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第八話 第二回ワシントン会談

 1942年(昭和十七年)5月初頭、英国と米国はマダガスカルでの大敗の影響と今後の方針を検討するため急遽ワシントンで首脳会談を持った。世に言う第二回ワシントン会談である。


 英国挙国一致内閣の首相ウィンストン・チャーチルは、大型飛行艇に乗り密かにワシントンを訪れていた。彼を迎えた米国大統領フランクリン・ルーズベルトは会談前日に自ら運転する車でハイドパークの生家に招待するなどして、チャーチルを温かく歓待した。普段は車椅子のルーズベルトがそこまでホスピタリティを見せねばならないほど、チャーチルは傍目にも酷く憔悴して見えたのである。


「今回は随分と酷くやられたものだね。南米諸国やソ連あたりが聞けば、沈めるくらいなら自分らに売ってくれと言うだろうな」


「茶化すのはそのくらいにしてもらおうか。今回の件で真珠湾の時の君らの気持ちが多少は理解できたつもりだ。まぁ君らの受けた衝撃は私の数分の一も無かっただろうがな」


 言外に米国は日本の真珠湾攻撃を事前に知っていただろうと皮肉を返すくらいの元気はチャーチルにも有った。だが実際は空元気に近い。皮肉でも言わなければ絶望と諦観に押しつぶされてしまう程に彼は追い詰められていた。それ程にマダガスカルの敗北は英国に甚大な影響を与えていたのである。


 英国はインド、オーストラリア方面から物資・兵員の調達を出来なくなった、逆にインドは遊兵と化し、通商路の閉ざされたオーストラリア・ニュージーランドでは単独停戦すら議論されている。喜望峰回りの補給路が閉ざされたため北アフリカの英軍は危機に立たされている。英国本土への輸送船団護衛を優先するため地中海艦隊から多くの艦船を引き抜かざるを得なかった結果、マルタ島は絶望的な状況となっている。英国市民にとっては紅茶の供給が途絶えたことも非常に大きな問題となっていた。


 打ち続く敗報に英国ではチャーチルの責任を追及し不信任決議を行う議論が公になされる様になっていた。今の所は戦時中であり枢軸国に勝利するためには退陣はありえないと突っぱねてはいるものの、今後戦況が更に悪化すれば枢軸国との停戦を見据えた退陣要求が強まる事は目に見えていた。このためにも英国は分かりやすい勝利と米国からの強力な支援を必要としていた。


「いやいや、私もあの時は気を失う程の衝撃をうけたよ。本当だ。だが落ち込んでばかりはいられない。枢軸国とこれからどうやって戦っていくか考えねばならない。スターリンからも急かされているからね」


「もちろん英国はこれからも枢軸国と戦う。そのためにも、これまで以上の米国の支援が不可欠だ。特にインド洋の制海権を奪還するために米国は太平洋方面にもっと日本軍を引き付けてもらいたい」


「だんだんスターリンと同じ様な事を言うようになってきたね。彼もドイツの圧力を減らすため欧州に第二戦線の構築をしきりに希望していたな。まぁ追い詰められているという状況は変わらないから気持ちが分からん訳ではないがね。だが米国の力は無限では無いんだよ。欧州優先の基本戦略は前回確認した通りだ。太平洋方面については残念ながら当分は忍耐を持って臨む必要がある。もちろん何もしない訳じゃない。オーストラリア方面への補給に関しては出来る限りの努力するがね。キング君、説明してくれ」


 ルーズベルトは心底申し訳無いという表情で太平洋方面の積極攻勢を断ると、アーネスト・キング海軍大将を呼んだ。彼は合衆国艦隊司令長官であり海軍作戦部長でもある。彼の上には大統領しかいない。米国海軍の事実上の最高責任者であった。


「現在、太平洋方面は日本軍の潜水艦の活動が激しく積極的な攻勢が取れません。彼らは特殊な高速魚雷を使用しており大西洋で有効な対潜手法のほとんどが効果がありません」


「それは知っている。英国は身をもってその脅威を味わった所だ」


「困難に直面しているのは英国だけではありません。今この瞬間にもオーストラリアを救援するために米国の青年達ボーイズが命を失っている事を忘れずに頂きたい」


 キングはチャーチルに冷たく言い放った。英国だけが苦労している訳ではない。その英国を助けるために、どれだけ米国が代償を払っているかをこの男は理解しているのか?キングは日本が大嫌いであったが、それと同じくらい英国も嫌いであった。米国が英国に物資だけでなく人的面でも大きな援助を行っている事をキングは良く思っていない。英国人では唯一気が合いそうだったジェームズ・サマヴィル大将は先月マダガスカルで戦死している。彼の英国に対する評価は低いままだった。


