第二十二話 米本土爆撃
戦争もいよいよ終結に向かいます。
――ホワイトハウス 外交官応接室
ラジオ局のスタッフが指でカウントダウンし開始の合図を出す。ルーズベルトは頷くと目の前に多数置かれたマイクに向かって静かに語り始めた。
「親愛なる国民の皆さん。悲しい事に世界はファシズムの暗闇に覆い尽くされようとしています」
1943年(昭和十八年)4月、ミッドウェーを巡る激しい戦いが終わって一ヵ月後、ルーズベルトは炉辺談話の収録を行っていた。英国停戦後に行われた前回のラジオ放送以来およそ四ヵ月ぶり24回目の談話となる。
今回の談話タイトルは「苦難への共闘」。それが示す通り米国は、より正確に言えばルーズベルトとその支持者達は戦争の継続に関して極めて困難な状況に置かれていた。
もともと米国は孤立主義指向の強い国である。第一次世界大戦まで、そして第二次世界大戦が始まってもしばらくの間は、ほとんどの国民にとって戦争とは遠い世界の話でしかなかった。ルーズベルトも米国を世界大戦に巻き込まない事を公約して大統領に当選している。
しかしその約定は反故にされた。連日華々しい戦果が報道されている陰で国民は身近な人が戦争で亡くなったという話をよく聞くようになった。気が付けば戦争は遠い話ではなくなっていたのである。
しかも元々の戦争当事者であったはずの欧州諸国は戦争を止めてしまっている。今や戦っているのは米国とソ連だけである。国民の間には戦争を続ける意義について疑問が広がり始めていた。
なぜ遠い欧州のために自分たちの家族が命を晒さなければならないのか。もう欧州やソ連など昔の様に放っておけば良い。枢軸とは適当に手打ちをして戦争などさっさと止めれば良いではないか。そういった意見が共和党のみならず民主党支持者の間でも人目を憚らず語られる様になっていた。
ルーズベルトとその支持者達は、何としても国民の心を戦争に繋ぎとめる必要が有った。
「これまで我が国と手を取り合い、共にファシストと戦ってきた英国も膝を屈しました。世界で正義の戦いを続けているのは友邦ソ連と我が国だけになってしまいました。実に悲しい事です。今や民主主義の灯は嵐の前に揺らぐか細い蝋燭の炎の様な有様です」
ルーズベルトは悲しげな表情を浮かべると遣ると瀬無い風に首を振った。ラジオ放送用の音声収録ではあるが目の前では多くのカメラで撮影も行われている。メディアの発達した今、国民の支持を受けるには演出もまた重要な要素であった。
「しかしそれは世界を照らす希望の灯でもあります。決して絶やしてはなりません」
ルーズベルトは表情を厳しいものへと変えた。
「世界の人々は今この瞬間もファシストの圧政と暴力に苦しんでいます。だからこそ私たちは戦いを止めてはならないのです。友邦ソ連を助け、悪の枢軸を倒し、世界の闇を払う義務が、使命が我が国にはあるのです」
現在、英国停戦と日ソ開戦によりソ連への支援は完全に途絶状態となっている。極秘に準備を進めていた北極海ルートもニコラエフスク・ナ・アムーレの陥落により水泡に帰していた。
社会主義色の強いニューディール連合やアメリカ共産党を支持基盤にもつルーズベルトにとって、ソ連への支援は政権維持と同義である。来年の大統領選で再選を目指すルーズベルトにとって、戦争継続とソ連支援は選挙に勝つ為の必須事項であった。
「そのために我が国は様々な準備を重ねています。まもなく苦しい季節は終わりを告げ、我が国は枢軸への反撃の鉄槌を下すでしょう。そのために政府と国民は一丸となり……」
ルーズベルトは一転して表情を和らげると、未来に希望を抱かせる内容で談話を終えた。
――ホワイトハウス 大統領執務室
「なかなか良い談話でしたな、大統領。そういえば海軍も大戦果をあげたそうで。私にも希望の光が見えましたよ」
「皮肉は止せ」
談話の収録後、ルーズベルトは執務室に訪問客を迎えていた。その表情は先程の談話から一転し憮然としたものに変わっている。そんな彼の目の前で薄ら笑いを浮かべているのはジェームズ・A・ファーリー。ルーズベルトの三選を実現した選挙参謀と言うべき男であった。
ルーズベルトが皮肉と言ったのには訳があった。米国は先月のミッドウェー海戦の詳細を国内に秘匿していたのである。ミッドウェー島沖合で戦闘が行われたと簡単に報じたのみで、多数の艦艇を失いミッドウェー島も陥落した事実は伏せられていた。
