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第四話 魔槍の誕生

 昭和十年(1935年)六月、噴進式航空魚雷の開発に成功した大八木らは次に潜水艦用の開発を行う事となった。


 開発にあたり大八木は今回も既存の魚雷を基にする事を考えた。基とするのは今年制式化されたばかりの九五式酸素魚雷ではなく空気式の八九式魚雷である。早速大八木は関係者集め開発方針と目標性能の打ち合わせを行った。前回と違うのは会議室の机上に八九式魚雷だけでなく九五式航空魚雷の図面も並べられている事だった。既に開発に成功した前例があるため議論の要点も絞りやすい。


「これが今回の開発の基と考えている八九式魚雷だ。潜水艦用だから前回の航空機用より一回り大きい。直径は53cmで重量に至っては、ほぼ倍の1.6tだ。俺は今度も雷速は100ノット、その他の性能は八九式と同等の線を狙いたい。どうだ?」


 二つの魚雷の要目と図面を見比べていた技官が挙手して発言を求める。


「魚雷の重量が倍になると言うことは、航空魚雷と同じ加速度を得るには水の抵抗を無視しても倍の推力が必要となります。また断面積はおおよそ1.4倍ですが単純な円筒形状とは言え表面積が大幅に増えているため等価前面投影面積に換算した場合は倍近くになるでしょう。つまり水の抵抗も倍になります。水の抵抗力と推力が釣り合う速度を航空魚雷と同じにするには、やはり倍の推力はみる必要があります」


「なるほど。速度・加速度を九五式航空魚雷と同等にするには倍の推力が必要か。では推力を倍にするにはどうすれば良い?」


 大八木に話を振られた村田が少し考えてから答える。


「推力は凡そ発生ガスの量に比例します。九五式では噴進装置の火薬を円柱状に成形し後部から端面燃焼させる事で安定した推力を長時間維持する事ができました。つまり推力を倍にするには噴進装置の断面積を倍にすれば良いことになります。しかし……」


「噴進装置の数を倍にすれば良いじゃないか」


 別の技官が、なんだ簡単じゃないかと言う顔をして村田の発言を遮った。村田は嫌な顔もせず話を続ける。


「私も最初は九五式で使った噴進装置の数を単純に倍にすれば良いかと思いました。しかし4本から8本にすると魚雷後部の構造や舵との位置関係が素人の私が見ても難しくなりそうです。そこで噴進装置の直径を15cmから24cmに増して本数は4本のままとする事を提案します。そうすれば総断面積は2.5倍となります。余裕を見ても十分でしょう」


「九五式と噴進装置を共通化できればと思っていたが、そうもいかん様だな。ただ噴進装置の本数が同じなら後部の構造を九五式と同様に設計できる利点は有るな」


「どのみち航続距離の問題もあり九五式との共通化は出来ません。九五式の噴進装置では火薬を2mの円柱状に成形しています。それを後端から燃焼させて45秒間の燃焼時間を確保し2000mの航続距離を実現していました。同じ雷速で航続距離を八九式と同じ5000mとするには単純計算で5mもの長さの噴進装置が必要となります」


 大八木は八九式の図面を睨みながら唸った。八九式の全長は7.15mあるものの弾頭部や制御部のための空間も必要であり5mもの長さの円柱構造物を収める空間は無かった。村田は更に話を続けた。


「燃焼時間を長くするには火薬の組成を変えて燃焼速度を抑えれば良いのですが、そうすると発生するガスの量も減るため推力も落とさざるを得ません。そこで私見なのですが長射程を必要とする目標は酸素魚雷に任せて噴進式魚雷の航続距離はある程度妥協しても良いのではないでしょうか?」


「噴進装置の長さ1mで航続距離1000m相当だったな。八九式の図面を見ると5mは無理だが3mくらいの長さなら納まりそうだ。そうすれば航続距離は3000mか……通常の襲撃なら1500m以内が理想とされているから3000mあれば十分だと言えるな」



 こうして目標性能については雷速を100ノットとするが射程距離は3000mで妥協し、それ以外は八九式と同等とする事。また価格は九五式と同様に1万円以内を目指すこととなった。


