イントルード・ルーム
「おはようございまーす!!」
朝。
冷たいようで温かい、程好い弾力の何かに包まれながら俺は目を覚ました。視界には、うねるタコの足と、可愛らしい青髪の……
「可愛い彼女がお越しに来ましたよー!」
「おはよう早乙女さん。なんでいるのかな」
そして君は彼女ではなく後輩だ。
しかし本当にどうして俺の家にいるのだろうか。玄関の鍵は閉めたはずだし窓も開けていないのだから屋根伝いに侵入することも不可能だ。それなのに、何故……
「お母様が入れてくれましたよ。盾一さんにお世話になってる後輩ですって言ったら」
「なるほど……というか後輩だってちゃんと言えるんじゃないか」
「それは世を忍ぶ仮の姿ですよ」
「ずっと忍んでて。というかそろそろ離して」
と言うと早乙女さんは渋々俺から離れた。ふう、解放感。それとなんだか少しウェットな感じがする。早乙女さんが何かを分泌したのか?
「へ、変なこと言わないでくださいよ! 分泌は……できますけど、今はしてませんよ! 抱き合ってたからちょっと蒸してるだけですってば!」
こっちは一方的に絡み付かれてただけな気がするが……。
顔を赤くして触手も振り乱しながら抗議する早乙女さんを見て、彼女にも羞恥心があるということに安心しつつ、再度同じ質問を投げ掛けた。
「というか、どうしてここにいる?」
「え? だからお母様に」
「そうじゃなくて、何故俺の家の場所を知っているのかってことだよ」
もちろん昨日は教えていないし、まさかフリーショットさんが教えたってこともないだろう。だとすれば、ストーキングか?
「ストーキングなんてする必要はありませんよ。普通にネットで検索すれば出てきます」
「えっ」
「ヒーローファンの力を侮らない方がいいですよ。人気ヒーローはいつだって監視されてると思ってください」
「こわ……」
正直敵よりも恐ろしい。背筋が凍るかと思った。なんなら凍ってるかもしれない。
「とりわけ先輩は身バレが早かったですね。なんせ注目を浴びるきっかけになった青清市巨大敵事件の時、先輩学生服でしたからね。学校が一瞬で特定されましたよ。そのおかげで私も先輩と出会えたわけですが」
やらかした……でもあの時は緊急だったからコスチュームに着替える時間も惜しかったし……。俺の情報管理が甘いばかりに、俺の安息の地がいとも容易く犯されてしまったらしい。大きな溜息が漏れる。
早乙女さんは俺の後悔なんて知らないとばかりに部屋をキョロキョロと眺めていた。別に見られて困るようなものは置いていないが、どうにもむず痒い。
「早乙女さん、あまり男の部屋を物色するもんじゃないよ」
「いやあ秘蔵の図書はどこにあるのかと思いまして、うへへ」
「本当にあったらどんな反応をするんだろうね」
「そ、それは……」
「恥ずかしくなるならそういうことを言わなければいいのに」
やはりその辺は普通の乙女なのだ。その調子でいつも普通だったら可愛い後輩だと思えるのだけど。そういえばこの部屋に女の子を入れたのは初めてだ。もっとお淑やかな子が良かった。
「それで、早乙女さんは何しに来たの? まさか俺の部屋で秘蔵図書を漁りに来たわけじゃないだろうし」
「それしかしてないみたいに言わないでください! ……えっと、何しに来たんでしたっけ?」
「ここに秘蔵図書は無いのでお引き取り願います」
「わわっ、ちょっと待ってください違うんですよ! あっ事務所! 一緒に事務所へ行きましょうって名目でした!」
「名目」
「あっ」
確かに、二人一緒に事務所へ行けばどちらも待ち時間が無くていい。ただの名目にしてはいい案だ。それで、本当の目的は?
「先輩のお部屋に潜入したくて……」
「素直でよろしい。いや全然よろしくない」
潜入しようとするな、そして成功するな。我が家のセキュリティはどうなっているんだ全く。
我が家の安全策を憂えていると、廊下の方から階段を昇るスリッパの音が聞こえてきた。その音は次第に近づいてきて、ついに俺の部屋の前で止まった。
ガチャリとドアが開きその奥から俺の母親、米永美南が袋に入ったお菓子を持って現れた。
「お楽しみ中失礼するよ」
「楽しんでなんかないから普通に入ってきて」
「私はたのしーですよお義母様!」
「うんうん、そいつは重畳」
待て、誤字があるぞ。
「お義母様、先輩が振り向いてくれませんどうしたらいいですか?」
「この子沙八ちゃんが可愛いから照れてんのよ」
「えーそーなんですかー? せんぱーい」
「そうよ盾一はめちゃくちゃチョロいんだから」
「でも浮気はNGですよー!」
何このウザさの波状攻撃。というか何でそんなに仲いいの、あんたら初対面でしょうが。
「あんたの後輩だって言うからちょっと話したんだけどね」
「そしたら妙に波長が合いまして」
「LIMEも交換しちゃった。あとあんたのLIMEも教えといたよ」
「ゲットしました」
いやセキュリティ。
はあ、親が篭絡されていちゃ個人情報の流出は免れそうにない。そういう血筋なのかもしれない。情報駄々漏れの家系、嫌だな。よく生き残ってこれたもんだ。
「って二人とも、そろそろ事務所行った方がいいんじゃないの?」
言われて枕元の時計を見ると、十時半を少し過ぎた頃だった。
今から向かえば十一時前には着くだろう。用事は恐らくすぐ終わるだろうから、またどこかで昼食にしよう。それがいい。
「先輩とのランチが決定しました! やった!」
「うん、じゃあ着替えるから外で待っててよ」
「いえお気になさらず着替えちゃってください」
「……んじゃお構い無く」
「やっぱり外で待ってますねそれではっ!」
早乙女さんの扱い方が分かった気がした。