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エモーション・アポカリプス  作者: 木嶋寛人
3/8

暗い路地にて

契約者になって迎えた二度目の夕方。ロマンチックな夕焼けだったが、ヴェーラもジルベルトもそれを見ない。数時間前天使と会って、穏やかな胸中ではないことも理由のひとつだった。

「どうする、今日の夜。昨日みたいに交代で寝る?片方見張り形式で」

その言葉で、ヴェーラは現実に引き戻された。少し考えてから決める。

「安い宿がないか探してみよう。日が沈むまで探して、無かったらその方法で」

「了解っと」

宿の密集地帯を探し当て、外観を見て回る。料金が分かる宿は地図にチェックを入れ、最終的に三つの候補が浮かび上がった。

印を見比べ、ヴェーラは言う。

「料金一緒、ボロさも一緒、大きさもほとんど同じ。どこがいい?」

「どこでも良いよ。逆に違いは何なのさ」

「評判の差だな」

「どこが一番良かったの?」

「この宿。ええと、『オリーブ』って名前のとこだ」

「というか評判なんて誰から聞いたのよ」

「昔、誰かが言ってた記憶があるんだ」

「何年前?」

「十年くらい」

「大昔だね」

「でも今もあるってことは、それなりに繁盛している証拠じゃないか?」

この台詞が決め手となった。ジルベルトは正直に驚く。

「確かに!姉さん、頭いいね」

空室がなかった場合のことも決めた末、第一候補は宿オリーブで決定した。

特に何と言った出来事もなく、今日という日は終わりを迎える。

そう、ヴェーラもジルベルトも信じていた。

たが、である。

「────少々よろしいでしょうか?」

宿に足を向けようとした姉弟に掛けられた声が、その予想を裏切った。

ハーフアップにした肩までの茶髪、髪と同じ色の眼。落ち着きと明るさを兼ね備えたその青年は、姉弟に向かってにっこり微笑みかけていた。

「どなたでしょうか?」

微塵の動揺も見せず、ヴェーラはすっと目を眇めた。

制服を着用していない、故にエクソシストではない可能性が高い。警戒するに値しない一般人に思えるが、気になるのは彼が背負っている一本の棒だった。硬そうではあるが、素材が全くわからない灰色だ。一部に装飾があるため、何かに使うものではあるのだろう。

薄く笑顔を浮かべつつ、ヴェーラは瞬時に分析する。

そんな警戒心には気付かず、彼は胸に手を当て誠実に自己紹介をした。

「自分、シュリ・フライハイトと申します。以後お見知りおきを」

シュリと名乗った男は、好青年を絵に描いたような人間だった。歳はヴェーラと同じくらいか、少し下かという程だ。だが好青年すぎて胡散臭いというか、裏がありそうというか────。ヴェーラが疑ってしまうほどに、彼の笑顔は魅力的だった。

「シュリさん、でしたね。僕達に何かご用でしょうか?」

彼もヴェーラと同じく、シュリと名乗った青年にうろんな空気を感じているようだった。今まで黙って聞いていたジルベルトはごく自然な笑みで尋ねる。猜疑心を全く感じさせない声音だ。

聞かれ、シュリは青年らしく快活に笑った。

「失礼ですがお二方、この街に来て日が浅いのではありませんか?」

脈絡のない質問に、ヴェーラは目を瞬いた。適当に答えても良いが、どうすべきか────と思った時、ジルベルトが言った。

「ええ、僕達ミリューの街には来たばかりで、右も左も分からないんです。ですがどうしてお分かりになったんですか?」

ヴェーラが振り向くと、ジルベルトは意味ありげに目を細めた。『僕に任せて』。意志を汲み取り、口を噤む。

「雰囲気見ればわかりますよ。自分、店の勧誘やってるんで何となく、はい」

「そうなんですね……」

朗らかに説明したシュリの裏には、暗いものなど何も無いように見える。が、ジルベルトの警戒は微塵も緩むことは無かった。

嘘などいくらでも吐ける。もしこの男がエクソシストで、自分達が契約者だと分かって声をかけていたら。念には念を、の精神だ。

「そんな方がどうして僕らに?」

「ええとですね」

考えるような間があった。浮かべた表情には初々しさも残っている。かくして、シュリが説明を始めた。

「自分は店の勧誘やってると言いましたが、その店というのが宿なんですよ。この街に来て泊まるところがないとか、しばらくミリューに居るんだけど長期宿泊の場所がないとか、そういう人を受け入れている宿なんです」

一呼吸置き、彼は続けた。

「で、とりあえず来たばかりっぽいお二人に声をかけさせて頂こうかな、と思いまして……はい。長期宿泊の予定とかはありませんかね?」

相槌を打つと、ジルベルトはしばし思案した。そんな弟を見守るが、ヴェーラは何も言わない。

それは秒数にできないほどに短い間だった。

「────そうですね。長期宿泊できればありがたいとは思ってました」

途端、シュリは嬉しそうな笑顔を見せた。溢れる無邪気さにユスティを思い出し、ヴェーラはひとり顔をしかめる。

「そうですか!ではぜひ自分達の宿へ!勧誘で来てくださったお客様には割引があるんですよ。なので、是非!」

ある種の強引さに引きずられた結果、姉弟は宿を見に行くことになった。そこで気に入れば長期宿泊の契約を、気に入らなければ撤退ということである。ジルベルトの決断だった。