 こうして仕様と目標性能が決定したことから早速本格的な開発が開始された。構造自体は航空魚雷となんら変わりない事から設計と試作作業も滞りなく進み、昭和十一年(1936年)二月には早くも試射に漕ぎ着けることができた。そして試射では所定の性能が発揮されたため九六式魚雷として早速制式採用されることとなる。




 昭和十一年(1936年)五月、誰もが噴進式魚雷の技術は確立されたと安堵していた頃、呉の大入魚雷試験場で先月より量産開始された九六式魚雷の改良試験の最中にその事件は発生した。試験において想定をはるかに超える雷速で魚雷が駛走(しそうする現象が発生したのである。すぐに水雷実験部から大八木に呼び出しがかかり検証会議が開かれた。


 今回の改良試験では舵の形状変更が行われただけであり、それにより突然性能が3割も上昇する事など常識的に考えられない。そのため当初は試験装置側の不調が疑われ、実験と整備を担当した技手ぎてらも会議に呼ばれていた。


「計測装置側の異常ということは無いか?」


「雷速計測装置に異常は見られませんでした。その後の試験でも異常雷速は計測されておりません。念のため記録フィルムの映像も確認しましたが、映像から推定した速度は計測値とほぼ一致します。間違いなく問題の試験では130ノット以上出ていたと思われます」


「では噴進装置の異常燃焼とは考えられないか?」


「噴進装置は前日に試験した魚雷と同じ生産ロットのものです。その時には特に異常はありませんでした」


「火薬の専門家から見て意見は無いか?」


 その日ちょうど呉に来ていた村田も会議に同席しており意見が求められた。


「異常燃焼の主な原因は火薬の成形不良による内部空隙です。呉廠のお金で平塚の成形装置を新しくしてからは成形不良も無くなり、異常燃焼事故は起きていません。先程、試験魚雷から取り外された噴進装置を見せてもらいましたが4本とも火薬筒の破損や異常燃焼痕は見られませんでした。正常に最後まで燃焼したと思われます」


「フィルムの映像でも規定時間きっかりで燃焼終了しています。異常燃焼ならば早めに燃え尽きていたはずです」


 実験部と村田の両方から計測器と噴進装置の異常は否定された。しかし実験結果は明らかに1.3倍もの雷速を示している。これが事実だと考えると、この現象のどこかに噴進式魚雷の性能を飛躍的に伸ばすヒントが隠されているはずだった。


「試験魚雷は完全に分解調査したのか?」


「後部カバーを外し噴進装置を取り外しましたが、それ以外の中央部や弾頭部は分解しておりません」


「噴進装置に異常が無ければ他に何か変化があったはずだ。皆で現物を確認してみよう」


 その後、全員で魚雷整備場に移動して整備台に載せられた試験魚雷を現認した。実験部の技手が説明した通り後部カバーと内部にあった噴進装置が取り外され、噴進装置を固定する枠が剥き出しになっている。それ以外には手が付けられていない様子だった。


「こちらが問題の試験魚雷です。洗浄は行いましたが分解整備については後部以外は回収した時のままで手を触れておりません」


「では、一つずつ部品を外しながら確認していこう」


 そうして弾頭部から順に一つずつ部品を確認しながら分解調査を進めていった。


「少しここにガタがあるな」

「ボルト穴がだいぶ緩くなっていますね」


 まず見つかった不具合は弾頭部と本体の締結部の緩みであった。これにより繋ぎ目にわずかな隙間が出来ていた。試験用の魚雷は古い八九式魚雷を改造して作られており、度重なる試験で弾頭部の脱着を繰り返したことから締結部にガタが出来ていたようだった。


「なんだこれは!?」

「完全に管が破断していますね……断面状態からみて金属疲労でしょうか」


 次に見つかった異常は操舵用の空気室につながる配管の破断であった。噴進式となって主機とともに気室は無くなっているが、舵を動かすための小さな空気室は残されている。そこには主機用ほどでは無いがそれなりに高圧の空気が蓄えられていた。


 破断面の観察結果から配管に金属疲労が蓄積し最後の駛走中に一発破断したと考えられた。魚雷は本来一回の使用しか想定していないため耐久性もそれほど高くない。試験用の魚雷は中古品を何度も繰り返し使用していたため金属疲労が蓄積したのだろう。破断時には空気室に蓄えられた高圧空気が一気に魚雷内に放出されたはずであった。


