ラブ・オリジン
人類の約三割が何かしらの『異能』をもつようになった時代。
一部の異能持ちは持て余した力を犯罪に使い、また一部は異能犯罪の脅威から人々を守るために異能を使った。いつしかその二つを、敵とヒーロー、そう呼ぶようになっていた。
○
始業式が終わり、俺は人混みに揉まれながらも新たな教室2-1に戻ってきた。ここが自分のクラスという感覚もまだ無く、腰掛けた自分の席も馴染まない。
暫くするとクラスメイトが全員揃って、チャイムが鳴り、新たな担任となる教諭が入室してきた。見覚えのある顔、というか去年、隣のクラスの担任をしていた人だ。見事な髭を貯えた、物腰の柔らかそうという印象の人物である。
先生は岡野と名乗り、自分が文芸部の顧問であること、担当教科は現代文であること等を、ジョーク混じりに話し、クラスの雰囲気を明るくした。なんとなく、「英国紳士」という四文字が浮かんできた。
今日の日程は始業式、HR、放課、という大変喜ばしいものだった。岡野先生は、自己紹介を済ませた後、手短に高校二年生としての心構えみたいなことを話して早々にHRを終えた。彼はよく分かっている。高校生が人の話を聞かないということを。
今日は金曜日ということもあって、同級生たちは賑やかに談笑しながら帰路に就いていた。土日に遊ぼうだとか、彼女ができたから無理だとか、んだよお前ふざけんなだとか、男同士の友情にヒビが入る音を聞きながら、俺も下駄箱に向かう。
つい一年生の下駄箱と間違えそうになった。
一年生の下駄箱には、ゴムの部分が青い上靴が入っていた。二年生はその部分は赤色、三年生は緑色だ。布のところも新品故に真っ白で、くすんだ俺の上靴とは大違いである。
入学式は始業式の前だったっけ。おかげで朝はゆったりできたから新一年生には感謝である。まあ部活にも委員会にも所属していない俺が、今後彼ら彼女らに関わることはないだろうが。コミュニティの輪が小さいというのは悲しいものだ。
俺は学校から直に、近くにある事務所へ寄った。
「ワイアットヒーロー事務所」、それがこの事務所の正式名称。小さな事務所で所属ヒーローも数名だが、実績はそれなりにある。所長のフリーショットさんも一部じゃ人気で、フィギュアも作られているという。
今日は事務所にフリーショットさんしかいなかった。サイドキックのミラーファントムさんはパトロールだろうか。
「お疲れ様です」
「おっ、来たねえエクシードくん。今日から二年生かあ」
フリーショットさんは所長の札の立った席に座り、銃身となった左手の指を右手で撫でながらにこやかに言った。テンガロンハットにダスターコートと、西部劇に出てきそうな格好だが、生まれは日本である。本人曰くキャラ付けとのこと。
「ええ早いもので」
「ということは、君ももううちに入って二年だろう。だから一つ、頼み事があるだが……いいかい?」
「……内容によります」
「はっはっはっ、エクシードくんらしい答えだね。じゃあ聞いた上で判断してくれよ」
頼み事、それくらいなら珍しいことではない。他のヒーローの応援に行ったりだとか。だが今回は頭に「君ももううちに入って二年だろう」が付いている。そんな節目だから、というのはさすがに警戒する。俺は覚悟を決めて、話を聞いた。
「この度ワイアットヒーロー事務所に、新しいヒーローが入ってくれることになったんだよ。その子はうちが初めてらしいから、君に新人教育、ってのを頼みたいんだが……どうだろう」
「新人教育ですか……」
学校だけではなく、こっちにも後輩ができるのか……。
後輩ができること自体は嫌じゃない。というか事務所に人手が増えるのは有り難いことである。忙しさも緩和されるというものだ。
しかし新人教育となると話は別だ。
俺は中三からヒーローをやっているが、普通は高校若しくは大学を卒業してから始めるものだ。就職と変わりない。つまりは歳上、ということになる。歳上を教育なんて、怖くてできない。その新人さんだって歳下に教えを乞うなんて御免だろう。
「すみません、その頼みは――」
「新人くんは高校一年生なんだがねえ」
「……」
フリーショットさんは心を読んだかのように情報を追加してきた。
「他のヒーローだと結構歳の差があって、彼女も緊張しちゃうだろう? エクシードくんだったらさ、歳も近いしヒーローとしての実績もあるし適任だと思うんだが……そうか、ダメか……」
「いや、あの、やります。やらせてください」
「うん、ありがとう。いやー助かるよ」
この人には敵わない、改めてそう実感した。
というか今、彼女と言った気がするのだが……女性ヒーローか。……女性ヒーローじゃなくてヒロインじゃないのかというツッコミは無しである。
「じゃあ早速入ってきてもらおうか」
「えっそこにいるんですか?」
「うん、サプライズさ。早乙女くん、入っておいで」
この人、俺が結局は断らないだろうと思ってたんだろうな……。
応接間から出てきたのは、俺より二〇センチ程小さい、一六〇センチくらいの、どこにでもいる普通の青髪美少女……ではなかった。
少女には、尾てい骨の辺りから四本の触手が生えていた。赤っぽい色で、タコの様な吸盤がいくつか付いている。異能者のいる現代、珍しいものではないが、華奢な体とのギャップについじっと見つめてしまった。
「好きです! 結婚してください!」
「え?」
突然の少女の告白に、俺は硬直していた。