表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

成り代わり源氏物語

成り代わり源氏物語 雨夜の品定め

※pixivにも同投稿しています。

注意:似非平安/キャラ捏造/ネタ乱用 他

苦手だと一瞬でも感じましたら、プラウザバックよろしくお願い致します。

 結婚の儀から、はや数年。あんなにかわいかった少年は、みるみるうちに精悍な青年と成長しようとしている。つややかな肌、端正な顔立ち。丸みを帯びていた頬はどこへやら。最近では艶めいた色気も纏うようになってきた。けしからん。

 数年前から始めた宮仕えも最近では難なくこなしているらしい。来訪の度に身長が伸びていた結婚当初が懐かしい。今ではすっかり放置気味である。二週間に一度ぐらいは顔を見せるけど。親しみにくいのかなあ、というのが最近の葵の悩み草である。


 さて、季節は初夏。春の陽気もすっかり鳴りを潜め、あんなに愛でていた桜たちはあっさり新緑へと装いを変えている。空には薄暗い雨雲が漂うようになってきた。雨つづきのため、貴族たちは余暇といえばもっぱら酒を酌み交わしたり、室内での遊戯に打ち込む今日この頃。

 葵はなぜか後宮に嫁いでいる異母妹、蘇芳の君に呼び出されていた。


『ただでさえ…っ…重いのにっ…湿気で余計にっ…重い!!私を殺す気か!!大体、後宮にこんな簡単に入れるものなの?やばくない?セキュリティーやばくない?』


 葵の異母妹にあたる蘇芳は、幼い頃に諸事情で左大臣邸で預かっていたことがあり、葵は妹が出来たと柄にもなく大はしゃぎで構い倒していた。大人の事情というやつで蘇芳の母が誰なのか、葵は教えてもらえなかったが、まあ、やんごとなきお方らしい。葵の父親も正妻である葵の母親には弱いらしく、数ヶ月後父親の兄に養女として引き取られていったので、蘇芳の存在は触れらない左大臣家のタブーとなってしまったのだった。

 数ヶ月だけですぐにお別れになってしまった妹だが、父親も愛らしい蘇芳を気にかけていたのだろう。文通は黙認されている。蘇芳の習字の練習も兼ねて、葵と蘇芳は頻繁に文を交わすようになった。

 

 数年前から後宮入りをしている蘇芳は、実家よりものびのびと暮らせているらしい。蘇芳曰く、「藤壺さまが無双すぎて無理ゲー。詰んだ。」。それでもって雨ばかりで鬱々と暇なので、お得意のおねだり作戦で周りを懐柔し葵を呼びつけたのだった。


 恭しく後宮の片隅の一室に案内されると、葵の記憶よりも随分と成長した蘇芳の姿があった。彼女が居住まいを正すと、控えめでいて人を和ませるような香りがふわりと漂ってくる。彼女の飾らない、無邪気さがあらわれているような香りに、昔を思い出す。

 一方、蘇芳も記憶よりも磨きがかかった異母姉の美しさに驚き、声をかけるのを一瞬躊躇い、まずはと姿勢を正した。すぐに綻ぶ葵の表情に、昔の面影を感じ、なお一層再会の喜びをかみしめるのだった。

 数年の空白を埋めるように語らうこと半刻。美味しい菓子をいただき一息つくと、おもむろに蘇芳が口を開いた。 


「ねえさま、わたくし、お願いがありますの。」

「お願い?どんなお願いかしら。」

「久方ぶりに、ねえさまの琴の音が聴きたいのですわ。あの、お月さまの歌。」


 教養の一つである琴は、葵の密かな楽しみであった。小さい頃、朧気ながらに前世で親しんでいた曲を演奏する度、蘇芳は今と同じように目を輝かせて聞き入ってくれたものである。お月さまの歌というのは、少し昔の映画で主人公がギター片手に窓際へ腰掛け歌った、言わずと知れた名曲である。あの頃は記憶を思い出している訳じゃなかったので適当に口ずさむだけだったが、今は完璧。どうせ他には誰も聞いていないだろうと高を括って、披露する。


 激しく地を打っていた雨音も、今は漂うような霧雨になった。部屋を包みこむように響く落ち着いた歌声に、蘇芳はうっとりとため息をついた。


※ ※ ※ ※


『すっかり遅くなっちゃった。いい加減、私も蘇芳には甘いわね。まあ?急いで帰ったところで別に予定も何もないんですけどね。』


 葵は渡り廊下を一人でしずしずと歩く。従者は牛車を用意するため不在である。


『ん?なんだか盛り上がってるみたい。』

 

 帰り道の途中に、灯が漏れ出している一室がある。片隅とはいえ後宮の区域であるにもかかわらず、部屋の中からは若い男性が複数人で談笑しているようであった。

 男の宴に立ち聞きは無粋だなあと足早に通り過ぎようとしたものの、部屋の中から聞き覚えのある声を拾い、足を止めてしまう。


『この声…、光と兄上だわ。』


 隙間から用心して覗くと、光と葵の兄上である頭中将と仕事仲間たちが、何やら盛り上がっているようだった。


「だーかーらぁ、お前はどうせ上の上玉しか知らないだろうが!中流の女はいいぞぉ、俺の常夏ちゃんみたいなぁ!うちの嫁が嫌味言ったせいで行方知れずだけど、その点、お前んとこはお前に甘いだろぉ?ほら、お前がもらったその恋文の山の中からでもいいから試してみろよぉー。」

