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第3話 人の形 2

 木漏れ日溢れる森の中、突然に真樹士は言い放った。

「宇宙人ってなんで人の形してると思う?」 

 どうつっこんだらいいのやら、向日葵は一瞬の空白を置き、保留を選択。さらりと愛しの夫から視線を反らして聞き流す事にする。仰ぎ見れば、歩を進める度に万華鏡のように光の輪郭を変えるちりばめられた木漏れ日がきれいだ。森を歩き進めてだいぶ経つが、さわやかに香る空気がおいしくてさほど疲れを感じない。

「スルーすんな」

 真樹士の言葉に純が早速フォロー役に回る。

「どうして人の形なんですか? それにそもそも宇宙人なんているんですか?」

 どうやら真樹士が最も切り返して欲しかったリアクションだったらしく、彼は少し大げさに両手のジェスチャーも交えて語り出した。

 

 麗らかな午後の山歩き。登山には易しく、ハイキングには厳しい山。太陽は遥か高く、雲は粉を吹いたようにかすかにちぎれちぎれに飛び、空は瑞々しさを感じる程に青く透き通っている。真樹士は向日葵と純を連れ立って山に入っていた。向日葵は掃除が終われば他にすべき事は何もなく、散歩に行こうと言う真樹士の申し出を断る理由は思い付かなかった。純としても、向日葵のボディガードを頼むだなんてヒトのヌシ様に頭を下げられてはお供しない訳にはいかない。

 

「地球上の動物達の手足はなぜ四本なのか。そこが重要なんだ。前足、後ろ足、対になって四本。宇宙人が人の形、手足が四本でなくてはいけない理由はなんだ?」

 真樹士のイエローレンズのサングラスにキラリと陽の光が反射する。向日葵は宇宙人の姿を思い浮かべてみた。真樹士は妖怪やらUFOやらネッシーやら、そんな眉唾物のお話が大好きで彼のネットの履歴にはそっち系のサイトがずらりと並ぶ。

「そう言われると、確かに宇宙人の想像図ってみんな人間みたいな感じですね」

 純が優等生のような台詞を切り返す。いや、真樹士にとって純は優等生そのものか。頭を撫でそうな勢いで人差し指をぴんと純に向ける。

「いいトコ突いてる」

 向日葵の頭に浮かんだ宇宙人もやはりヒトガタばかりだった。全身タイツを着込んだような灰色の小人。目は吊り上がり、大きくて真っ黒に澄んでいる。軍人に捕まった宇宙人の白黒写真も、なんか猿みたいだったけど、やはり人の形をしていたような気がする。

「たとえば」

 真樹士が前に向き直り話を進めながら歩き始める。向日葵は純とちらりと視線を合わせて、困ったもんね、と目配せしたが、純は好奇心に満ちた目でうんうんと頷いていた。もう、この子、かわいいのかバカ正直なのかわかんないわ。

「人類が本気で火星の生命体を探すため探査機をぶち込むとする。そこで探査機に人が乗ると思うか?」

「探査機そのものがロボットでしょ、普通」

 向日葵が即答する。人の主様のご機嫌をとるために少しは付き合ってあげようかな。

「そう、まずはロボットを送るはずだ。人間を送るにはあまりに不確定要素がありすぎて危険だ。じゃあ、地球にやってきていると言われる宇宙人達は、あれは生身か? それともロボットか?」

「話の展開からするとロボットだと言いたいの?」

 山伏達が古い時代から使っている小道は、その長い歴史から地面は踏み固められ、背の低い草が茂る4WD車が一台ギリギリ走れる程の幅の山道となっていた。真樹士を先頭に三人はのんびりとした歩調で山を歩く。

「その通り。だけど、あのヒトガタがロボットだとして、あまりに非効率的すぎやしないか? 周囲の環境情報を収集するセンサー類はあるのか。検体を摂取するにしてもどこに収納する? あの細い腕で何ができる?」

「まあ、素手で戦ったら、私でもなんとなく勝てちゃいそうだね」

「うん、そこで仮定する。宇宙人は存在しない。仮に存在するとしても、まだ地球を訪れていない」

「それじゃあ目撃証言はどうなるの?」

 純は少し後ろを歩きながら真樹士と向日葵の背中を交互に見やる。なんとも息のあった二人。お互いが息を継ぐタイミングを知っているかのようにぽんぽんと会話が続く。

「そこでヒトガタが重要になってくる。宇宙人を目撃したと思い込んでいる人、あるいは捏造した人は、人類の想像を超える発想ができていないんだ」

「せんせー、言ってる事がよくわかんないんですけどー」

 向日葵がわざとらしく舌足らずな口調で手を挙げる。真樹士はそんな妻の行動をさらりと無視して続けた。

「宇宙人である以上、人の形をしてないといけないって人類の生物学的常識に捕われ過ぎているんだ。人の形が、地球上で最も効率的な生き物の形なのだ。そう信じて疑わない。あるいは宗教の問題かな。神は自らの形を人に託したもうた」

