1日目 自己紹介は難易度が高い。
「危ない!」
そう声が聞こえたかと思うと、ブオッとガスコンロに火をつけた時のような音がする。突如私に棍棒を叩きつけてきた緑の方が炎に包まれる。
「グギャアア。」
火だるまとなった妖怪緑棍棒が奇妙な声を上げながら暴れまわっていた。少しすると倒れて動かなくなる。
その光景を茫然と眺めていると、ハジマリノ村の方から一人の男が駆け寄ってくる。
背が高く、筋肉質で良く締まった体をした好青年だ。背中には重そうな大きな剣を差しているのに、それを感じさせない軽やかな走りだ。
「大丈夫かい?」
好青年は私のそばに来て膝をつくと、そう問いかけてきた。私は何度もうなずく。大丈夫か聞かれると反射的に頷いちゃうのって私だけ?
「そうか・・・。いや、まだ安心するのは早い。」
彼はそう言うと、背中に背負っていた大きな剣を抜き、構える。
「見たこともないモンスターだが、俺が相手だ!」
彼はそう言うと、私が出した目の光る半笑いのロバ君に切りかかっていった・・・。
ロバ君に鋭い切っ先がせまる。しかし刃物での攻撃もロバ君は形を変え、バウンドするだけで特にダメージがあるようには見えない。青年の顔が驚愕にゆがむ。というかそもそもそれ、私が形作ったただの聖なる光なんです。新種のモンスターとかではないんです。
「はあああああ!二段切り!疾風剣!燕返し!くっ、俺の剣が効かない!?しかし俺はハジマリノ村の守護を任された唯一の冒険者、ヌアプール・リスタ!村のみんなのためにも!そこで不安そうな顔をしている少女のためにも!俺が負けるわけにはいかないんだぁ!うおおおおお!覇王斬竜剣!」
ど、どうしよう。なんか盛り上がっちゃってる・・・。リスタさんなんかすごそうなエフェクトを出しながら剣を振るうがロバ君は傷一つつかない。というか可愛いと思って半笑いにしただけなのに、攻撃の通らない相手をあざ笑っているかのようになってる。とりあえず消そう。そして二度と出すことはないだろう。
「き、消えた!?」
リスタさんはしばらく周りを見渡して警戒していたが、安全そうだと判断するとこっちに向かって歩いてきた。
「ひとまず危機は去ったようだ・・・。初めまして。俺はハジマリノ村の守護を任されてる冒険者ヌアプール・リスタ。」
それはさっき聞いた。
「名前を聞いてもいいかな?」
怪我の確認をしているのかもしれないが近い。心配してくれてるし名乗らないのも失礼だとは思うけど、この状態で自己紹介は私には難易度が高い。私は体を反らしながら、カバンで顔を隠す。
「あ、エヴァちゃんで合ってるかい?」
え?あぁ、ショルダーバッグの横に【EVA】と記されていた。喋らなくても済みそう!今日から私はエヴァちゃんです!首を縦に振る。
「そうか。エヴァちゃんはここらでは見ない顔だけど、どこから来たの?」
どこから・・・?気づいたらここにいたんだけど・・・。困った顔しかできない。
「あ、もしかして”ドリーマー”かい?」
ドリーマー?私の将来の夢は平穏な暮らしだよ?不思議そうな顔をしていると説明してくれた。
「ここでは無い世界の記憶がある人をそう呼ぶんだ。俺は良く分からないけど、前世の記憶でもあるんじゃないのかなぁ?ほとんどのドリーマーは魔法か武器に才能があって、気づいたらこの世界にいたと言っている。あとは・・・皆すごくせっかちだ。」
せっかちかは分からないけど大体当てはまってる気がする。頷いておこう。ていうか前世?え、私死んだの?やり残したことがあるような無いような。
「そうか。ここに来たばかりなら分からないことも多いだろう。俺で良かったら色々教えてあげることはできるよ?」
そう言うとリスタさんはこちらへ手を伸ばす。分からないことは多い。聞きたいことはたくさんあるし、リスタさんはいい人そうだ。
しかし、私とは百八十度タイプの違うイケイケ兄ちゃんとこれ以上一緒にいるのは、私の精神安定上非常によろしくない。今もそこそこ逃げ出したい。私は静かに首を横に振った。
「そうかい?まぁ俺はハジマリノ村にいるから困ったことがあったらいつでも声をかけてくれ。あと村の付近も見回るつもりだけど本を読むなら村の中の方が安全だよ。」
そう言うとリスタさんは村へ戻っていった。いい人だ。
もう襲われたくないし、許可ももらったので村に向かおう。