道すがら、シュリは至極楽しそうに話した。

「おふたりはどこからいらっしゃったんですか?」「仲が良いですね」「自分には東の方に住む姉がいて……」

客に対する質問から身の上話まで。適度な距離を保ちフレンドリーさを前面に押し出す彼は、非常に話し上手だった。泊まる気がさらさらなかったとしても、ついていきたくなってしまう語り口である。

「────その背中の棒は何なんですか?」

ヴェーラがそう尋ねたのは、シュリがもうすぐ宿だと告げた直後だった。

無口だった人物からの言葉に少し驚いた後、シュリはにこりと微笑んだ。背中側に手を伸ばし、ベルトで留めていた棒を一気に引き抜く。

ふふんと得意げに鼻を鳴らした。

「昔、芸としての棒術を習っていた時期がありまして。もしもお客様が見つからなければ、その辺で芸を披露して人目を集めるつもりでした」

それを聞き、ヴェーラは素直に驚いた。理由はどうあれ、こんな細身の青年が棒を振り回すところなど想像がつかなかったからである。

ヴェーラの褒め言葉を受け、青年は分かりやすく照れた。

「そんなすごくないですよ。でもお姉さんみたいな美人さんに褒めてもらえるなんて、自分今日死ぬかもしれないです」

客達の笑いを誘ってシュリは角を曲がった。大通りを外れた道だが、まだまだ人は多く賑わっている。

この頃にようやく、ヴェーラのシュリに対する不信感は薄らいできた。

屈託のない笑顔、丁寧な物腰、真っ直ぐな明るい眼。どこにでもいる容姿だが、稀有な心を持った青年。

契約者になってエクソシストに狙われる危険が生じたからと言って、神経質が過ぎたかもしれない。毎日こんなに気を張っていたら、エクソシストではなくストレスに殺されるかもしれないな────ヴェーラは思い、ほんの少し気を緩めた。

エクソシスト云々の話がなくてもガードが固く、滅多に胸の内を語らないヴェーラの心を緩ませるなどという偉業を成し遂げたことは知らず、シュリはジルベルトと楽しそうに会話している。ジルベルトもいくらか警戒を解いたようだった。

「この道ですね」

シュリは二度目、角を曲がった。薄い影が石畳を染めている。分かれ道もない、真っ直ぐの一本道だ。

そして。



────その先は無人の行き止まりだった。



この瞬間、ヴェーラは悟った。


本能のままに瞬時に抜剣、行き止まりを前に立つシュリへと切っ先を向けた。だが。

「くそ……っ!」

彼はそこから消えていた。

「────────判断が早いですね、お姉さん」

背後から聞こえてきた、もう聞き馴染んでしまった声。ヴェーラは剣を脇へ下ろした。

もう、急いで振り返ることもしなかった。

前にいた彼が、超人的な身体能力を用いて姉弟の背後に回ったことなど、確認するまでもなくわかった。

ただゆっくりと、緩慢な動きでシュリへと向き直る。

「騙してごめんなさい────契約者のお姉さんとお兄さん」

ヴェーラとジルベルトをわざわざ契約者と呼んだ。それと驚異の身体能力が表す事実はひとつしかない。

「エクソシスト……」

それなりの距離があるのに、逆光の中の彼の笑顔ははっきり見えた。

芸の道具と偽った、その長い一本の棒も。

なぜ見破られた?何がいけなかった?この男の語るどこまでが嘘だった?

疑問と後悔がひたすらに募る。しかし、今は考える時間が無いことなど分かりきっていた。

ジルベルトが奥歯を噛むのが分かる。一言も言葉を発さないが、雰囲気で感情が伝わってくる。

〝ヴェーラ、気をつけて〟

ヴェーラの中の沈黙を破ったのは、驚いたことに悪魔の声だった。

契約した時の余裕ぶった声ではない。一寸の笑みも含まない、慎重で真剣な声だ。

「気遣いには感謝するよ」

〝わかってるだろ?この男は普通じゃない。さっき森で殺したエクソシストなんて比じゃないよ。君に反応させず、君の背後に回れるくらいなんだから〟

途端、シュリは手に持つだけだった棒を、剣を薙ぐように大きく振った。

ヴェーラが剣を構え、ジルベルトが糸を展開させる。

契約者だと割れているのならもう腹を括るしかない。契約者の力を解除し、身体を戦闘態勢へと変えた。眼が赤く染まり、歪な形状の角が現れる。

「────さぁ、準備は良いですか?」

シュリから放たれる強い殺気に、ヴェーラは足を引いて身構える。

今やっと敵意を顕にしたシュリ・フライハイトその人の武器は、彼の背丈ほどもある大きな鎌だった。

好青年として自慢げに掲げていた棒の一端が変形し、長大な曲がった刃が出現していた。鎌という禍々しい武器であるにも関わらず、その刃は乳白色に輝いている。

エクソシスト一人と契約者二人が睨み合うこの路地に、一筋の光が落ちた。


それが開始の合図となった。


「それでは────僭越ながら、自分から!」


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