 純は山伏の小道を歩きながら、この道がどこに続く小道か思い出した。主達の寄り合いの滝へ続く小道だ。向日葵を連れた散歩にしてはやや距離がある。この宇宙人の話がいったい何を目的としているのか、少し黙って夫婦二人のやりとりに耳を傾ける。

「宇宙人って言っても、住んでいる星の環境次第でどんな形をしているかわからない。重力一つ違ってもとんでもなく形は変わるだろうな。でも、目撃されてる宇宙人はほとんど人の形をしている。それが、宇宙人が人類の想像上でしか存在しえない何よりの証拠だ」

「なんか、言いくるめられてる気がするんだけどさ」

「じゃあ、たとえば、虫みたいに六本足で羽根がはえた宇宙人がいたら?」

「エイリアンみたいな?」

「まさにそれだ。宇宙人ってイメージでなく、モンスターになる。これでなんとなく解っただろ、宇宙人がヒトのカタチをしていなければならない理由が。人がそれを望んでいるからだ。目撃したと思い込んでいる人、捏造している人、それぞれが人の形をしているべきだって思っているからなんだ」

 向日葵が足を止めて腕組みをする。どうにもうまく騙されている気がしてならない。純はそんな彼女を見て、そろそろ真樹士に本意を尋ねようと思った。

「でもマキシさん、なんで急にそんな話をするんですか?」

「さすがジュン。いい質問だ」

 向日葵が純を見つめて軽く笑う。バトンタッチ、よろしくね、と言いたげに肩をすくめた。

「そこでだ、虫達を見てみな。あいつらは六本足だったり、外骨格だったり、触覚、複眼、羽根を持っていて空を飛べたり。クモとかムカデもこの際ひっくるめよう。まさにロボット的じゃないか?」

「あ! そうか」

 ぽんと手を打つ純。つくづく解りやすい子だなー、あらためて向日葵は思う。山伏と言っても、普通に想像されるいわゆる修行僧と彼らは違う。人の主の補佐として最前線で戦う兵士でもある。初めて純と会った時、山伏と言うイメージとはまったく異なる印象を受けた。さわやかなスポーツ系大学生のような、とても山の中を駆け回るイメージはなかった。

 それに姿格好からして違った。いわゆる山伏の装束姿の純なんて見た事ない。今でも気軽にハイキングへでかけるような明るい色のアノラックにジーンズ、市販のトレッキングシューズで山を踏みしめている。

「虫達は、実は宇宙人が地球探査のために送り込んだロボットなんですね」

「俺が言いたいのはまさにそれよ」

 山伏の小道を歩きながら、普通のスポーツメーカーのジャンパーに袖を通した人の主、真樹士の独壇場はさらに続く。

「虫達こそ、古代の地球に送り込まれた自律式探査型有機ロボットだった。だが、その虫型ロボットが送り込まれた時代は恐竜が姿を現す遥か昔。宇宙人にとって古代の地球はあまりに価値がなさすぎて放棄されたのだ。あるいは、窒素や酸素が宇宙人にとって有害な物質だったのかもな。そして、その生き残りの子孫が現在の虫達。地球上で最も繁栄している種族だ」

 自分の偉業であるかのように胸を張る真樹士。向日葵はそんな彼にずっと言おう言おうとしていた台詞を叩き付けてやった。

「……だから?」

 真樹士はぴたっと足を止めて向日葵に向き直る。

「だから虫を嫌うんじゃない。解ったな、ヒマワリ」

「生理的にダメなの、私」

「それじゃダメだっての。これからムシのヌシ様と会うんだから、ヒトのヌシの奥さんが虫嫌いじゃかっこつかないだろ?」

「ムシのヌシ様と? 何かあったんですか?」

 純が二人の間に割り込んでくる。

「……何かあったって訳じゃないが、先代のヒトのヌシが殺されたんだ。殺人事件で目撃者の証言を聞くのは普通の事だろ? 今回の目撃者はたまたま家政婦ではなくてムシのヌシ様なだけだ」

 虫の主。その言葉だけで鳥肌が立つのに十分過ぎる。向日葵は、くるり、回れ右する。

「私、帰る」

「一人で帰れるならいいよー。もうムシのヌシ様はそこらへんまで来ているはずだから気をつけてなー」

 笑顔で手を振る真樹士。耳を澄ませば、確かに滝の音が森に染み込むのが解る。向日葵はもう一度回れ右して真樹士を睨み付ける。真樹士は笑顔を解き、真顔で彼女の肩に手をかけた。

「ごめん。黙ってて悪かった。でも、知って欲しかったんだ。ヒトのヌシってのが、どんな仕事なのか」

 真樹士の暖かく柔らかな掌が肩から髪へと移る。

「ちゃんと護衛のためにジュンも連れて来たし、万が一にもヒマワリに怖い思いはさせない。怖かったら目をつぶっていればいい」

 優しく髪を撫でられ、聞き取れるぎりぎりの小さな声で囁かれ、真顔で真正面から見つめられたら、どんな事でも許してしまいそうだ。そして、実際許してしまう自分も甘いな、向日葵は諦める事にした。

