コトとバーデン
森を歩いていると様々な出会いがある。
近ごろは一人で歩くことが多いけれど、それでも森の草花や動物たちは見るだけで気分が高揚する。
この日も森は出会いにあふれていた。
見たことのない深い青緑色の蝶や見るからに毒々しいキノコを見つけ、今日は良い日になりそうだなと思っていた。
「今日はおもしろいものを見つけられそうだ」
私は石が好きだ。小さい頃は一日中石を見て過ごしていたらしい。今は見るのも好きだけど、探しに行くのはもっと好きだ。大きくなったらもっと遠いところに行って、もっと珍しい石を集めてみたい。
最近はナユタと一緒に魔法を習い始めた。きっと魔法が使えたら、石探しにも役に立つだろう。もしかしたら飛んだりすることもできるかもしれない。
私が石を探しに行くポイントはいくつかあって、その一つが山間の洞窟だ。この洞窟はとても深くて、まだ一番奥までは行けていない。私に行ける範囲でも綺麗な石がいっぱいあるのだから、奥に行けばもっと珍しい石があるはずだ。
「ん?」
洞窟の前に差し掛かったところで、洞窟の前に人影があるのに気がついた。
私の他にも石を探しに来た人がいるのかもしれない。ここの洞窟では青みがかった透明な石が採れる。光が当たると反射してきらきらと光って綺麗だから、私の他にも欲しい人がいてもおかしくはない。
「誰だろう」
私と同じ石が好きな人だったら、友だちになれるかもしれない。でも、怪しい人という可能性もある。こっそりと近づいてみよう。
近づいてわかったのは、その人は男の人で、おじさんだということだった。体つきはがっちりしていて、髭を生やしている。黒い服の上に茶色の作業着を着ていて、なんだか怪しい。もしかしたら恐い人かもしれない。
「ここは立ち去ったほうが良いかも」と思い、後ずさる。
ゆっくり、こっそりとその場を後にする。
そろり、そろりと身体を反転させて来た道を戻る。
「おい、お嬢ちゃん」
振り返ると、おじさんが立っていた。
心臓が止まりそうになりながらも、「逃げないと」と、ほとんど反射的に私は走り出した。
「危ない!」
慌てて足を踏み出したせいか、思いっきり石に足を取られた。
殺される!
宙を舞った瞬間、私は人生の終わりを悟った。
思わず目を閉じる。あの怪しいおじさんに口封じのために抹殺されるんじゃないかと、恐怖が襲ってきた。
だが、身体に痛みはなかった。
目を開ける。すると、目の前にはおじさんの顔があった。
「ひゃっ」
思わず身体を反らした後、おじさんが転んだ私を支えてくれたのだと分かった。
「そんなに恐いかな、俺」
おじさんは私を見て苦笑している。どうやら悪い人ではないのかもしれない。
「おじさんは何者ですか」
「おじさんの名前はバーデン。珍しいものを探して旅しているんだ。いわゆる、トレジャーハンターってやつだな」
言われてみれば、おじさんの格好は本で読んだ探検家の服装と似ている。筋肉質な身体も探検をするために必要なのだろう。
「コトといいます。この近くの村に住んでいます。ところで珍しいものって何ですか」
「そうだな、例えば消滅した王族が遺した財宝や金の鉱脈、金になる物ならなんでも探すんだ」
「石も?」
「もちろん宝石お探すさ。中にはたった一つで城が建つほど価値がある物もあるくらいだ」
石一つで城が建つなんて。あまりの規模の大きさにいまいち実感がわかない。世の中には私よりも石が好きなお金持ちがいて、綺麗で珍しい石のためならどれだけでもお金を積めるのかもしれない。
「石が好きなのか?」
「うん、好き。石を見るのも探すのも好きだから、将来は石を探しに旅に出ようと思っているの」
「そいつはいいな。俺たちトレジャーハンターは同業者を歓迎する。特にお嬢ちゃんみたいに若い子なら尚更だ」
その言葉は少し意外に感じた。トレジャーハンターの人たちはお金になるものを探しているのだから、同業者が増えれば増えるほど競争が激しくなってしまうだろうし、お宝にありつけない人も増えてしまう気がする。
「同業者は少ないほうが良いんじゃないの? 」
「確かに、同業者が減れば財宝を独り占めできるって考えるやつもいるだろうな。でもそれは昔の話で、今は安全に財宝を探すことを優先している。遺跡や秘境には危険が多い。より多くのハンターを募って死の危険を減らし、誰もが一定の収入を確保することで、長く財宝探しを続けられるってわけだ」
