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虚栄者

「村長、良かったのですか。街から学者など招いて」


 副村長は半ば私を避難するように、不満を漏らした。


「仕方なかろう。大学側から正式に申し出があったのだ、断るわけにもいかん」


「しかし、よりにもよってあのような小娘を招き入れるなんて。いくら大学からの申し出とはいえ、素性の知れぬ者を入れるのは反対です」


 副村長はいつもこうだ。私のなすことに対して煩く言わずにはいられないのだ。いつもはぱんぱんに肉の詰まった丸顔に不自然な笑みを張り付けているくせに、村の方針のこととなると、見るからに不機嫌そうな顔で文句を言う。本人は普段の怪しげな笑顔で取り繕っているつもりなのだろうが、どう考えてもこっちの顔が本性だろう。

 とはいえ、健全な村の運営のためにはこういう側近が必要と思い、副村長にしている。


「わが村に大学や街に意見できるような強い発言権はないのは知っているだろう。それに、彼女には村のことには関わらないように言ってある。もしも余計なことをしたら、村から出て行ってもらうともな」


「ふむ、それならば」


 副村長は不服ながらも、一応は引き下がったようだ。眉間にしわを寄せ、口を曲げた顔を見れば、まだ言い足りないのは一目瞭然ではあるが。


「山の方はどうだ、私が行ったときは落ち着いていたが」


「昼間は静かなのですが、夜になると随分と荒れているようです」


「そうか。早く収まると良いが」


 近頃は山の様子がいつになく騒がしいようだった。どうやら竜と獣が暴れているらしい。山の獣からすれば、竜は侵略者だ。住処を奪われないためにも必死なのだろう。


「村に被害が出ることはないでしょうか」


「一応、避難経路は想定してあるが、実際に襲って来られたらひとたまりもないだろうな」


 本当は二重三重の対策を講じなければならないのは分かっている。

しかし、この小さな村でできることは逃げることくらいだ。大きな街であれば、魔術師を使って撃退することも可能だろうが、わが村に魔法を使える者などいない。

 今回、ナツメという研究者を受け入れたのも、魔法を使える者が一人でもいれば逃げる時の時間稼ぎくらいはできるだろうと考えたからだ。

 彼女がどれほどの魔術師なのかは知らないが、いないよりはましだろう。


「今のうちに逃げておいた方が良いのではないですか」


「逃げると言っても、逃げる場所がないだろう。少々離れたところに移り住んでも、竜にしてみれば大した距離ではない。どちらにせよ、竜の手からは逃れられんのよ」


 副村長の額からは汗が垂れ、顔は青ざめている。その気になれば、今にでも村から逃げ出しそうである。


「どれ、少し山を見に行ってみるか」


「なんということを! 村長が死んでしまっては、私はどうしていきましょうか」


「何を言っておる。お前も行くに決まっているだろう」


「なんと!」


 嫌がる副村長を引きずって、私は山の麓へと出かけた。

 確かに、山はいつもより騒がしいようだった。普段の夜の静寂とは違い、獣の鳴き声が山のあちらこちらから鳴り響いている。


「子どもが来たら泣いてしまいそうな光景だな」


「村長、早く帰りましょう」


 副村長は私の袖をがっしりと掴みぷるぷると震えている。掴まれた袖には手汗がにじんでじっとりとしている。


「ほれ、行くぞ」


 私も竜は恐ろしくてならないが、如何せん村長という立場がある。何もせずして村の住民に袋叩きにされる方が余程恐ろしい。

 山を歩き進めると、開けたところに出る。一応、この辺りまで見回れば文句は言われないだろう。


 「村長、そろそろ限界です。早く帰りましょう」


 そのうち副村長が泡を吹いて倒れてしまいそうだ。もう良いだろう。


 「そろそろ帰るか」


 そう言った時だった。

 どこからともなく風を切る音が聞こえ、横から突風が吹きつけた。


「なんだ」


 反射的に空を見上げる。すると、そこには巨大な鳥とそれを追う竜の姿が見えた。


「竜だ、逃げろ」


 震えて動けないでいる副村長の顔を叩く。


「ほら、行くぞ」


 はっ、と正気に戻った副村長は血相を欠いて逃げ始める。ぶるぶると顎の肉を揺らしながら決死の表情で走っている。

 だが、私も副村長の顔を見て笑う余裕などなかった。なにせ、初めて竜を見たのだ。恐ろしさでどうにかなってしまいそうだった。

 私たちは先を争って山を駆け降りた。傍から見れば、見苦しいことこの上ない光景だが、人間というものは窮地に陥れば外聞など気にしなくなるというものだろう。私たちは村に戻ってきたときには、それは酷い顔をしていた。


「良かった、助かった」


 副村長を見ると、ぜえぜえと息をしながら道にへたりこんでいる。


「こんなところを誰かに見られたら、笑いものにされる。早く家に戻るぞ」


 我々は急いで自宅へと戻ることにした。自宅に籠らなければ、とても落ち着けるような状態ではなかった。その夜は、眠れない身体を布団に包み、一刻も早く恐怖から逃れようとした。

 この日の出来事は私たちに竜への恐怖心を植え付けた。あれだけ大きな竜が村へ攻めこんできたら終わりだ。家は焼き払われ、村人は一人残らず殺されてしまうだろう。

 竜が近くで暴れていると噂が流れるたびに、私は怯えた。どうか、この村には来ないでくれ。来たらそこで終わりだ。

 ある日、私と副村長がいつものように話し合いをしていた時のことだった。

 家の扉を叩く音がして、初めは村の誰かが来たのかと思った。

 しかし、私の前に現れたのは一人の少年であった。

 その少年が、竜に怯える日々を変えることとなる。


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