デンジャラス・パトロール
ヒーロー活動、開始。
「パトロールって暇なんですね〜」
後ろを歩くクトゥルーが呟いた。
俺たちはコスチュームを着込み、ヒーローとして、大通りを歩いている。パトロールはヒーローの基本だ。ヒーローがいると分からせることで敵を抑止する意味がある。疎かにはできない……とは言いつつも、俺も別に楽しくはない。
「クトゥルーはどこの中学から来たの? この辺?」
「いえ、女王中ですけど……あ、私のことがもっと知りたくなっちゃいました?」
「女王……ってことは隣街か。じゃあ青清観光のつもりでパトロールしよう」
「無視はダメだと思うんです。でもそれはいいですね、デートっぽいです!」
「さあパトロールを続けようか」
これで少しはやる気を出してくれただろうか。新人教育って難しい……。
「さあ先輩、まずは何を紹介してくれるんですかー? ちなみに私が知りたいのはデートスポットですよ」
「クトゥルー、なんか近くないかい?」
さっきまで後ろをつまらなそうに歩いていたクトゥルーだが、今は俺の隣にいる。口角も上がって、なんだか楽しそうだ。
そしてついに、腕を組まれた。柔らかい感触……を感じることはなかったけど、思春期の男子としては、日陰者の男子としては、こういうのは非常に良くないんだよ。
「よォ、たこの姉ちゃン! あんたエクシードの女かヨ!」
なんかやけに個性的な人に絡まれた。こんなにベタベタしてるとやはり目立つらしい。だから離れて。お願い。
「よく分かりましたね! そうです私はエクシードの彼女なのです!」
「そうかァ! 仲良くするんだゼ!」
「もちろんですとも!」
なんでなんの支障もなく会話してるの、今の人相当キャラ立ってたでしょうに。ちょっと絡まれたくらいじゃ腕を離さないというのか。俺はもう恥ずかしくて堪らないのだけど。
「やっぱり先輩って知名度高いんですね。彼女としては誇らしいです」
「彼女じゃないし、そろそろホントに離して。これ以上は俺の心のキャパをオーバーするから。思春期の冴えない男子なんてちょっと女子に声掛けられただけで好きになっちゃうから、ヤバいから」
「なら余計に離せません!」
クトゥルーが更に密着してきた、その時、
「敵だ! こっち来てるぞ!」
人々の悲鳴、鳴り響く破壊音、敵が現れたらしい。俺たちは人の流れに逆らうように、音のする方へ走る。
この騒ぎのおかげでクトゥルーとの密着もほどけた。口にはしないが、助かったぞ敵、ありがとう。
「俺は悪くねぇ! アイツがちんたら走ってんのが悪ぃんだろうがよ!」
道路の真ん中で、体格のいいサイのような男が暴れている。車を蹴り飛ばし、道路のアスファルトを踏み砕く様子はいかにも敵って感じだ。しかしなんというパワー、俺より強いんじゃないか?
「クトゥルーは逃げ遅れた人がいたら助けてくれ」
「せっ、先輩は?」
「あいつを止める。じゃあ頼んだよ」
「ちょっと待っ」
俺はサイの人の前に飛び降りる。多少ヒーローらしく登場してみたが、なびくマントも派手な爆発もない。地味だ。
「ヒーローエクシードです。そこのサイの方、落ち着いてください」
「ヒーローだと!? 俺は何も悪くねえよ!」
「手に持った標識を置いてくれれば話は聞きます。ほら、一時停止しましょうよ」
「うるせえ! 上手いこと言ったつもりか!」
つもりだった。
どうやら聞く耳は持っていないらしい。こうなったら実力行使しかない。俺は拳を握った。
こういう突発的な敵事件は、大抵怒りで我を忘れただけのことが多い。ただ暴れてるだけで、対処は容易い。
さあ行こうか。
「来んな、来るんじゃねえ! 俺は悪くねえんだ!」
「じゃあ問題、自分に非が無ければ交通標識を投げてよい。○か×か」
「黙れえええええ!!」
「続いて問題、怒りに任せて道路の真ん中で暴れてもよい。○か×か」
攻撃を避けながら近づいていく。このまま暴れられても被害が大きくなるばかりだ、そろそろ決着にしよう。
「そして最終問題、あんたは俺に勝てる。○か×か」
「クソがああああ!!!」
「答えは――」
俺はサイの人の懐に入り込み、真上の顎に向かって、
「×だ」
アッパーカット。モロに入った、サイさんが膝から崩れ落ちる。うまく気絶させることができたようだ。
後は警察に連行してもらえば終わり、一件落着である。戻ってきたクトゥルーによれば、逃げ遅れた人が数人いただけで、怪我人も犠牲者もいなかったという。人に異能を振るうのはさすがに抵抗があったのだろうか。
「スピード解決でしたね、もっと近くで先輩の活躍を見たかったですよ」
「クトゥルーもお疲れさん。初パトロールで敵を見るなんて驚いただろう」
「そうですね、デートも中断されちゃいました……でもカッコよかったです! さすが先輩マイダーリン!」
「……ありがとう、でも離れて。先輩恥ずかしいから」
「イヤです離しませーん。……うへへ」
その後誰かが呼んだのか警察が到着し、サイさんを拘束した。俺たちは被害状況なんかを伝えて、またパトロールに戻った。
○
翌日。
「おはよう、パトロールデート君」
「変なあだ名をつけるんじゃない」
「仕事と恋愛を同時にこなすなんてやるじゃねえか」
「やめろよマジで」
誰が撮ったのか昨日の様子がネットニュースになっていた。『ヒーローカップル誕生!?』なんて見出し、誰が付けやがった。
「はあ、まったく……」
でも、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。