 キングの辛辣な言葉を受けたチャーチルは米国人の様に肩を竦めただけだった。日頃のチャーチルであれば気の利いた返しの一つも出来たであろうが、今はそれが精一杯であるらしい。


「英国救援は既定事項だ。キング君、方針を説明したまえ」


 ルーズベルトが窘めた。今回の会談はあくまで非公式で私的なものである。ホストに恥をかかせるつもりかとルーズベルトはキングを睨みつけた。気まずい空気のままキングは米海軍の方針を説明した。


「現状、日本の潜水艦に有効なのは航空機での哨戒と制圧のみです。しかし小型の艦載機では夜間の活動が出来ません。このため輸送船団や艦隊に空母を随伴させても夜間の損害は防げない状況となっています。現状、夜間でも有効な手段はサーチライトやレーダー等を搭載した大型機による哨戒のみです。これにより沿岸部や港湾周辺は今の所ある程度の安全は確保されていますが、輸送船団や艦隊への大型機随伴は航続距離の限界もあり難しい状況です」


 現在、米軍は夜間でも潜水艦の被害をある程度抑える事に成功していた。航空機同士または艦艇と航空機でチームを組み、潜水艦を駆り立てるハンター・キラー作戦である。艦載または機載レーダーで浮上中の潜水艦または潜望鏡を発見すると、強力なサーチライトを搭載した航空機が現場に向かい潜水艦を視認、爆雷を投下する戦法であった。攻撃に艦船を向かわせず航空機で攻撃する事が作戦の骨子である。ただしサーチライトやレーダーが搭載できる航空機は双発以上の陸上機や飛行艇に限られるため、今の所この作戦は沿岸部でしか行うことが出来なかった。


「東京を空襲した時のやり方があるだろう」


 チャーチルがキングの説明を遮った。どうしてこの男は黙って人の話を聞けないんだ?だから英国人は大嫌いなんだ。キングは内心で悪態をついた。だがたった今大統領に窘められたばかりである。キングはイラつきを抑えながら説明した。


「あれは艦隊への帰還を考慮しない一方通行の作戦だから出来た事です。そもそも陸上爆撃機は空母に着艦などできません。それに正規空母の飛行甲板ですら双発爆撃機の離陸にはギリギリの距離です。あの時は機銃まで降ろして軽くしたからなんとか離陸できたのです。簡単に出来るなどと考えないで頂きたい」


 再び肩を竦めたチャーチルを睨むとキングは説明を続ける。


「実は艦隊や船団に飛行艇を随伴させる方法があります。飛行艇母艦です」


「飛行艇母艦?」


「はい。その名の通り飛行艇を搭載する艦です。PBYカタリナや無理をすれば貴国のサンダーランドすらも搭載する事が可能です。流石にあなたが乗って来られた大型の飛行艇(B314クリッパー)は無理ですが」


 飛行艇母艦とは、その名の通り飛行艇を搭載できる艦種である。日本でいえば秋津洲あきつしまがそれにあたる。但し厳密な意味では秋津洲は飛行艇母艦ではない。この艦はあくまで泊地で飛行艇を艦上に引き上げて整備を行う事が出来るだけであり、飛行艇を搭載したまま外洋を航行する事はできない。どちらかと言えば明石のような工作艦に近い性格の艦である。


 キングの言う飛行艇母艦は秋津洲と異なり実際に飛行艇を収容し航行できる艦種である。そして米軍はすでにその様な艦を持っていた。AV-4 カーティスとAV-5 アルベマールである。この2艦はPBYカタリナ飛行艇を2機搭載して船団に随伴する事が可能であった。


「飛行艇母艦であれば飛行艇を船団に随伴させる事が可能です。我が国は2隻の飛行艇母艦を有しており既にハワイへの輸送船団護衛に投入して効果をあげております。現在更に4隻の飛行艇母艦が建造中です」


「それでは全然足らんだろう」


「もちろんその通りです。そのため輸送船団護衛用に今後建造する護衛空母の半数を設計変更して飛行艇母艦とします。早ければ今年の冬から順次就役できる見込みです。年末からはオーストラリア方面への輸送船団も再び編成出来る様になるでしょう」