しかし今月に入り状況が変わった。日本政府が山本五十六の戦死を公表し国葬を執り行った事で米国は初めて自らの戦果に気付かされたのである。敵の海軍のいわば最高司令官を討取ったのである。この報に明るいニュースを切望していたルーズベルトは歓喜した。
そしてホワイトハウスはその事実を敵戦艦2隻(ヒロタ、ハヤシ)撃沈、敵空母4隻撃破という華々しい戦果とともに大々的に発表した。当然ながら日本はその様な戦艦を保有しておらず、また損失も発生していない。
ちなみにミッドウェー敗戦の報に怒り狂った海軍作戦部長アーネスト・J・キングは自らの判断ミスを棚に上げて即座にニミッツ、ハルゼー、スプルーアンスの更迭を指示していた。しかしホワイトハウスの発表に合わせるためキングは渋々ながら3名の更迭を撤回している。
「それで議会の方はどうだ?」
今日ルーズベルトがファーリーを呼んだ理由は来年の選挙情勢について確認するためであった。
「正直、あまり良くない。皆浮足立っている。このままでは来年の選挙で上下院とも共和党に負けるかもしれんとな」
ファーリーは笑みを消して表情を厳しい物に変えた。眉間の皺の深さからその深刻さが伺える。最近では戦争遂行に関する疑念が身内であるはずの民主党からも出る様になっていた。
「去年の中間選挙の頃も戦争は苦しかった。だが選挙には勝ったじゃないか」
確かに戦争は上手くいっていない。だが昨年もそれは同じはずだ。そうルーズベルトは主張した。事実、日本の参戦や英国停戦はあったものの昨年11月の中間選挙では順当に民主党が勝利している。戦争は理由にならないはずである。
「あの時とは状況が違う。あの頃はまだ国内統制が上手くいっていた。しかし今では国民も真実を知りつつある」
「OWIの統制が緩んでいるのか?」
選挙の勝利はOWI(戦争情報局:Office of War Information)の情報統制に寄る所も大きい。OWIはマスコミをコントロールし米国有利の世界情勢と枢軸国の悪逆非道さを宣伝していた。
「情報は新聞やラジオだけじゃない。人の口に戸は立てられんよ。これだけ遺族や戦傷者が身近に増えれば色々と噂も立つ」
昨年から続く敗北により多くの国民が身近な人の戦死や戦傷の報に触れる機会が多くなっていた。いくらラジオや新聞の情報を統制しても、いくら映画で戦意を高揚しても、井戸端や床屋談義など人伝てで広がる噂まではOWIも制御できなかった。
「それで戦争に反対する議員連中が出始めたのか。自分の身可愛さに」
ファーリーの説明にルーズベルトは顔を顰めた。
「その通りだ。来年に選挙がある連中は今のままでは落選しかねんと戦々恐々しているよ」
米国の議会は2年ごとに半数が改選される。来年は大統領選挙と同時に議会選挙も予定されていた。現在議会は民主党が掌握しているが最近は停戦を主張する共和党が支持を伸ばしている。ファーリーは来年の選挙では議会が共和党に占められる可能性を示唆していた。
「旧ロシア系住民の支持を失ったのも痛いな」
ファーリーの指摘にルーズベルトは更に渋面を深めた。
今月に入り日本の支援を受けてハバロフスク周辺を占拠したウラジーミル・キリロヴィチ・ロマノフは、ロマノフ朝の継承と東ロシア帝国の建国を宣言していた。
米国とソ連は東ロシア帝国は日本の傀儡国家に過ぎないと非難した。当然ながら国家として認めていない。現在もハバロフスク西方では日本軍とソ連軍の激しい戦闘が続いている。
しかし英国と英連邦諸国はすぐさま東ロシア帝国を承認した。
先代の英国王ジョージ5世とロシア革命で殺されたロシア皇帝ニコライ二世、皇后アレクサンドラは従弟の関係にあった。更にウラジーミルの父キリル大公はヴィクトリア女王の孫を母に持つ。斯様にロマノフ家と関係の深い英国王室はロシア革命でロマノフ家を受け入れなかった事をずっと悔いていたのである。
米国に亡命している各国王室もロマノフ家と何らかの血縁がある。このため表立って歓迎こそしていないが反対もしないという微妙な態度を取っていた。
米国国内にはロシアにルーツを持つ国民が少なくない。共産主義者を除くロシア系住民は東ロシア帝国の承認と米国からの大規模な支援を望んでいた。それをルーズベルトが言下に否定した事でロシア系住民が多い選挙区の議員は当選が覚束なくなっていた。