 状況を総合すると、実験の繰り返しによる金属疲労で亀裂が進行していた操舵用空気室の配管が試験開始直後に一発破断し、そこから漏れた高圧空気が隙間の出来ていた弾頭部と本体の間から放出されたものと思われた。改めて試験状況のフィルムを確認すると魚雷の弾頭部後端から白く細かい泡が噴出し魚雷後部を覆っている事が確認された。


「鍵はこの泡ということか?」

「もしかしたら泡に包まれることで水中抵抗が減ったのかもしれませんね」



 これは現在では「マイクロバブルによる水中抵抗低減効果」として知られている現象であった。この時点では世界のどの国も気づいていない新発見の現象であった。



 泡が今回の異常雷速の鍵を握っていると考えた大八木らは、早速、泡の水中抵抗に対する効果を測定するため実験を行う事を考えた。しかし100ノット以上の速度域での水中抵抗測定ができる設備なぞ水雷部では持っておらず実験ができない。そこで工廠を管轄する艦政本部に報告を行った所、艦船の速度や燃費の向上にも効果がありそうだということで造船実験部も協力して実験を進める事となった。


 実験設備については艦政本部が直々に動いたことにより200ノット以上の流速を再現できる実験水槽が新たに作られる事となった。呉に作られた実験水槽は高水圧を作り出すため戦艦の主砲塔旋回に用いる水圧装置が転用され、最近米国で開発された高速度撮影ができるカメラまで備える等、非常に本格的な設備となった。


 そして昭和一二年(1937年)八月、待望の実験水槽が完成し、ようやく最適な魚雷形状の研究が本格的に開始された。


 実験は流水水槽中に固定する試験体の形状と泡の噴出条件を様々な組み合わせで確認し、水中抵抗が小さくなる最適な条件を求める方法で行われた。その結果、水中抵抗の減少は泡の密度にほぼ比例すること、そして魚雷全体を効率良く均一に泡で覆うには全長の1/3くらいの位置まで円錐状の先端形状を持たせた方が良いという事が分かった。



 更に実験を進めると、高速域では泡の噴出部より前に気泡が発生し、それが噴出する泡につながると魚雷全体が大きな一つの泡に包まれる現象が観測された。そしてその状態では水中抵抗が驚くべき事にほぼゼロとなる事が分かった。


 魚雷先端に発生した泡はキャビテーションと言われるものである。水中を高速移動する物体で局所的な圧力差により発生する泡であり船のスクリューでは騒音や破損の原因として知られている。キャビテーションは通常の魚雷の先端でも発生しており九三式魚雷ではキャビテーションによる振動問題が起こっている。


 本来キャビテーションで発生する泡はすぐに消滅してしまうものなのだが、今回の実験で観測されたようなキャビテーションが大きな泡に成長する現象は現代ではスーパーキャビテーションと呼ばれる。そしてスーパーキャビテーション内では水中抵抗がほとんどゼロとなる効果があった。大八木ら水雷部では、この現象を積極的に利用した魚雷を開発することとなった。




 問題は泡の発生元をどうするかであった。只でさえ細くなった先端形状により魚雷の内部容積が減っている。用兵側は炸薬の減少による威力低下を喜ばないであろうから、制御用とは別の空気タンクを備える案も難しかった。


「あの……泡を発生する気体は空気じゃないと駄目なんでしょうか?」

「それだっ!!」


 皆の頭が煮詰まって炸薬量の削減も致し方なしという結論に傾きかけた時、若手の一言が議論の流れを変えた。そう、噴進式魚雷は大量のガス発生装置を既にその内部に持っていたのだった。会議の全員がそれに気づくと同時に対策は決まったも同然だった。


 魚雷後端の噴進装置後部から噴射ガスの一部をパイプで魚雷先端に導き噴出させる事にしたのだ。泡は微細なものであり魚雷全体を覆わせてもガスの絶対量は多くない。もちろんガスは調圧弁レギュレーターを介して一定圧力で噴き出す様にしてある。こうして内部容積をほとんど無駄にする事無くガス噴出機構を備える事に成功した。


