ディテイン・テンタクル
新人ヒーロー早乙女から、突然の告白を受けた
「だってさエクシードくん」
「いやだってさじゃなくて、どういうことですか」
「アイ・ラブ・ユーゥ! ただそれだけですよ先輩!」
「早乙女くん、エクシードくんも困ってるから落ち着こうか」
「うおっと飛ばしすぎました、すみません」
うん、飛ばしすぎだよ。早乙女と呼ばれた少女は、ふぅと一息ついて、礼をする。幼さの残る可愛らしい顔立ちに思わずドキリとする。へえ、こんな子がヒーローにねえ。
それから会議室にて、今後の活動について話すことになった。俺は椅子に腰掛け、早乙女さんがホワイトボードに書く文字を目で追っていた。
「本日からワイアットヒーロー事務所に所属することになりました、早乙女沙八です。結婚を前提にお付き合いしてください」
「お断りします」
「はっはっ、若いなあ」
「若いとかじゃないんですよ」
早乙女さんのこのアピールを若さで済ませようとしないでください。最近の若者だってもう少し落ち着きはあるんですよ。
いやそれにしても彼女の猛攻は一体なんなのだろう。初対面でコレとは……痴女ってやつか?
「君もヒーローなんだ、知名度はあるはずだよ。インタビューも受けただろう?」
「あー……そういえばそうですね」
「先輩の活躍は余すことなく追いかけてますよ!」
つまりはヒーローオタクの彼女が、ヒーローが好きすぎるあまり自身もヒーローになったというわけか。なるほど、納得。
「さて、早速今日の活動だけど……」
「わあ、もうですか? 緊張しますね」
「いやいや、これは結構楽しいよ早乙女さん」
「そうですね、先輩と一緒なら何でも楽しいです!」
「うん、ありがとう」
フリーショットさんはこちらを気にする様子もなくホワイトボードに文字を書いていく。凄い精神力だ。俺は彼女にたじろいでばかりいるというのに。
「さあ早乙女くん、今からするのはこれだ」
「ヒーロー名を、考えよう……? ええっ! これ自分で考えてるんですか!?」
「人によるけどね。うちは本人と周りのヒーローたちで考えてるんだ」
俺の時も、フリーショットさんとミラーファントムさんが俺の異能に合ったヒーロー名を与えてくれた。俺が与える立場になるとは、なんだか感慨深い。
「何か希望はあるかい?」
「うーん……ド○ターオクトパスとか?」
「早乙女くん、それは敵だ」
「えっと、ええっと……うわー! 私ネーミングセンス無いんですよ! 先輩が付けてください、私の名付け親になってくださいよっ!」
「……」
俺は熟考する。ヒーロー名は、一度そのイメージが付いてしまえばもう変えることはできない。ヒーローとして活躍する限り、一生背負っていくものだ。それを安易に名付けてしまうのは可哀想である。
と言っても、俺だってネーミングセンスなど無い。だからこそ人に付けてもらった。それでもここは先輩として、いいところを見せねば……。
「クトゥルー……とかはどうだろう」
「ああ、触手界の大御所だね。名前で強く見せるのは敵に対して効果的さ。まあそれだけ、名前負けしない活躍を期待されてしまうけどね。じゃあ、クトゥルーでいいかい? 早乙女くん」
「〜〜はいっ! というか先輩に付けてもらった名前ならなんでも嬉しいです!」
かなり甘い審査をくぐり抜け、俺の案が採用された。それでいいのかという気持ちもあるが、早乙女さんが喜んでくれたのなら良しとしよう。
「さ、今日はこれまでだ。また明日ここに来てくれ」ということで俺たちは事務所を出た。
今日は色々あったように思うけれど、まだ昼頃だと言うのだから驚きだ。ちょうどお腹も空いたことだし、コンビニで弁当でも買って帰るか。
「じゃあお疲れ、早乙女さん。また明日」
「ちょっと待ったァ!」
帰路に就こうとする俺の腕を、柔らかな感触が包み込んだ。ま、まさかこれは……!
「行かせませんよ先輩!」
「結構な力だねこの触手」
早乙女さんからニュルンと伸びた触手が、行かせまいと俺の腕に絡み付いていた。ほんのり冷たい、けれど人の温もりを感じる。不思議な感覚だった。
「行かせませんって、俺をどうするつもり?」
「最終的には旦那様にします」
「そういうのじゃなくて」
「ツレないですね……まあ徐々にってことで。今日はどこか二人きりになれるところでご飯を食べましょう!」
二人きりになる必要性を全く感じられないのだが……。
「そうですね、では見せつけてやりましょう! 私たちの熱い愛情を!」
「却下します。帰ります」
「わ、わ、冗談じゃないですか! ホントはヒーローとしての話をしたかったんです! 人がいると先輩のファンに囲まれると思ったんです!」
「はあ、それならそうと最初に言ってくれよ。そういう理由なら断るつもりもないっていうのに」
早乙女さんはなんだかしょんぼりしてしまったが、こっちは本当に疲れるんだ。早乙女さんの冗談はどう対処していいのか分からないんだよ。
というかそもそも、俺にファンなんていないだろうに。
「先輩は自分のことを何も知らないんですね。ヤングヒーロー エクシードは今一番の注目株なんですよ! シンプルな増強型の異能はNo.1ヒーロー ハイパーに通じるものがありますし、クールな雰囲気は女の子に大ウケなんですから!」
「ふーん……」
「まあ先輩は誰にも渡しませんけどね。未来の旦那様ですから! ……って、帰しませんよ」
「離してくれないか。こっちに敵がいる気がするんだ」
早乙女さんの触手にギチギチに絡み付かれた俺は、為す術無く彼女の後を追うのだった。