「なるほど」
「まあ、一口にトレジャーハンターといっても色々だけどな」
もしかしたら、トレジャーハンターの中にはたくさんのお金を稼ぐために財宝を探している人もいれば、財宝を探すこと自体に魅了されている人もいるのかもしれない。私は大好きな石を探したいだけだから、後者なのかな。
「おじさんは何のためにトレジャーハンターをしてるの」
「俺はある指輪を探しているんだ。それはある魔女が使っていた魔具で、どこかに隠されているらしい」
「その指輪を見つけてどうするの」
「あー、どうするんだろうな。見つけてみないと分からないな。でも、大切なものなんだ。必ず俺が見つけてやらないといけない」
おじさんの目は穏やかなままだったけど、指輪のことを話すおじさんからは確固たる意思を感じた。
指輪がおじさんにとってどんな存在なのかは分からないけど、すごく大切な、自分の人生を賭けるだけのものなんだろう。
「ところで、お嬢ちゃんもこの洞窟に入るところだったのかい?」
忘れてた。今日は洞窟に石を探しに来たんだった。
「一緒に探しませんか、綺麗な石がありますよ」
「それは願ったり叶ったりだね。君はこの洞窟に詳しそうだ、案内を頼めるかな」
「途中まででいいなら」
私とおじさんは一緒に洞窟に入ることになった。
この洞窟に誰かと入るのは初めてだ。ナユタとは森を探索することはあっても、一緒に石を探すことはあまりない。
石のことになると私が熱中しすぎてしまうから、ナユタを巻き込むのが申し訳ないように思えるからだ。
その点、このおじさんはトレジャーハンターだけあって、狙っている物は違っても何か分かり合えそうだ。
その予想は当たり、私とおじさんは石探しに夢中になった。
普段は浅いところの石を探して帰るところだけど、今日はおじさんという頼もしい助っ人がいる分、深いところまで潜れた。
「コト、こっちに紫色の石があるぞ!ぼんやりとだが光ってる!」
「おじさん、こっちにも蒼い石があるよ!周りは透明だけど、真ん中にいくほど濃ゆくなってる!」
「おい、もう少し奥の天井は真っ白な岩肌になってるぞ!早く行こう!」
私とおじさんは早くも意気投合し、石や岩を追って深くへと潜り続けた。
まさか、誰かと石を探すことがこんなにも楽しいだなんて。やっぱり、好みが分かち合えるからかな。全然気を使わなくていいから、すごく自然体でいられる。こんなこと、ナユタと遊んでいるとき以外は無かったな。
私はこの趣味が他人から見たら、いくらか変わった嗜好だとういうことは分かっているつもりだ。小さい頃は石をずっと眺めていたらしいが、親は心配していたらしい。暗くておかしげな子どもだと思ったのだろうか。
でも、その心配が私とナユタを引き合わせる要因になったのだから、結果的に良かった気もする。
今までは、ナユタと遊ぶのが一番楽しかったけど、おじさんみたいに好みを理解し合える人に出会えたら幸せなんだろうなと思う。
どこかにそんな変わった人は居るのだろうか。石を探し続けていたら、そんな人も見つかるといいな。
「コト、そろそろ出ないと外が暗くなるぞ。子どもは明るいうちに帰らないと怒られるだろ?」
「えっ、もうそんな時間なの。石探ししてるとあっという間だなー」
今日はいつも以上に時間が過ぎるのが早かった気がする。いつもは危なくないようにセーブしていたところを、おじさんがいることで気にしなくてよかったからだろうか。
「じゃ、帰るか」
「うん」
私とバーデンおじさんは袋に石をいっぱい詰めて、洞窟を出た。おじさんとの別れは少し寂しかったけど、おじさんは「また会えるさ」と言い残して去っていった。
次の日の同じ時間にも私は洞窟に足を運んだ。
洞窟の前に人影があるのを見つけ、私は走り出す。
「よお」
おじさんは当然のように、洞窟の前でリスに木の実を食べさせていた。
「こんにちは。今日も来てたの?」
「おじさんは暇だからな。それに昨日、「また会えるさ」って言ったろ?」
確かにおじさんは昨日そう言っていたけど、まさかこんなにすぐに再開できるなんて思ってなかった。
