました。なにかと思えば、人相の悪い男がふたり、入室の許可も求めずずかずかと乱暴に入り込んできたのです。
「よう婆さん、また来たぜ」と、ごろつきたちのひとりが言いました。
彼らは腰に偃月刀を下げ、罪人の証として入れられた腕の刺青を見せびらかすようにしています。子どもたちの様子を見ても、招かれざる客なのは明らかでした。エトゥがサーニャを守るように立ちあがり、身体に警戒感を漲らせます。
「何度来られても同じですよ。唯一なる者の御名にかけて、ここの子どもたちを奴隷として売るつもりはありません」
ごろつきたちの無礼には、レンヤがきっぱりとした口調で応じます。タルナールもゆっくりと腰を浮かせ、万が一の荒事に備えました。しかし槍も持っていない状態で、武装したごろつきにどう対処したらいいのでしょうか?
「こんなクソみたいな生活をするぐらいなら、奴隷暮らしの方がまだマシってもんだぜ。どうだ? ガキども、しけた豆のスープなんかじゃなくて、羊の炙り肉が食いたくねえのか?」と、ごろつきは入口近くからその場にいる全員を見渡し、乱杭歯を剥き出しにして凄んでみせました。
「そこまでにしろ」と、エトゥが声を出し、男たちの前に立ち塞がりました。タルナールもそれに加勢するべく、急いで部屋を横切ります。うっかり蹴飛ばした皿がカランと音を立て、コロコロと転がっていきました。
「あ? じゃあお前が奴隷になるか? それともそっちの姉ちゃんが身体を売るか?」と、ごろつきのひとりが、挑発するようにエトゥの頬を軽く叩きます。しかしエトゥはそれに動じることもなく、タルナールをわずかに振り返り、暴力は振るうなと目線で釘を刺してきました。
「満足したらとっとと帰れ」と、エトゥは低い声で言いました。
「生意気な野郎だなァ、おい……」と、ごろつきたちは苛ついたように表情を歪めます。
いまのところ、ごろつきたちはこちらを脅しているだけですが、こういった手合いは大人しくしていればどんどんと付けあがっていくものです。
さて、どうするべきか? 緊迫した状況にタルナールが焦れはじめたとき、ごろつきの背後でふたたび扉が開きます。そこから突き出されたのは、灰水晶の入った鳥籠のような杖の先端。
「なんだ?」
声をあげたごろつきたちが振り返った直後、灰水晶からパッと閃光が迸ります!
反応が遅れたタルナールは視力と平衡感覚を奪われ、床に膝をついてしまいます。ごろつきたちと誰かが乱闘しているようですが、なにが起こっているのかよくわかりません。
視界に黒い星を散らせながらも、なんとか周りの様子を把握できるようになったとき、タルナールの目前にごろつきの姿はありませんでした。その代わりとして戸口に見えたのは、ラーシュとネイネイの姿でした。
「久しぶりに顔を出してみれば、物騒なことになってるな」と、ラーシュがこちらに笑いかけます。
やや気取りすぎの感もありますが、この登場に子どもたちは湧きました。これまでの怯えから一転して歓声をあげ、早速ラーシュにのぼりはじめる者もいます。
「エトゥ、無事か? 面倒なのに絡まれたな」と、子どもたちから剣を守りながら、ラーシュが言いました。
「ああ、ちょうどよかったよ。助かった」と、エトゥも安堵の息を漏らしました。
それから一行はサーニャを落ち着かせ、食事の片づけを手伝いました。子どもたちはまだ外にいるかもしれないごろつきを警戒しているのか、しばらく部屋の中で遊ぶことに決めたようです。タルはそれを眺めつつレンヤの傍に腰をおろし、彼女が淹れた白湯を飲みました。
