残された者
「渡してしまって良かったのかねえ」
少女と別れた後も、迷いは腹の奥にぶすぶすと溜まっているようだった。
だが、一度渡してしまったのだ、今から戻って「やっぱり返してくれ」とは言いにくい。なぜ渡してしまったんだろうか、とつい考えてしまうが、こういう気の迷いも含めての運命というやつなんだろう。
「しっかし、なんであんな可愛い女の子に渡してしまうかねえ」
あの本は、教会が見つければ鎖で縛って地下深くに保管されるような代物だ。つまり、禁書に当たる本ということになる。
あの本が禁書扱いを受ける理由は、あれに強力な魔術がかけられているからだ。呪いと言ってもいいかもしれない。その呪いとは、「資質あるものを魔女にする」というものだ。
そんな危険な書物を俺はたまたま知り合った少女に渡してしまった。
もちろん、それが正しい行いとは言えないことは分かっている。だから、今でもこうして悩んでいるのだ。
「はあ、これがグロリアのためというのなら、俺は悪魔にだって魂を売るさ。地獄にだって行ってやる」
考えるのが馬鹿らしくなってきた。本を渡したからと言って、あの女の子が本を開くとは限らない。それに資質が無ければ魔女にはならない。本を渡したからと言って、あのコトという少女の人生が大きく狂うとは限らないではないか。
「二回りくらい年の離れた女の子に言い訳か。恥ずかしい大人になっちまったなあ、俺」
それもこれも、グロリアがいなくなったせいだ。
いや、あいつと知り合った時点で俺の人生はめちゃくちゃだったのかもしれない。
暮れゆく空を見上げる。朱に染まった雲は胸をざわめかせ、いつもは思い出すまいとしている過去を目の前に蘇らせる。
あいつは夕暮れが好きだと言っていた。昼と夜の境目が曖昧になるこの時間では、本当の意味で自由になれるからだと言っていた。今では、俺の心をかき乱すばかりの空だが、あいつがいなくなってからというもの、夕暮れを見上げない日はなかった。
俺が探している魔女の指輪はグロリアのものだ。グロリアは世界のどこかに指輪を隠したのだと言っていた。その場所は教えられていない。「欲しいなら自力で探し当てると良いよ」というのがあいつの答えだ。
だから、俺は指輪を探し続けている。
これは呪いでもあり、ギフトでもある。
俺は指輪を探さずにはいられない。そして、指輪を探し当てるまでは生き続けるつもりだ。あいつは最期に生きる理由を与えてくれたのだ。
「まったく、とんでもない女だよ」
指輪はまだ見つからない。どこにあるのかも、本当にあるのかも分からない。
俺はこの世界のどこかにあると信じて探し続ける。
愛した人の贈り物を。