 チャーチルは満足そうにうなずいた。米軍はカーティス級に続いてカリタック級飛行艇母艦4隻を建造中であった。だがこれらは非常に贅沢な設備の艦であり米国でも建造に時間がかかる難点があった。輸送船団護衛用の飛行艇母艦は数を揃える事が急務である。そこで米軍は現在建造中のサンガモン級護衛空母4隻を設計変更し飛行艇母艦とする事を決定した。また今後建造されるボーグ級、カサブランカ級についても、その半数が飛行艇母艦とされる事も決定している。


「また艦隊随伴可能な飛行艇母艦も建造します。こちらは現在建造中の正規空母の半数を設計変更して対応します。艦隊として数が揃うのは来年後半になる見込みのため太平洋方面で攻勢に出れるのは1944年以降となります」


 護衛空母は足が遅いため艦隊に随伴する事ができない。このため現在建造中のエセックス級空母を設計変更し艦隊用の飛行艇母艦に充てる事となった。工事の進んでいる1番艦エセックスを除き、少なくともその後の8隻は全て飛行艇母艦に変更して建造される予定となっている。これらは新たな艦種となるため、従来の低速な飛行艇母艦をAV(Seaplane Tender)からAVE(Escort Seaplane Tender)に艦種変更し、艦隊型の飛行艇母艦の艦種を新たにAV(Fleet Seaplane Tender)として分類する事になった。


 こうして史上最多の量産型正規空母として誕生するはずだったエセックス級は、2番艦以降が飛行艇母艦イントレピッド級として就役する事となった。エセックス級正規空母として次に完成する艦は1944年のアンティータム就役まで待つことになる。尚、インディペンデンス級は元々が空母として無理があったため最初から全て軽飛行艇母艦に変更される事となった。


挿絵(By みてみん)


 キングの説明が終わったタイミングを見計らい補佐官が部屋に入ってきた。そしてルーズベルトに何かを耳打ちした。


「残念な報告がある。リビアのトブルクが陥落したそうだ」


 ルーズベルトは大きな溜息をつくと沈痛の面持ちでチャーチルに伝えた。捕虜となった兵士は2万5千名にも上るらしい。それを聞いたチャーチルはショックを受けた様子だった。だがその敗報はある程度予想されていた事でもあった。


 マダガスカルの敗北で喜望峰回りの補給が途絶えて以来、北アフリカの連合国軍に対して兵力追加どころかまともな補給すら出来ていない。それに対して枢軸国側は英艦隊の勢力低下により、ほぼ妨害を受けずに北アフリカへ補給を行う事が出来る様になっていた。トブルクの陥落は必然であった。


「覚悟はしていた事だがね、旅先で聞く羽目になるとは思わなかった。あの敗北以来、我々の地中海艦隊と中東方面軍は急速に弱体化してしまった。いくら貴国からシャーマン戦車を貰っても兵士たちに送り届ける事が出来ない。逆に敵の方は急速に力を付けてきている。このままではアレキサンドリアも再び危機に陥るだろう。マルタが落ちるのも時間の問題だ。日和見のフランコも考えを変える可能性が高い。早急に対策を打たなければ遠からず地中海はファシスト共のバスタブとなってしまう」


挿絵(By みてみん)


 北アフリカが完全に枢軸側の手に渡れば、これまで枢軸寄りの中立を保っていたスペインも態度を決めると思われた。ジブラルタル要塞は背後のスペインから攻められると弱い。アレキサンドリアが落ち、ジブラルタルとスエズを失うという事は地中海が完全に枢軸側の海になる事を意味した。


「あぁ、そして中東の油田地帯も枢軸側の物となるだろうね。スターリンも南方戦線を抑えきれまい。地中海からインド洋にかけて安泰となれば日本とドイツ・イタリアの連携を遮るものは何も無くなってしまう。万が一、日本の魚雷技術がドイツに渡れば、あるいはドイツの様々な技術が日本に渡れば大変な事になる。今、北アフリカを失うのは非常に不味い」


 危惧する所はルーズベルトも同じであった。こうして北アフリカを救援する作戦を急ぎ実施する事が決定された。


 「トーチ作戦」と名付けられた侵攻作戦はヴィシー・フランス領モロッコへの上陸が中心となる。モロッコ側に戦線を構築する事でリビア、エジプト方面の圧力を弱め北アフリカと地中海の戦況を安定させる事が目的であった。当初は同じくヴィシー・フランス領であるアルジェリアへの同時上陸作戦も検討されたが、地中海の制海権やスペインの動向が怪しいためモロッコのみを目標とする事に作戦が変更されている。作戦決行は7月初頭とされた。反英感情の強い地域であるため、住民感情を考慮し上陸軍の主力は米軍が担当する。


