コーヒーショップ・トーク
触手に捕まってやってきたのは。
早乙女さんと共に訪れたのは近所の喫茶店だった。落ち着いた雰囲気のマスターが営む落ち着いた雰囲気の店内には、落ち着いた雰囲気のお客さんが数人いるのみで、早乙女さんの言う囲まれるだとかの心配はなさそうだ。
そんなことを考えながら、俺は店の奥のテーブル席に腰を下ろした。
「隣失礼します」
「普通正面に座らないかな?」
俺がつっこむと早乙女さんは「ちぇっ」とわざとらしくいじけてみせた。「ちぇっ」じゃないよまったく。
「そんなに私と見つめ合いたいですか、照れちゃいますね〜」
「……」
「なんか言ってください」
つっこむのも案外疲れるんだ。文句は言わないでほしい。
一息つくために俺たちはコーヒーを注文し、運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ。じゃあ早速本題に入ろうじゃないか。ヒーローとしての話、というと広すぎて分からないけれど、相談なら先輩として、しっかりと乗るつもりだ。
「え? あー……そうですねぇ……」
「今考えてない?」
「そそそそんなわけないじゃないですか! 先輩とデートしてることが幸せすぎて忘れちゃっただけです!」
「簡単に忘れるなら大したことじゃないだろうし、そもそもこれはデートじゃない」
「えー、放課後デートですよー」
放課後デートって、まあ高校生のうちにしておきたいことではあるが……。
放課後、ということは早乙女さんも今日は学校だったのか。
「はい。入学式とHRだけでしたけどね。二限で終わっちゃいました」
「ふーん……」
おや……?
「早乙女さん、その高校ってどこ?」
「そりゃあこの辺ですから、先輩と同じ間鐘高校ですよ」
ウソだろ……。
早乙女さんが学校でもこんな調子で俺に絡んできたら、嫌でも目立ってしまうじゃないか。俺が一年間で築き上げてきた、これといった特徴のない人畜無害というイメージが崩れ去ってしまう……。
俺はがくりと項垂れた。
「どうしましたか、こーんな可愛い後輩と学校でもイチャイチャできる幸せを噛み締めてるんですか? ヒュー! 恥ずかしいですねー!」
「転校しようかな……」
「え"えっ! じゃあ私も転校します!」
逃がすつもりはないということらしい。くそっ、こんなことになるなら新人教育なんか請け負うんじゃなかった……!
「あっ、今ヒーローについて聞きたいこと思い出しました」
「……それならいくらでも訊いてよ」
俺の中ではすっかり「俺の安寧を奪う凶悪敵」というイメージになってしまったが、彼女もヒーローの卵なのだ。
「お給料ってどのくらい貰えるんですか?」
「……まあそれも、大事なことだな……。初めのうちは月十万円弱くらいで、功績が認められればどんどん上がっていくよ」
「わーお結構な額ですね。ちなみに今先輩はおいくらくらい……」
「二十五万」
「高校生で!?」
高校生で。
早乙女さんが驚くのも分かる。だがそれは、ヒーローという仕事の危険性を考慮すれば、決して高くはないと……思う。周りに比べて自分の懐が潤っているのは自覚している。
「でも金の使い所なんてあまりないよ。いざって時のために街からも離れられないし」
「でもほら、私のために使うだとか、いろいろありますよ!」
「変なルビ振ってない?」
「ルビってなんですか?」
いや確かに、一般的な高校生であればそういう使い方をするかもしれない。だが俺は違う。日陰者だ。彼女なんてできたことないし、これからできる予定もない。……早乙女さんが自分を指差しているがなんの合図なのやら。
他には家に入れる、なんてのもあるが……うちは父さんもヒーローだから金には困っていない。ほらやっぱり使い所なんてどこにもない。
「それで、聞きたいのはお金のことだけ?」
「まだあります! えーとなんか、あっ学業と両立できるのかとか!」
「おー、咄嗟にそれらしいことが浮かぶもんじゃないか。高校生の本分は学業だからね、フリーショットさんもそっちを優先してくれるよ。基本、パトロールは週四だけど、学校生活に支障が出るようなら減らしてもらえばいい」
俺のアドバイスを、早乙女さんはコーヒーをちびちび飲みながら聞いていた。どうやらそこまで興味はないらしい。分かっちゃいたが。
ヒーローは危険と隣り合わせなのだからもう少し真面目に聞いてほしいという思いもあったけれど、まあ初日から気合いを入れすぎても疲れるだけだろう。コーヒーに二個の角砂糖を放り込んだ早乙女さんに、俺は言った。
「ヒーロー談義はこれまでにしようか。お昼を済ませたら帰ろう」
「……そうですね。先輩はあまり押しが強いのは好きじゃないようですし、今日はこれまでにしておきます」
今日はというのが引っ掛かるが、あえて触れはしない。
「これは俺の奢りだから好きなのを頼むといい」
「彼女には良いところを見せたいんですね」
「おや、押しが強いようだ」
「じゃあランチセットご馳走になります! 後輩として!」
早乙女さんが慌てる様子には可愛いと思わされた。とてもあんな疲れる絡み方をする少女とは思えなかった。
俺は綻んだ口元を隠すように、メニューに目を落とした。