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最終話 8 とても意味深なイディオム

 粒子の粗い町の明かり。

 向日葵が真樹士とともに山で暮らし始めてからまだほんの少しの時間しか過ぎていない。山小屋の仕事として覚える事もまだまだたくさんあった。気のいい山伏達が山小屋でともに暮らし、いつも真樹士が側にいてくれた。人里離れた山にいる事を寂しいと思った事はないが、それでもひさしぶりに明るい夜に触れるとかすかに懐かしい感触があった。

 山から降りた鉄兵の運転する四輪駆動車は目的もなく夜のバイパスを静かに走り回っていた。鉄兵はヘッドセットを脱いで自分の眼で視界を確認して運転している。ナビ席に座る向日葵は鉄兵のヘッドセットを抱きかかえ、それに繋がったコードが後部座席へ続いており、彼女はちらりと後ろを覗き込んだ。

 後部座席には真樹士と純がいて、それに気付いた真樹士がキーボードを打つ指を止めて首を傾げる。

「どした? 疲れた?」

「ううん。私達どこに向かっているのかなって思って」

 真樹士は軽く笑って窓から外を見回した。釣られて向日葵も窓から夜の町を見る。まだ明かりの付いている窓もちらほら見られたが、町は深い眠りについていた。

「ただ走っているだけだよ」

 ヘッドセットを被った純がこくんと頷く。向日葵が抱くヘッドセットも純の頭の動きに合わせてぐいぐいと勝手に動いた。

「サルのヌシの攻撃ポイントを見極めているんだ。あいつらはもう引き返せないところまで人間の領域に踏み込んで来た」

 真樹士は説明しながら右手を腕まくりする。それぞれの指に銀色の指輪をはめているその手を握っては開き、開いては握る。

「テツヘイさん、ハンドル借りるよ」

「オーケイ」

 真樹士の声に応えて鉄兵はハンドルから両手を離した。ふらふらとハンドルは頼りなく揺れている。

「サルのヌシ達はもう後戻りできない。ヒトのヌシである俺に宣戦布告した以上、やるかやられるか、さ」

 真樹士が右手をゆっくりと右へ回す。その動きに同調してハンドルもゆっくりと時計回りに回転し、車は静かに右車線に移った。真樹士は満足そうに頷いて言葉を続けた。

「ここは山じゃない。森じゃない。人の町だ。サルのフィールドじゃなくて、俺達人間のホームだよ。オンラインやユビキタスで利用できるのもたくさんある」

 右の拳をぐっと握り込む。四輪駆動車はエンジン音を高く唸り上げてスピードを上げた。拳を解くとその指の広がり具合に応じてスピードも緩み、反時計周りに掌を回転させる。車は左車線に戻り、徐々に歩道に寄っていった。親指をクリックするようにぴくっと動かすと左ウインカーが点滅する。

「あとは料理するだけだよ。それで全部おしまいだ」

 右手を完全に開ききる。車は完全に停止した。

「同調終了。オンライン状態の山伏の強さ、思い知らせてやろうぜ」

「……でも、マキシさん」

 純が細い声で言った。ヘッドセットの頭を真樹士に向ける。

「ヌシがヌシを殺すのは、ヌシの掟に反する事じゃ……」

「うん、大丈夫だよ。ヌシとしてじゃなく、ハッカーとして力の差を見せつけてやるから」

 

 向日葵は無人の運転席を不安に満ちた眼で見つめていた。誰もいない運転席でハンドルが勝手に回るのがこれほど怖いものかと思い知りながら。後部座席では鉄兵がライフルを構えながら周囲を警戒している。

 真樹士は笑顔で言ってくれた。

『車のシステムとリンクできたからパーフェクトに運転できる。身体を動かすように車を操縦できるんだ』

『タンスの角にしょっちゅう小指ぶつけるじゃん』

 思わず反論してしまう向日葵。

『細かいとこ気にしないの。言わば俺と車は一心同体状態。安心しろ、いつも君の側にいるよ』

 四輪駆動車は勝手にウインカーを点灯させて滑らかにスピードを落として右折。向日葵も運転免許は持っているが、確かに、彼女よりも右折はスムーズだった。

「テツヘイさん、やっぱ誰もいない運転席は怖いよ」

 ナビ席で自分の両肩を抱く向日葵。後部座席を陣取っていた鉄兵は普段の明るくテンポのある言葉で答える。

「平気平気。マキシくんはゲームもうまいから、運転もゲーム感覚でさくさくっとこなすさ」

「それってかえって不安」

 真樹士と純はあと二体いる猿の主を分断させると言って途中で車を降りて行った。双方の相対的な位置をリアルタイムで観察できるよう、向日葵の乗る車の全システムを真樹士そのものと接続。同時に山伏の装備しているヘッドセット、補助動力付きのセンサースーツ、それらの情報も真樹士のマスターシステムのヘッドセットに逐一入力されている。真樹士がどこで何をしていようと、純、鉄兵、そして向日葵の乗る車、それらは真樹士の身体の一部としてタスクシェアリングができる。

「心配かい?」

 鉄兵が穏やかに訊ねる。向日葵はシートに深く沈み込んでシートベルトをきゅっと握りしめた。

「みんなの事は信頼しています。でも、確かに近未来技術って気はするけど空っぽの運転席って馴染めませーん」

 向日葵の隣の空っぽの運転席のアクセルが勝手にふかされて速度を増した。

 

 運転席の真樹士はバックパックからゲーム機のコントローラを取り出した。ナビ席の純がヘッドセットのまま首を傾げる。

「マキシさん、それ何ですか?」

「ん? USBコントローラだよ。やっぱ慣れてる方がいいかなってさ」

 コントローラのコードを伸ばし、メインパネルのコンソールにUSB端子を差し込んだ。キーボードリングをはめた右手を何もない空間に踊らせる。そしてコントローラーの各ボタンをかちゃかちゃと確認する。

「ちなみに、どっちの車の運転ですか?」

 純はシートベルトを確認してから聞いた。

「ヒマワリの方。俺の方はこっちさ」

 右手でマスターヘッドセットをこつんと差す。真樹士のヘッドセットディスプレイには二つの画面が表示されていて、それぞれ真樹士の車、向日葵の車の運転状況がリアルタイムでの映像に重ねて数値データとして表れている。

「ヒマワリさんが知ったら怒りません?」

「たぶんすごく怒るなー。黙っててな」

 真樹士はハンドルから手を離して、ヘッドセット内の仮想ディスプレイで視点操作で自分の車を運転しながら、手元のゲーム機のコントローラで向日葵の車を運転した。

「さて、そろそろ着くはずだ。そっちの方は準備はどうだ?」

「準備? 何のです?」

 純は思わず問い直した。しかし真樹士は片手で受話器を持つ仕種をして構わず喋り続けた。

「いや、こっちこっち。山脇くん、あちこちで騒動が起きるかも知れないけど、そのへんのところ頼むよ。想定域はココと、ココらへん。ルートはこう行って、こう行く予定。そう、さっすが山脇くん」

 ヘッドセットで電話しているのか。純は納得した。山脇くんって、確かふもとの派出所の若い警官だったか。

 頭の中で自分の車を運転しながら、手元のコントローラで遠くの車を運転し、かつ、電話であれこれ画面を見ながら指示を出す。人の主の成せる技か? いや、違うか。おそらくゲーマーとハッカーとしてのスキルだろう。思わず純はもう一度シートベルトを確認した。

 


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