私はてっきり、「また会えるさ」というのは、「近いうちに会いましょう」という約束というより、「また会えると良いですね」という願望みたいなものだと思っていた。
でも、よくよく考えれば、私が今日ここに来たのはおじさんと会えることを期待したからだ。なんとなく会える気がして、気がつけば昨日と同じ時間に洞窟まで歩いていた。
「また、石集めに行く?」
「いいよ。行こうか」
その日、私とバーデンおじさんは洞窟で石を探し回った。昨日と同じことをやっているだけなのだが、それでも昨日同様、時が経つのが早く感じた。
「おじさんは石を探すの好き?」
「ああ、好きだよ」
「でも、指輪は探さなくていいの?」
「うーん、探さないといけないんだけど、今は急いでるわけでもないからなあ」
どうやら、指輪はおじさんにとって大切なものではあるけど、すぐに見つけないといけないものでもないみたいだ。
「なんとか俺が生きている内に見つけられたら、それで良いってとこかな。今はゆっくりと魔女の手がかりを探しているところだ」
「その魔女ってどんな人だったんだろう。魔女っていうくらいだから、魔法が上手だったのかな」
「どうだったんだろうな。魔女って怖いイメージだけど、意外と優しい人だったかもよ」
「私、魔法を習っているんだけど、優しい魔法使いになりたいなあ」
魔法を習っていてわかったことは、魔法はすごく大きな力を持っているということだ。きっと悪いことに使おうと思えば、どれだけでも悪いことができるだろう。
でも、私が初めて魔法に触れたとき、すごくわくわくした。私にあんなに素晴らしい世界を見せてくれた魔法を、悪いことに使いたくはない。
「コトは魔法で何かしたいことはある?」
「私は魔法で守りたい人がいるの。その大切な人を守るために、もっと魔法が上手になりたい」
「なるほどな。その守ってもらえるやつは幸せだな。こんなに可愛いお嬢さんが強かったら、それは無敵だろ」
「そんなことないって」
あんまり、面と向かって可愛いとか言われることがないから、少し照れる。ナユタももう少しそういうことを言ってくれてもいいのにな。
「でも、なんで守ってもらうんじゃなくて、守りたいって思うんだ?」
「守ってもらうのがダメってわけでも、嫌ってわけでもないんだけど、なんとなく守ってあげたくなるっていうか」
いつも私の手を引いてくれるのはナユタだ。今でも私は守ってもらう方の立場だし、森で動物に出くわしたときはいつもナユタが私を守ってくれる。なんで守ってあげたいって思ったんだろう。
「本当になんとなくで、なんとなくだからあんまり言いたくもないんだけど、いつか私がナユタを守ってあげたくなるときが来る気がする。そうなったときに、守る力がないと絶対に後悔するから、魔法ができるようになりたいって思う、のかな?」
「そういう時が来ないのが一番いいんだろうけどな」
「そうだね」
本当にそうだ。今のままが良い。
今のようにナユタと山を駆け回っているのが一番幸せだ。
大切だから。大切だから、守らないといけない。
守る力が欲しい。ナユタを守る力を。
「もしも本当にまずい状況になったら、コトは自分と引き換えでもそいつを守るか」
「例え命を引き換えでも守るよ。私だけが生き続けるなんて想像できないから」
バーデンは私の言葉を聴きながら、しばらく顎ひげを触っていた。顎から手を離すと、リュックサックをごそごそと漁り始めた。
リュックから取り出したのは一冊の本だった。
「こいつをコトにやる。本当にどうしようもない状況に出くわしたら開くといい。それまでは絶対に開けるな」
本は赤のがっちりとした装丁がされている。端々には擦れたあとがあり、バーデンが長い間持ち歩いていたことが窺える。
「いいか。その本の内容については聞くな。追い詰められて、開いたときになって初めてその本の意味が分かる。だから、それまでは決して開いてはいけないし、誰かの手に渡してもいけない。俺からこの本を貰ったことは秘密だ。いいか」
バーデンが恐ろしい顔で言うものだから、「わかった」と言うしかなかった。もしかしたら、この本はものすごい何かが隠されているのかもしれない。
「じゃあな。元気でな」
バーデンはグッと白い歯を見せて笑い、去っていった。
一人残された私は、ぽつりと「また会えるかな」とつぶやいた。