 モロッコを足掛かりに北アフリカを制圧し地中海の制海権を奪取した後は、枢軸側の弱点であるイタリアからドイツへ攻め上がる案やドーバー海峡を押し渡りフランスへ上陸する作戦案が話し合われた。


 太平洋方面については「ウォッチタワー作戦」と銘打ち、当面は守勢を取る事が再確認された。船団護衛用の飛行艇母艦の数が揃い次第、まずは現在途絶えているオーストラリア方面への輸送船団を復活させる。そしてオーストラリアに物資の集積が成された後、日本の南方航路への通商破壊作戦を復活させるものとした。本格的な対日攻勢は艦隊用の飛行艇母艦が揃う1944年に入ってからとなる予定であった。同時にマダガスカルへも再侵攻を行いそこからインド洋の制海権を奪取する予定である。


 更に会談では「Tube Alloys」についても議論が行われた。Tube Alloysとは原子爆弾開発計画の秘匿名称である。研究は英国と米国の両方で行われていたが、彼らはドイツでも同程度に研究が進んでいると考えており、ドイツが先に原子爆弾を持つ事を非常に恐れていた。だが原子爆弾の開発と製造には非常に大きな資金と資源が必要となり英国には荷が重い課題となっていた。このため今後は両国が協力し米国が中心となって原子爆弾の開発が進められる事となった。


 こうして夢物語のような将来構想を話し合う事でチャーチルの気分も多少は回復し、飛行艇でロンドンへ帰って行った。




 一方、日本でもマダガスカル海戦の影響が様々な所に出ていた。その一つが建艦計画である。


 当時日本はマル四計画に続き昭和一六年(1941年)に策定したマル五計画に従って艦隊整備を進めていた。これは米国の第三次ヴィンソン案、スターク案の両洋艦隊構想に対抗するものであり、各種艦艇をバランス良く、悪く言うと総花的に整備する建艦計画となっていた。しかし潜水艦の活躍と潜水母艦の需要急増により改マル五計画として一部が見直される事となった。


 改マル五計画では超大和型戦艦、超甲巡、軽巡の建造が取り止めとなり、代わりに潜水艦と潜水母艦が大きく増やされる事となった。また将来、敵潜水艦の脅威が増す事が想定されるため、対潜作戦の中心となる駆逐艦、海防艦、駆潜艇の数も大幅に増加されている。


 潜水母艦については祥鳳と瑞鳳の運用結果が良好である事から、今後は空母と兼用の艦種として飛龍型空母を基に設計建造される事となった。


挿絵(By みてみん)


 空母艦型は、広い艦内容積と航空艤装は便利であったものの、潜水艦への物資の積み下ろしを飛行甲板の高さから行わねばならない事が難点であった。このため祥鳳と瑞鳳は格納庫の両側面に開口部を設け、その外側に飛行甲板・格納甲板・海面をクレーンで上下できる可動式の簡単な艀を設置する改造が行われた。


 簡易的な構造であるため航空機の移載は出来ないものの、この改造により潜水艦補給を含む普段の荷役作業は劇的に改善される事となった。また暑い南方で作戦する事が多いため、格納庫に開口部が出来た事は乗組員にとっても大変好評であった。この開口部は普段は防水キャンバスのカーテンで塞ぐ事が出来るが、荒天時は取り外し式の板を溝に固定する事で波浪の侵入を防げる様になっている。


 この改造内容は非常に簡単であり、潜水母艦用途以外でも便利である事が分かったため、新造艦だけでなく運用中の他の空母に対しても順次反映される事となる。そして今後建造される潜水母艦はすべて空母艦型とされ、戦力需要に応じて航空艦隊か潜水艦隊に振り分けられる事となった。



 こうして九九式魚雷は日米両国の建艦計画に非常に大きな影響を与えたのであった。

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 太平洋方面で一隻も敵空母を沈めていないのに、なぜか敵空母が大幅に減ってしまいました。ロケット魚雷、無手勝流の無双です。


 日米両軍とも空母はこれから重要だと頭では判っているのですが、何しろ本格的な空母対決を経験していないので建艦計画が妙な方向に行っています。両国の気質を反映してか、米国はハッキリ・日本はどっちつかずの対応になりました。

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