魔法教師
俺は生贄の宣告を受けてからは、できる限り平静を保って生活しようとした。
両親が死んでからも、木こりの仕事は続けていたし、それは命に期限が付いても変わることはなかった。変わりゆく世界で俺は変わらずにいよう、これ以上大切なものを失いたくはない、そんな願いのような絶望を抱いていた。
「君は何のために魔法を使いたいんだい?」
ナツメ先生に問われたとき、俺はすぐには答えを出せなかった。
以前ならば、仕事を楽にしたいからとか、遠くに行ったときに役に立つからとか、それらしい答えを言えただろう。でも、今はどんな答えも出せない。
楽しくない毎日に魔法は必要か?
魔法は死んだ人を生き返らせてはくれない。命の期限を延ばすこともできない。
魔法は毎日を楽しくしてくれない。俺の毎日は、いつまでも闇の中だ。
そんな俺を見て、ナツメ先生は話を始めた。
「私には竜に殺された友人がいてね、私は彼女の死がきっかけで竜の研究を始めたんだ。因果なものだろう? 友人を殺したものを研究して生活しているんだからね。私は彼女が死んだときも何も出来なかった。今もそうだ」
ナツメ先生は自嘲気味に笑いながら、髪をかき上げた。ふうっと、息をついて話を続ける。
「私は村長に、村のことには関わるなと釘を刺されている。昨日も呼び出されてきつく言われたよ。生贄のことには関わるなってさ。私に何ができるんだろうね。君はどう思う? 」
ナツメ先生が俺のために動こうとしているのは知っていた。動こうにも動けないということも。
「いいんですよ、先生。俺の問題なんですから」
「本当にそう思っているのかい?」
そうではないことは分かっていた。俺が死んでしまえば、コトが悲しむだろう。それに、これは村の問題でもある。村の人たちを竜から守るために、俺は生贄になるのだ。俺は村のために命を捧げると言っていいだろう。
「俺にも先生にもどうにもできないんですよ。受け入れた方が良いと思います」
先生はじっと、俺の目を見ていた。恐いほどにじっと、目を見つめ、何事かを考えているようだった。
「たしかに、君が言う通り、私には何もできない。でも、私には魔法を教えることができる。そうだろう?」
「そうですけど、魔法を憶えてどうするんですか。竜を倒せとでも?」
「その通りだよ。魔法で竜を倒してしまえば生贄にならずに済む。今はその気にならなくても、いつか倒したくなる時が来るかもしれない。その時のために、魔法を教えようじゃないは」
先生はどことなく楽しそうにも見えた。それほどまでに俺を助けたいと思えるのはなぜだろう。生贄の儀式が終われば、何事もなかったかのように街へと引き上げればいいだろうに。
「ナユタ君、これから毎日少しの時間でもいいから、私のもとへ来るといい。何か飲み物くらいは出すさ」
「はあ」
その場の勢いで、俺は戦うための魔法を教えてもらうことになった。あまり乗り気ではなかったが、断ると先生が家まで押しかけて来そうだったため、承諾するしかなかった。
それに、ナツメ先生の優しさが少しは嬉しかったのかもしれない。