「いただく喜捨で生活はなんとかなっても、所詮は女と子どもだけの住処ですから」と、レンヤは甲斐甲斐しく子どもたちの面倒を見るサーニャに、気遣わしげな視線を送りました。「ああいった人々は悩みの種なのです。エトゥがいなければ、皆さんが来なければどうなっていたことか」
危険の多い〈魔宮〉にもぐる勇気もなく、真面目に商売をするだけの忍耐もない者たち。弱い人間を虐げ、その上前を撥ねることで金銭を得ようとする者たち。これは街に馴染んでいる分、しばしば野盗よりも性質が悪いのです。
「僕もちょくちょく顔を出しますよ」と、タルナールは言ってから、ブルズゥルク討伐で得た金銭の一部をレンヤに渡します。
「こんなにはいただけません」
「収めてください。子どもたちが羊の炙り肉に心を動かされることのないように」
タルナールが小袋を押しつけると、彼女はようやくそれを受け取り、部屋の隅にある壺の中に隠しました。
「唯一なる者の御名にかけて、あなたに幸運がありますように」と、レンヤはタルナールに祝福の言葉を唱えました。
それからふと思い立ったタルナールは、持ってきたリュートを手に取ります。
「さてお立合い。これより吟遊詩人タルナールが語りますは、心躍らす冒険譚」
ぽろん、とかき鳴らされるリュートとともに、タルナールが朗々とした声を出しますと、それに反応した子どもたちがいっせいにこちらを見つめます。
「みなさんの中で、エメラルドの流れる川を見たことのある方は?」
子どもたちは首を横に振ります。
「しかしかのムジルタの大森林にはそれがある。あのお姉さんの瞳を見てごらん。エメラルドと同じ色をしているだろう。それは彼女がエメラルドの川を見て育ったからだ」
タルナールがネイネイを指し示すと、小さな観衆も一斉にそちらを向きました。顔がくっつくくらいに近づいてまじまじ見ようとする者もいます。顔を背けようとしたネイネイが子どもたちに包囲され、揉みくちゃになりはじめました。
ぽろん、と再び弦が鳴ると、子どもたちはネイネイを解放して歌に注意を戻します。
「川があるのはムジルタの森の奥も奥。恐ろしい人食い種族の住む場所だ。何人もの冒険家がエメラルドを求め、二度と明るい太陽を見ることはなかった。それでもあるとき、一獲千金を目指して、四人の冒険家が森を訪れることになる――」
これは秘密の冒険譚
期待に瞳を煌めかせ 馬車に揺られる四人の男
ひとりは少年 鍵開けの名人
小さな体に 大きな勇気
ひとりは空き巣で 夜目が効く
喧嘩は弱いが 女にもてる
ひとりは傭兵 槍の達人
経験豊富で 世間に明るい
ひとりは戦士 傭兵の友
口は軽やか 剣も鋭い
四人の男は ムジルタの森へ
まだ見ぬ最奥 エメラルドの川へ
リュートを爪弾き、軽妙な調子で歌うタルナールの周りでは、目を輝かせた子どもたちが輪を作り、身を乗り出して聞き入ります。大人たちもその外側で腰をおろし、明るい音色に耳を傾けています。
さきほどまで漂っていた不穏な空気は霧散して、ときに愉快な、ときに勇気の漲る物語の世界が、部屋いっぱいに広がりました。
四人の冒険家が命からがら、しかしひと掴みのエメラルドを手にして森から逃げる段になると、子どもたちはすっかり歌の虜となり、終わりを惜しんでしきりにため息をつきました。
「かくして冒険はまだ続く。しかしそれはまた別のお話。語られるのはいつの日か……」と、タルナールは歌を結びます。
「もっと、もっと!」と、案の定、子どもたちは続きをせがみました。断ればまたもみくちゃにされそうな雰囲気です。娯楽に飢えた彼らにとって、詩人の訪問などまたとない機会でしょうから、少々興奮するのも仕方のないことでしょう。
タルナールはそれから三つの物語を立て続けに吟じ、太陽が西に傾くころになってようやく、中座することを許されたのでした。