ハッカーABC
あるところに,凄腕のハッカーであるNさんがいました.彼はX社に勤務していました.彼には,同じX社の別の部署で働く妹,M子さんがいましたが,上司であるKさんの度重なるパワハラ,セクハラを受け,自殺してしまいました.妹を亡くしたNさんはKさんに抗議しましたが,逆に解雇されてしまいました.Nさんは復讐のため,両親とともにX社と裁判を起こしましたが,X社が優秀な弁護士を雇っていたため,敗訴してしまいました.その後,両親は心労により次々と他界してしまいました.
家族を全て亡くしたNさんは,復讐に燃える鬼となりました.彼は持ち前のハッキング技術により,X社にサイバー攻撃を仕掛けることにしました.彼はX社の社内ネットワークを使って,妹を死に追いやったKさんのメールアドレスを突き止めました.その後,Nさんは自分が普段使うメールアドレスと別のメールアドレスから,Kさんのアドレスにメールを送りました.そのメールには文書ファイルが添付されていました.
メールを受信したKさんは,送り主がNさんだと知らずに,その文書ファイルを開きました.そのとたんにパソコンが動かなくなりました.再起動しようとしましたが,パソコンは一向につきません.同様の現象が,彼のいるX社にあるすべてのコンピュータで発生しました.NさんからKさんに送られたメールに添付されたファイルには,なんと,コンピュータウイルスが入っていたのです.そのコンピュータウイルスは社内ネットワークを通じ,X社内のすべてのパソコンに感染し,再起動できなくなるような機能を仕組まれていたのです.
そのX社はパソコンを使った業務ができなくなりました.Kさんは文書ファイルをうっかり開いてコンピュータウイルスを社内に広めた責任を問われ,X社から解雇されました.警察がサイバー攻撃に対する捜査に乗り出しましたが,犯人を特定することはできませんでした.X社は攻撃を受けた社内ネットワークを復旧することができず,業務もできなくなり,とうとう倒産してしまいました.
Nさんは復讐が成功したことを知り,喜びました.味を占めた彼は,X社のようなブラック企業に対し,同じように制裁を加えることにしました.彼は,ハラスメントや過労によって社員が自殺したブラック企業をいくつかネットで突き止め,その企業へサイバー攻撃を仕掛けました.ブラック企業はX社と同じ被害を受け,次々と倒産していきました.このことはテレビでニュースとなり,人々はブラック企業に対しサイバー攻撃を加えるハッカーの存在を知り,「ABC(Anti Black Company)」と呼び始めました.中にはABCと呼ばれるハッカー(以下「ハッカーABC」)を救世主,神としてあがめる者まで存在しました.
警察はサイバー捜査官を使い,ブラック企業連続サイバー攻撃事件の捜査を本格化させました.しかしハッカーABCの正体にたどり着くことはできません.一方ハッカーABCは今まで通りブラック企業を探し出し,サイバー攻撃を続け,倒産させていきました.その結果,ハッカーABCが登場した翌年,会社内でのハラスメントおよび過労による死亡件数は前年より激減しました.ハッカーABCの信者はどんどん増え,警察にハッカーABCに対する捜査をやめさせる声も上がっていました.
しかし,警察はサイバー攻撃という犯罪を見過ごしません.懸命な操作の末,とうとうハッカーABCの正体,Nさんを突き止め,逮捕しました.Nさんが連行される警察署には,Nさん=ハッカーABCのファンが大勢押し寄せましたが,警察官に制止されていました.Nさんは,妹をブラック企業X社のせいで亡くしてから犯行に及ぶまでの顛末を取調室の中で話しました.このことはニュースとなり,日本中に駆け巡りました.
その後,国会で,会社における各種ハラスメントの禁止,および労働基準法にのっとった労働時間の管理の徹底を定めた「ブラック企業取締法」が可決,成立されました.これにより,日本における会社の労働環境は以前よりある程度改善されました.