選ばれし者
俺たちは竜と戦うための作戦を練るため、櫓に登っていた。竜の襲来を確認するために、できるだけ高い場所が良いということで、櫓で話し合うことになった。
「では、基本方針を確認するが、竜は倒すのではなく、ある程度のダメージを与えて時間稼ぎをするということでいいのか?」
「はい。できれば竜を倒すのが一番良いんでしょうが、この戦力ではそれも難しいでしょう。そのため、村の人たちが竜から逃げ切れるまで時間を稼ぐというのが、適切だと思います」
時間を稼ぐことも、どれだけできるか分からない。俺たちにできることは、魔法によって竜をここで食い止めることだけだ。
「私もそれでいいと思う。竜がどれだけの戦力で来るのか分からないけど、たとえ一体だけでも強力なのは変わらないし」
「竜はあまり集団で行動することを好まない。多く来たとしても、五体までだろう。ただ、赤竜が倒されたことは竜たちにとって非常事態なはずだ。巨大戦力で一気に村を焼き払いに来るかもしれない」
仮にあの赤竜が五体来たとしたら、相当厳しい戦いになるだろう。一人で二体以上と戦うのは難しい。そうなったら、いよいよ逃げることをメインに考えなければいけなくなる。
「戦術は時間稼ぎを目的とする以上、ヒットアンドアウェイでいくのが良いと思う。とにかく、こちら側の損傷を少なくすることが大切だ」
「状況が悪くなったら、各自の判断で逃げましょう。とにかく、生きてこの危機を乗り越えることが最優先です」
作戦の打ち合わせが終わり、俺は櫓から降りた。これから竜が来るまでの間、どう戦うのかを一人で歩きながら考えたかったのだ。
「ナユタ君」
櫓から出たところで、後ろから呼び止められる。
「ナツメ先生、どうしました」
「戦いのことで相談があるんだが、いいか?」
「はい。なんでしょう」
ナツメ先生は、「あくまで仮の話だが」と前置きして話始める。
「君にやって欲しいことがあるんだ」
「やってほしいこと?」
この状況で、俺にだけできることは何があるのだろうか。
「これから君には山に向かってもらいたい」
「山? なんのために」
「山の中腹に谷があるのは知っているだろう。君にはそこに向かってもらいたい」
それは予想外の申し出だった。谷に行って何があるというのだろうか。
「ちょっと待ってください。竜が押し寄せてきているときに、俺だけ山に逃げるなんてできません」
「そうじゃない。これは君にしかできないことだ」
先生が俺の肩をつかんで、じっと俺の目を見る。
「いいか、谷には魔獣がいる。ナユタ君にはその魔獣を味方にしてもらいたい。もし魔獣を味方にすることができれば、形勢は逆転するかもしれない。そして、それは君にしかできないんだ。ナユタ君」
魔獣? 味方にする? そんなことができるのだろうか。俺にそんな力があるのだろうか。
「どうして俺なんですか」
「いつか君にあげた魔水晶を見てごらん。白く濁っているだろう。それは王であることを示す色だ。まだ完全には色づいていないけどね。その資質があれば、魔獣を味方にすることができるはずだ」
確かに、俺の魔水晶は以前から白く濁り始めていた。今も最初の透明な頃と比べると、随分と白くなっている。
「でも、確証が持てません」
「あとは私の教師としての勘だ。大丈夫、きっとできる。それとも、教師としての私を疑うかい?」
先生の目はまっすぐと俺を捉えている。まったく迷いのない、自分を信じている目だ。
「先生はずるいですね」
疑うことなど、できるはずがない。俺にとっての唯一の先生が自信をもって言っていることを疑うなんて、少なくとも今の俺にはできない。
「そうだね、大人はずるいんだよ。覚えておくと良い」
先生はこんな時でも快活に笑う。本当にこの状況が分かっているのだろうか。
「でも、先生とコトはどうするんです。竜の戦力が大きいのに俺がいなくなったら厳しいのでは」
「なんとかするさ。それに、コト君は強いよ?」
コトはあの赤竜を倒した。俺はその場を見たわけではないため、にわかに信じられないが、倒したという事実がある以上、信じるしかない。
「まだコト君は君にあの力のことを話せていないんだろう。でも、きっと話す時が来るはずだ。できるなら、その時まで待ってあげて欲しい」
「待ちますよ。コトが言おうと思えるまで待ちます。俺にできるのはそれくらいしかありませんから」
「そうか」と、先生は目を細めて微笑んだ。先生のこういう表情を見ると、いつかは先生のために何かしてあげたいという思いが湧き上がってくる。今は力になれなくても、それだけの力を持った時には必ず力になってあげたい。
「ナユタ君、頼んだよ」
「先生、必ず生き延びましょう」
陽が傾き、もうすぐ夜がやってくる。竜が現れるのも迫っていた。