「ふうん。」

「あーあー、さびれた邸宅に無垢なかわいらしい女。控えめな未亡人もいい。いい女、いねえかなあ。」

「…中流の女ねえ。たしかに、興味はそそられますが。」


 随分と白熱しているこの談議、物忌みを理由に謹慎中の若者が集まり、光宛の恋文を頭中将が送り主を当てるという悪趣味なゲームから始まったものであった。ちなみに、この一室は亡き桐壺更衣が使用していた部屋で、光が帝から賜り、寝泊まりにも使っている。気が乗らないような返答をしつつも、にやりと笑う光に、葵は『平安の男マジ卍って感じ。』と軽く引いていた。


「牛車のご用意が…どうされました?あおいさ、ふがっ…(なにするんですか!?)」

「(わかった、わかったから、黙ってて頂戴)」

 

 そろそろ立ち去らねばと身を引いた瞬間、牛車の用意ができたと従者に声をかけられ、びくりと肩を揺らし慌ててその口を塞ぐ。

 この従者、葵の乳母子ともあり、気心知れた仲である。というわけで容赦は不要。乳母が見たら卒倒しそうな光景だが、気付かれそうだったんだもん、しょうがない。無言でうなづいた従者を確認して解放し、さて帰りますかと後ろに振り返るとと、おや不思議、背後の障子がスッと開いた。


「おや…、奇遇ですね?」

『マジ卍』


 ギギギとさび付く首を無理やり後ろへ回すと、にっこりと笑みを浮かべた夫の姿が。こりゃまずい、見なかったふりをして帰ろう、そうしよう。停止してしまった脳味噌をそのままにぎこちなく足を進める。


「私が、逃がすと、お思いで?」

「アッハイ。」


 ですよね。あっという間に追いつかれ、背後から手が回る。背中の汗だらだらで、咄嗟に従者を探すが、目が合うと、この野郎、黙って首を振られる。実に安らかな傍観顔だった。そうだ、愚兄はどこにと振り返ると、部屋から首だけ出している兄と目が合う。すると兄の目がまん丸になり、あん畜生、ニヤッと親指を立てられた。ついでにシッシとでも言いたげに手をヒラヒラされた。


『ブルータス、お前もか!!ガッデム!!!』


 結局、葵は首筋に背後から顔を埋め動かなくなった光をそのままに、スルスルと廊下を滑るように、足早に宮中を後にしたのであった。この珍事が宮中の噂にならないことを心から祈る。というか光さん、お仕事は? 


※ ※ ※ ※


 がたりがたりと、平安のガタついた道を、なぜか光と一緒に牛車で帰路につく。少し疲れた様子の光は、宮中から一言も発さない。今も後ろから葵の腹に腕をギュッと絡ませ、大変暑苦しい。


「光さま、あの、お手を、」

「どう思われた?」

「…はい?」


 背後からぼそっと問われ、何のことかと聞き返す。え幻聴?


「先ほどの話です。お聞きになっていたのでしょう。」

「は、はあ、」

「…だから、どう思われたのです。」

「そう、言われましても…。」


 沈黙が落ちる。心の隅に、葵本来の自尊心が燻るのに蓋をして、平安男マジ卍と呟く。他の女に行ったとしても、葵の気持ちを以前と遜色なく受け取りたいから、葵の機嫌を伺うように、拗ねたように接してくるのだろうか。葵の悩みは尽きない。


『おっと、ここは可愛らしく嫉妬の一つでもして見せるべきなのでは?………平安の可愛らしい嫉妬って何ぞ…?はて…』


 光の術中に嵌まるのは何となく癪に思えて、葵が半ば現実逃避をしながら言葉を探していると、光がぽつりと、こぼした。


「貴女にとって、私は何なのでしょう。」 


 「それはこっちのセリフじゃ、この浮気男」と普通の女なら思いそうなセリフだが、その言葉はあまりにもか細く、途方に暮れたような、それでいてどこか憤っているような、そんな雰囲気をもっていた。


『あーあ。こういうところが、甘いんだろうなぁ』


 光の腕をそっとはずし、光と向き合う。ごそごそと衣装をどける姿は滑稽なこと間違いなしだが、光は葵の動きをぼんやりと見つめて、心ここにあらずといった風情である。それをいいことに、光との距離をさらにぐっと詰め、光の頬をそっと掌で包む。


「貴方は、私にとって、鶯のようなひと。庭木でさえずって下さることもあれば、いらっしゃらないこともある。その奔放さを誰が責めましょうか。それが世の理というものです。訪れた鶯を愛でるのが私の務め。……ですが、もし、もしも、鶯が私に飼われて下さるというなら……


 この身一つを捧げることを約束しましょう。」


 惚れた弱み。これに尽きる。やれやれ恥ずかしいことを言ってしまったと光の顔を解放しようと浮かせた葵の手に光のそれが重なる。


「葵の君……。

 

 ……愚かだと、うつけだと、思われても良い。この手を信じず、何を信じるのか。今ここに居るのは、貴女の鶯。それだけで十分だ。」


 光は帝から寵愛をうけた実子でありながら、臣下に下るという難しい立場にある。母を幼い頃に亡くしたせいか、身分や容姿に恵まれても、どこか渇望を抱きながら生きてきた。まだ年若い彼には、心の拠り所を何処にするのか、どうやって気持ちを安定させるのか、分からないのかもしれない。


 『えっとそれは解決でおkなのかな?平安男ってなんでこんなポエミーなんだろ。分からん。』


 ひとまず自己解決したらしい光をよすよすしながら、せめて私が他の女の所へ行かないでと言えるくらい可愛げのある女だったら良かったのかなあと独りごちる葵なのであった。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] うわ……うわ、もう大好きすぎて言葉失う!!! どうか続きお願いします!!!光源氏の子犬感?年下感?がたまらなく刺さります!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