「私どっかに隠れてるからね」

 

 主達の寄り合いの場。純が言うには、そう度々ではないが、山の主達が集い話し合いをするらしい。今年の山桜の咲き具合はどうだ、とか、あまりに満月がきれいだから、とか。

 滝は轟音を立てる訳でなく、陽の加減によって水しぶきが小さな虹を作る程度の大きさで、滝つぼはささやかな湿地の沼のように静寂のままに滝の作り出す波紋を飲み込んでいる。向日葵は滝つぼから溢れる小川を覗き込んだ。この流れは山小屋の側を流れる小川の源流か。水は冷たそうで、山歩きに乾いた喉を潤したらきっとたまらなくおいしいだろう。

「ムシのヌシ様って、どんな?」

 滝の広場より少し離れた大木の影に隠れた向日葵は、その隣で彼女が作ったおにぎりを食べ始めた純に聞いた。よく噛んで、ペットボトルのお茶で飲み込んでから答える純。

「普通、ヌシ同士でしか会わないから僕も見た事ありません」

「カブト虫とかならまだいいけど、蛾とかクモなら最悪」

「昆虫とは限りませんよ。沢蟹とかの節足類、両生類のカエル、爬虫類のトカゲも山の中では虫の種族です」

 そう言うと純は、ぱくり、おにぎりにかぶりつく。よく噛んで、飲み込む。

「これ、塩が効いてておいしいです」

「ありがと。ジュンくんってほんっといい子だね」

 

 いつからその音が聞こえていたのか、向日葵には気付かなかった。ふと気付いたときにはすでに耳に届いていた。純が人差し指をそっと口元に持って来て、いかにも「静かに」と言う表情を作る。乾いたソバ殻の枕をゆっくりと揺するような音。発泡スチロールを細かく砕いてビニール袋に詰め込むような音。向日葵は純がもう片方の手で差す滝の方を恐る恐る覗き込んだ。

 滝の水際の大きな岩に腰掛ける真樹士。そして、もう一つ人影があった。いつの間にやってきたのか、真樹士の隣に立ち、身ぶり手ぶりを交えて何やら語り合っているように見える。真樹士の表情は穏やかで、まるで昨日のサッカーの試合が話題にのぼっているかのように楽し気にも見える。

 目を凝らす。

 真樹士の姿ははっきりと捉えられるが、もう片方の人の形をした何かは輪郭が掴めない。そこだけ解像度が低い画像のような、モザイクがかかったように細かく輪郭が震えているようにも見える。

 デジタル的にノイズがかかった転送画像のようなぼやけた人影は、キシキシと乾いた音を立てながら大きく両手を広げた。真樹士はそれに応えるように姿勢を正して目をつぶる。輪郭が砕けた人影の頭部が枯れ葉を掻き集めるような音を立ててぶわりと大きくなり、ぱくり、亀裂が走るように口を開いた。

 向日葵が息を飲むよりも早く、その人影は真樹士の頭にかぶりついた。真樹士は動かない。人の形をした影はぶるぶると震えるように顎を前後に動かして真樹士の身体を飲み込んで覆い尽くす。

「マキシくん!」

 考えるよりも先に身体が動いてしまった。樹の影から飛び出す。しかし純が向日葵の手を掴んでその動きを止めた。

「ヒマワリさん、待って」

 人影がびくんと動きを止める。その人の形は真樹士の身体をくわえたままゆっくりと身体の正面をこちらに向ける。と、その人の形の腹の辺りからにょきっと人間の両腕が伸びて、やぶこきをするようにざわざわと人影の身体を掻き分けて真樹士がひょっこりと顔を出した。

「ヒマワリ、大丈夫大丈夫。単純な情報交換の手段さ。こいつらは言葉を持たないから、こうして情報を伝達するしかないんだ。もう終わったから大丈夫」

 ぞわり。人の形が震える。輪郭が一回り大きくなったように見え、そして人の形は一気に爆発するかのように崩れた。

 空には羽根を持ったさまざまな虫達が、地には羽根を持たないさまざまな虫達が、ぬるぬるとした肌の両生類は水際に、すばしこい動きで身体をくねらせる爬虫類は草影に、そして真樹士の身体に絡み付くように大きな白い蛇だけが残った。

「ありがとう、ムシのヌシ」

 真樹士がそう言うと白蛇は彼の真正面に鎌首をもたげ、礼をするように少しだけ頭を下げた。そして向日葵にも向き直り、金色の目を細めて同じように頭を下げる。やがて音もなく真樹士の身体から離れる白い大蛇。何事もなかったかのように水際に入り、静かに崩れ落ちる滝の方へと泳いで行く。

「……マキシくん」

 向日葵が震える膝に両手を添えて声をかける。真樹士は笑顔を見せて軽く首を傾げた。さて、日射しが暖かな午後の山の散歩を続けようか? そんな笑顔で。しかし向日葵は冷たく言い放った。

「お風呂入るまで、私の半径1メートル以内に近付かないでね」


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