ロンギング・コスチューム
悪魔は微笑んだ
昼休みが終わりに近づくと早乙女さんは「次移動教室なので失礼します!」と言って一足先に帰っていった。真面目だ。
「沙八ちゃん可愛かったなあ、LIMEも交換しちゃった〜」
智は楽しそうにニコニコしているが、何かを企んでいる風ではなかった。あの時の恐ろしい笑みは見間違いだったのか、早乙女さんに毒気を抜かれたか、いずれにせよ何事もなくて安心する。
俺たちもそろそろ戻ろうかと、二人を抱えて飛び降りる。白が吐きそうになっているが、無視しておいた。
「盾一、今度の土日は暇?」
「ん? あー、日曜なら開いてるな」
教室に戻る最中、智がそんなことを聞いてきた。
「じゃあ日曜は三人で映画を観に行こうよ」
「いいけど、珍しいな、智がそんな風に誘うなんて」
「バド部の先輩に前売り券貰ってね。感想聞かせてって言われてるんだよ。白もどうせ暇でしょ?」
「おう、タダなら行くぜ」
しかし智の交友関係の広さには驚かされる。まさか先輩にまで好かれているとは。先輩なんて誰一人として名前すら知らないぞ。やはり部活をしていると自然にそうなるものなのか……。
「智、お前良い先輩持ってんな……」
「ありがとう、でも盾一には可愛い後輩がいるでしょ。盾一が良い先輩になってあげるんだよ」
難しいことを仰るな。そりゃあなれるものならなりたいけれど、俺は早乙女さんに振り回されてばかりだ。
「あ、良い先輩より、良い彼氏になってあげた方があの子は喜びそうだね! あははは!」
「聞こえないな」
午後の授業二分前を知らせるチャイムが鳴り、智が白に「先に教室着いたら百円」と言って二人は猛スピードで走り出した。こら、廊下は走らない。
○
午後の授業が終わり帰宅の時刻となり、白と智は俺を置いて体育館に向かってしまった。白は百円でバド部の手伝いをさせられるらしい。よくやるな。
そんなわけで、俺は一人校門の前で立っていた。今日はヒーロー活動の日、早乙女さんの新人教育も兼ねたいから一緒に行こうかとLIMEで誘ったのだ。コスチュームも改良されたのが届いてるだろうし。
早乙女さんからの返信は『放課後デートと参りましょう!』だった。もう少し緊張感がほしいのだけど。
「……ぁぁぁああああダーリーーーン!!!」
昇降口から一直線に、赤い四本の触手をフル稼働させながら、早乙女さんがやってきた。何かトンデモないことを叫んでいた気がする……まずい、辺りが騒がしくなってきた……!
「早乙女さん、妙なことを口走るのはやめようか。ザワザワし始めてるんだよ」
「いやー私たちの関係が周知の事実になればいいな、と」
「先輩後輩ね」
「夫婦です」
違うよ。
ずっとこの調子なら早くここを離れた方が良さそうだ。騒ぎが治まる様子がない。
ちょっと本気めで走って、事務所へ向かう。敵もいないのに何故こんな異能を使っているのか……。
「お、お疲れ様です……ふぅ」
「ナンダ、疲レテルノハオ前ジャナイカ、エクシード」
「ああミラーファントムさん、お久しぶりです」
事務所では、所長の札が立った机に座ったミラーファントムさんが出迎えてくれた。異能の影響で西洋の鎧みたいな顔だが彼も日本生まれである。
「フリーショットさんはどちらに」
「アイツハ他ノ事務所ノヒーロー達トノ定例会議ニ向カッタ。……エクシード、後ロノソレハ何ダ?」
「え?」
にゅるりとうねる四本の触手が、こちらを指していた。早乙女さん、追い付いたん
「逃がしませんよ……せんぱぁい」
「ひっ……」
もうこれ敵だよ。ストーカー敵サオトメだよ。
畜生、サオトメがジリジリと距離を詰めてくる、くそっ、逃げ場がない……!
「オオ、オ前ガクトゥルーカ。俺ハミラーファントム、宜シクナ」
「……おや? もう事務所でしたか。こちらこそ宜しくお願いします、ミラーファントム」
ふう、ミラーファントムさんに助けられた。というか今まで意識無かったの? 俺は君が怖いよ。
額の汗を拭いつつ、俺は早乙女さんへコスチュームに着替えるように言って、俺自身もコスチュームに着替える為更衣室に入った。
指定のロッカーを開けて見慣れたコスチュームを着る、普段ならそれだけだが、今日くらい、早乙女さんのデビューの日くらいは細かい汚れも拭き取って――
「先輩まだですかー? 早くしないと入っちゃいますよー。10……9……8……」
「オッケー今行く待ってなさい」
こっちの気持ちも考えてくれよ……。まあ逸る気持ちもよく分かる。ストーカー気質な部分もあるとはいえ彼女だってヒーローなんだから。
「うわぁ! エクシードだ! 先輩がエクシードになってる! なんで!?」
「クトゥルー、落ち着きなさい」
更衣室を出るとコスチュームを纏った早乙女さん、クトゥルーが目をキラキラさせながら飛び付いてきた。タイツのパツパツ具合も改良され、もう恥ずかしがる様子はない。少し残念。
クトゥルーのコスチュームを見てると、自分のものが些か地味過ぎるように思えた。迷彩服に胸当て、グローブ、ヘルメット。ヘルメットのシールドが黄色いのみで、それ以外は青一色だ。つまらない。
「わあ、憧れのエクシードが目の前にいますよ! 見てますか先輩!」
「どっちも俺だよ」
……憧れてくれるというのなら、それでもいいか。
アイエエエ!? エクシード!? エクシードナンデ!?