ルーフトップ・エヴァケーション
後輩が、来る
ヒーロー活動の関係で委員会に入ることもなく、授業も一年生の頃と変わらず難しいものではなく、二年生としては良い滑り出しに思える……が、しかし。
チャイムが鳴り四限を担当した教師が退室する。昼休みの始まりだ。
同級生たちは仲のいい友人たちと集まり、いくつかのグループが形成される。騒がしいグループもあれば、大人しくスマホゲームに興じるグループもある。皆親が朝早く起きて作ったであろうお弁当をなんでもないように食べている。まあ俺たちだっていつもはそうなのだけど……
「盾一の後輩ちゃんはまだかな〜」
「何がそんなに待ち遠しいのやら……くそ……」
俺は暗澹たる気持ちでいっぱいだった。俺がこの女悪魔にLIMEを見せてしまったことが原因で、俺はたった今ピンチなのである。具体的にどうピンチなのかは分からないが智がこんなに楽しそうならピンチなのだ。
「つってお前も後輩が来るまで弁当には手ぇつけないんだもんな」
「待ってあげた方がいいと思って……」
「いい先輩かよ」
白は購買で買った焼きそばパンをもそもそ食いながらそう言った。今回はお前が被害者じゃないからって余裕こきやがって、次お前が智の被害者になっても助けてやらないからな。
「へっ、最悪俺の毒ガスで動けなくすりゃいいんだ」
「よくヒーローの前でそんなこと言えるな敵予備軍め」
白の異能は毒ガス。口から様々な毒ガスが出せるというヒーローとしては便利な異能だ。白はそんな危ない仕事なんかしたくないと言っているが、勿体ない。
ってそんなことはどうでもいいんだ。智の悪巧みを止める策を練らなくては。俺が頭を抱えると、どうにも廊下が騒がしくなってきた。どうしたのだろう、敵が出たってことはないだろうけど一応様子を窺っておこうか。
引き戸をガラリと開けると、
「あっ! 発見っ!!」
「うわっ」
早乙女さんの顔が見えたと思ったら一瞬で触手によって捕縛されていた。うにょうにょとうねりながらも俺をガッチリと拘束する触手。その異能はどうか対敵に使ってほしいのだけど。
「せんぱ〜〜いお久しぶりです〜〜!!」
「一昨日ぶりだよ。あと離して、苦しい」
「おっとと、すみません愛が溢れてしまい……うへへ」
何を言っているんだ君は。うへへじゃないよ全く。
それと今の高速捕縛によって廊下の騒がしさが増した。早乙女さんは見た目も良いし異能とのギャップが大きいものだから余計目立つ。俺の学校での過ごし方とは真逆である。
これ以上ここにいると俺にまで注目が及びそうだ。俺は自分の弁当と早乙女さんを抱えて足早に屋上へ向かった。
間鐘高校の屋上は開放されており誰でも入れる。それでもほとんど人はいない。一年生と思わしき生徒が数名、引き返していくのが見えた。やはり皆そういう反応をするのだ。
「屋上でお弁当なんて、憧れますけど、これは……」
「でしょ。エコでいいとは思うけどさ」
屋上には多数のソーラーパネルが設置されていて、新一年生たちが夢のない現実を思い知らされるのが毎年恒例らしい。俺も去年はそうだった。それでも、
「よっと、こっちは案外眺めがいいんだ」
俺は塔屋の上に登り、早乙女さんも来るよう促した。ここはさすがにパネルも設置されていないし、屋上より更に高いから街をより遠くまで見渡せる。登るための梯子は錆びてしまって誰も使いたがらないからか、この場所に人がいたことは一度もない。俺は異能のおかげで軽くジャンプするだけでいい。つまりは特等席だ。
「先輩だけが知ってる秘密の場所に二人きり……これはもう、これはもう!!」
「そう、緊急避難さ」
それにここを知っているのは俺だけじゃない。
「おっ、やっぱここにいたか」
「私を置いていくとはいい度胸だねえ」
階段を上がってきた白と智がこちらを見上げている。一年の頃から使ってるんだ、二人にもこの場所は知れているのさ。
「二人きりになんてその気になればいつでもなれますしね。先輩とお付き合いする以上友人の方とも仲良くさせていただかないと」
「さらっと怖いこと言わないで」
「後輩ちゃん、俺たちも上げてくれー」
二人が早乙女さんの触手に持ち上げられるとさすがに手狭になる。弁当を置くスペースくらいはあるけど。
そして白も智も何故そんなにニヤニヤしているんだ。気持ち悪い。
「いやあ? ちょっと面白がってるだけだぜ?」
「後輩ちゃん、お名前は? 私は朱目黒智、でこっちの小悪党面が赤石白」
「私は早乙女沙八です。よろしくお願いします、朱目黒さん! 赤石さん!」
「可愛いねえ、あと私のことはトモちゃんでいいよ、よろしくね。それとこいつはクズとかそんなんでいいよ」
「おい俺にも威厳ってものがなぁ! 金が絡まない時にはあんだよ! よろしくなっ!」
そんな挨拶があるかよ。もうお前に威厳はないよ。
智が毒舌を浴びせ、白が食ってかかる、と、これまでは俺たちの日常的な光景だ。早乙女さんも案外笑っているし、まあそれは良いことだ。しかし、しかしだ。あんな満面の笑みを浮かべていたというのに、智に妙な動きがない。このまま何もなければいいのだが……。
ニヤリ、と。
悪魔が微笑むのを、俺は、見逃していた。