特殊能力
戦闘の気配に剣を持ち上げた、そのまま鎌を受けることとなった。それほどに疾いのだった。距離を詰めて武器を振り上げる、その動きの一片たりとも認識することができなかった。
「ぐぅっ……!」
両腕に剛力を受け、ヴェーラは思わず後退する。
「姉さん!」
ひゅっ、と何かが風を切る音。糸だ、と理解した時、腕にかかった力がふと抜けた。ジルベルトの糸に絡め取られ、鎌が退いたのである。
シュリの姿勢が揺らいだその一瞬を逃さない。
ヴェーラは体勢を低めて踏み込み、横一文字に薙ぎ払った。
「おっと危ない」
台詞とは裏腹な、危機感の全くない声で呟きシュリは回避する。避けつつも力を込めて鎌を引き、糸の拘束を緩めて逃れた。
「死ね」
そんな一瞬の間も無駄にはしない。ヴェーラは背後に回り込み、鋭い袈裟斬りを見舞った。が、シュリは見事に捌き切ってみせた。
剣戟を鎌の柄で弾くと同時に、追撃してきた糸を断ち切ったのだ。
斬られた糸がはらはらと石畳に落ちていく。
「糸が切れるなんて……」
契約者の力を加え、強靭さと鋭さを極めた糸だ。二人はシュリの強さを改めて実感する。
そしてヴェーラの隙を無駄にしなかったのはシュリだった。
鋭い蹴りが、がら空きの胴へと送り込まれた。
剣で防ぐ暇もない。
本能的な動きでヴェーラが左腕を構えた瞬間、鋭い衝撃が身体を打った。
身体に滾る力全てを腕に込めていなければ、彼女は血溜まりに伏すことになっていただろう。
それでもその体躯は弾き飛ばされ、敷き詰まった石畳に叩きつけられた。
息が詰まった一瞬、そっくり感覚が消える。
「姉さん!!」
弟の叫ぶ声。
私が守りに行かないと。糸が切られてしまった今、彼の戦力は大幅に下がっているに違いない。
しかし身体が動かない。受け止めた左腕は骨折どころの話ではない。背に強い衝撃を受けたことによる息苦しさと、どことも分からない痛みが全身を覆い、意識を手放しそうになる────。
それでも。
「退け!」
叱責するような叫びと共に勢いよく起き上がり、ジルベルトと攻防戦を繰り広げていたシュリに踊りかかった。押されていたジルベルトが目を見開く。
「姉さん、僕は大丈夫────」
「大丈夫じゃない!」
強い言葉。シュリの攻撃をなんとか受け流した後、思い切って武器を手放す。左腕を庇いつつ、空いた手でジルベルトの肩を掴み、ありったけの力で押し倒した。すぐ頭上で鎌が唸りを上げる。
もはや防戦でもなくなっていた。
「くっ!」
ジルベルトが機転を利かせた。
ヴェーラの身体を抱き抱え、全力で後ろに跳躍したのだ。なんとか無事に着地した主の意志に従い、細切れの細い糸同士が結びつき、二人の周りに防御壁を張る。
「戦い方から、お二人の絆を感じますね」
シュリは追ってこなかった。先程の位置から一歩も動かぬまま、柔い笑顔を浮かべて立っていた。鎌の先を地面につけ、小休止といった姿勢である。
「お互いの呼吸を感じ、合わせて戦うという感じですか。初めて見る戦術です」
弟の腕から下り立ったヴェーラは顔をしかめた。持てる力を腕の治癒に使った為、患部は今や殆ど回復している。その代わり先程のようには戦えそうもなかった。酷い痛みと倦怠感が身体を蝕む。限界はすぐそこだ。
この状況を切り抜ける一手は────
〝能力だ〟
ゴッドブレイカーの声がした。
ヴェーラが契約によって得た能力を使えと言った。
なるべく、その能力は使いたくなかった。使うべきは天使だけであると考えていた。
だが今は、相手を気遣う時ではない。
大事なのは自分達の命なのだ。
「ジル、少しでいい。隙を作ってくれ」
彼女は呼びかけた。一も二もなく、彼は頷いた。
「分かった。任せて」
瞬間、壁を作った無数の糸が異様な蠢きを見せ始めた。一本一本が意思を持つかのように伸び、捻れ、さざめいていく。
「───────僕達はここでは死ねないんだ!」
糸が飛んだ。全てがあっという間に距離を詰め、四方八方からシュリを襲う。
「最期の足掻きというやつですか」
大鎌を薙ぎ、外側の刃で糸を斬る。
いや、斬ろうとした。
あっさり散るはずの糸は、散ることは無くその大鎌に絡みついた。
「おや」
鎌を放棄しようとしたシュリの手首にも糸は追いすがった。両手首を拘束され、シュリの自由が制限される。
生存への意志と大切な人を守るという激情が力へと変換され、糸を強化していた。
ジルベルトは喘ぎ叫んだ。
「行って、姉さん!!」
この機を逃せば待つのは死だ。
もう迷いはなかった。
この時のヴェーラの感情が、ジルベルトの感情とほぼ同じだったのは姉弟故なのかもしれない。
情炎が身を焦がし、爆発的に上がった脚力でシュリに迫る。
ヴェーラの右手がシュリに触れたのと、ジルベルトの糸が振りほどかれたのが同時だった。
「思い出せ────貴様の苦しみを!」
能力が発動した。