青森の歯科医院でのこと
散歩していれば、どのくらい昔からやっているか分からない古いままの医院の建物が大概は見つかります。エッジを立ててたら、「歯科医院」で「青森」が八畳間程度のその場所に一番の相応しい気がして、書き進めました。
小説の長さは、八畳間でのごくごく短い時間とぴったりな感じだと思ってます。
母の歯の治療のため青森までいったら、そこの医院で付き添いをしてるというおばさんが、何かきまり悪そうに話しかけてくる。
それが、こちらが作法を心得ていないためこうして言わなくてもいいことをわざわざ言わなくてはならない嫌な役回りを引き受けているのだ、といった態度を全身から溢れ出しているから、はなはだ不愉快な心持ちでいると、すぐに金のことを切り出してきた。
「幾ら、ということではないのです。でも、それをお渡ししないのは」と、奥の部屋に籠もってる誰かの顔を探る仕草を挟んで、言葉を言い換えながら金の無心をする。こんな齢になってもこうしたことには不慣れなので周りを見渡したが、連れは既に離れてしまっている。たとえ居たとしても、こんな損な役回りが来れば、すぐに此方を風上に追いやってしまうのだから、ひとり覚悟を決めるより仕方がない。
「どのような形で、お幾らくらいお渡しすればよろしいのでしょうか」
不作法ではあるが、機嫌は損ねないだろうと単刀直入で切り出した。それが、相手の勘に触ったらしい。
ー なんていうことを、まぁー、そんな、まったくもって大仰に・・・・・
声も言葉も出さないが、そのことを発したい顔をあたり一面いくつも拵えてから、静かに奥へと下がっていった。中で、何ごとか言い含めたり言い含められたりしているのかと思ったが、すぐに戻ってきた。あきらめたような面持ちで、「一万円ということではないんです。そのようなお気持ちを幾らか包んでいただければ」と、こちらの顔を見ずに、小さく一気に吐いた。顔には、とうとう言わされてしまった慙愧の恨めしさがありありと浮かんでいる。ー あの方に対して、こんなはしたない、むきだしのことを、お金のことを、少しでも耳に入れてしまうなんてー と、腹の中のブツブツを横目で聞きながら、奥に下がって五千円札を半紙で包んだ。連れは、こういうときのために綺麗に半分に切った半紙だけは、いつも用意してくれている。
「不調法で、どうも」と手渡すと、そこから先は今までの初々しい熱気は嘘のように消え去って、どこにでもある冷んやりした医院の待合室に戻っていった。