 そして完成した魚雷は実験でなんと200ノットの速度を叩き出し、関係者を喜ばせた。




 しかし新たな問題が大八木らを悩ませる事となる。今度は泡に包まれると全く舵が利かなくなるという事であった。


 魚雷には後部に縦舵と横舵の二つの舵を備えている。縦舵は左右の進路を変えるものであり発射時の斜進角の設定とジャイロと連動した直進の維持を行う。横舵は水圧計と連動し設定された調停深度の維持を行う。どちらも魚雷の機能に必要不可欠な物であった。


 舵を泡の外に出せば当然利くようになるが試してみると魚雷の速度が大幅に落ちてしまった。全員が頭を抱えた時、再び若手の一言が事態を変えた。


「あの……どうして舵も利かないのに試験では曲がる魚雷があるのでしょうか?」

「それだっ!!」


 確かに発射試験では直進しない魚雷がいくつかあった。全員、舵が利かないから仕方がないと思っていたが曲がるという事は何かが進路を変えている事になる。当初は4つある噴進装置の推力が微妙に異なっているためと思われていたが、泡を生成するガスを取り出すため噴射ガスを一つにまとめた後でも曲がる魚雷があり説明が付かない状況であった。


 そういった魚雷をよくよく調べてみると決まって外板に歪みがある事が分かった。外板の歪みにより魚雷を覆う泡が局所的に不均一になり抵抗が増す事で歪みのある方向へ魚雷が曲がっているのだった。泡の放出の件といい、日本の貧弱な工業力が却って現象や対策の発見に繋がったと言えよう。これが例えば米国であったならば、その工業製品の品質の高さから現象は見つからなかったかもしれない。


 大八木らは、泡の不均一を人為的に起こさせる事で舵の代用にしようと考えた。そして試行錯誤の結果、魚雷後端の舵を完全に廃止する代わりに魚雷の上下左右の外板の一部を現代の航空機のエアブレーキのように起き上がらせる構造を考え付いた。こうして200ノットを維持したままで舵を利かせる事が可能になったのである


 また後部の舵を廃止し魚雷後端を断ち切った形状にした事の副次的な効果として、内部容積を大幅に増すことができ、より多い炸薬の搭載が可能になった。航続距離も速度が倍になった事で6000mに延伸している。




 最終的に出来上がった新しい噴進式魚雷は、尖った先端と断ち切られた後端を持つ、まるで戦艦の主砲弾の様な形状となった。形状こそ従来の魚雷から大幅に変わってしまったものの、構成部品自体は先の九六式魚雷と大差ない事から価格も1万円を切る程度となり海軍を喜ばせた。


挿絵(By みてみん)


 気が付けば九六式魚雷の開発から既に3年が経過していた。


 新型魚雷は昭和十四年(1939年)二月に九九式魚雷として制式採用された。そして酸素魚雷を搭載できない海大型などの旧式潜水艦を中心に配備される事となる。このため皮肉な事に大戦序盤では新型艦より旧式艦の方が大きな戦果を挙げる事となった。



 尚、このマイクロバブルやスーパーキャビテーション技術の航空魚雷への適用は行われていない。海中投下で沈降した際に水圧により泡が消滅し、舵が利かなくなる事が判明したためである。また水上艦用61cm魚雷の噴進化も検討されたが、水雷戦隊の戦法が遠距離からの隠密一斉発射を旨としていたため射程距離と航跡の問題で当初は行われる事はなかった。




 こうして日本海軍は太平洋戦争前にロケット航空魚雷とスーパーキャビテーション潜水艦魚雷の配備に成功したのだった。しかし彼らは自分達が途轍もない代物を手に入れた事を開戦後しばらく経つまで気づく事は無かった。

いよいよ「魔槍」が完成しました。次回から戦争の話に戻ります。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] マイクロバブルによる水中抵抗低減効果か、ニムスっていう会社の動画で水中モーターを着けた船の模型の船体に撥水スプレーをかけると速度が上がるってのを見たことがあったけど、これと同じ原理なの…
[一言] シグヴァルが本性を現しましたね~スーパーキャビテーション起こすには表面の抵抗係数を限りなく下げる必要があった気がするのは気のせいですね!
[気になる点] 作者さん、魚雷開発してた?ってくらいに詳しくて、すごいです。自分の頭ではまったくついていけないって事がわかりました。 [一言] 自分が戦記物を書くのであれば、この辺りの開発の話は全部す…
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