「議会だけじゃないぞ。正直、君の状況も良くない。このままでは本選どころか指名獲得もおぼつかない」
ファーリーはルーズベルトを真っ直ぐ見つめた。彼が言っているのは来年に控えた大統領選挙についての事であった。
米国の大統領選挙は約1年掛かりで行われる。来年年明けにまず予備選が行われ、8月の党大会で候補者が決まり、11月の本選で大統領が選ばれる。
しかし実は予備選の1年前から候補者は立候補を表明するため実質的な選挙期間は2年に及ぶ。既にルーズベルトも年明け早々に立候補を済ませていた。
「予備選は半年以上先だろう」
「このままでは党は二つに割れるよ。予備選で圧倒的勝利を得なければ本戦で共和党につけこまれる」
「誰が対抗馬だ?まさか君が立候補するのか?」
「いや私は出ないよ。今回も君の為に出来るだけの事はさせてもらうつもりだ。対抗馬はバードだ。バージニアの」
「バードだと!あの差別主義者か!」
ルーズベルトは自らの日本に対する強烈な差別思想を棚に上げて罵った。
ハリー・F・バードは民主党の上院議員である。米国発祥の地を自負するバージニア州の元知事でもある彼は古き米国を信奉する強烈な守旧派の論客であった。地盤であるバージニア州では極めて人気が高いが他の州での人気はそれ程でもない。ないはずだった。
「以前なら地元バージニアだけの泡沫候補の一人に過ぎなかったのだがね。今では特に東部13州で彼の人気を無視できない。中西部も彼の支持に回る公算が大きい。西海岸で君の人気は盤石だろうが南部は揺らいでいる。もともと君の経済政策と反りが合わないからな」
「奴では共和党に勝てんぞ」
「その通りだ。バードは停戦を主張している。つまり共和党の主張と差が無い。君の言う通り彼じゃ勝てんよ。だが今の所そのバードと君は五分五分だ」
君にとっては不本意だろうがね、そうファーリーは残念そうに言った。昨年までは盤石と思われていた自分への支持が、今や民主党内ですら揺らいでいる事にルーズベルトは改めて気付かされていた。
「共和党の方はどうかね」
たとえ対立候補が強くても現職優位は変わらない。最悪バードについては副大統領候補として取り込めばよい。ルーズベルトは党内調整については一旦棚上げにすると、最終的に本選で争うであろう相手について尋ねた。
「タフトだね。彼がくるのは間違いないだろう。最近は若いのが一人頭角をあらわしているが芯がフラフラしていて落ち着かん。若いなりの人気はある様だがね。おそらく向こうの副大統領候補に納まるだろう」
ロバート・A・タフトは共和党の重鎮である。保守派で孤立主義である彼は、ルーズベルトの戦争指導と社会主義的政策を声高に非難していた。今ではその主張に耳を傾ける国民も多くなっている。特に本来なら民主党の票田である南部諸州でその声は高まっていた。ルーズベルトは足場の支持母体を固めなければ次の選挙で負ける可能性が高かった。
もう一人、ファーリーの言う共和党の副大統領候補というのはトーマス・デューイの事である。初の20世紀生まれの大統領を目指すと標榜し人気を集めている若手政治家であった。国民受けの良い意見を口にする事が多くタフトは今一つ彼を信頼できないと感じていた。
「確かに戦況は厳しい。しかし国民は不安を感じているだけだ。敵の司令官を討取ったニュースはきっと良い効果を齎すだろう。良いニュースがあれば国民の気分などすぐに変わるさ」
ルーズベルトは戦況を悲観していなかった。苦境は一時的なものだと思っている。そもそも国力からして違うのだ。日本もドイツも米本土へ侵攻する力は無いはずである。極秘に進めているマンハッタン計画の存在もある。
「来年になれば戦力も整う。そうなれば日本やドイツの潜水艦も怖くなくなる。我が国は腰を据えて準備を整え反攻すれば良い。安心していい」
「そう願いたいものだね」
ルーズベルトの言葉にファーリーは肩を竦めた。確かにルーズベルトの認識は間違っていない。時間は米国の味方だった。
だが軍の整備計画やマンハッタン計画の存在を知らないファーリーは情勢をもっと深刻に捉えていた。そしてそれは国民も同様だった。その事をルーズベルトは軽く考えていた。
――サンフランシスコ沖 西方海上 伊34
「各員配置につけ!一号機の準備急げ!もたもたすんじゃねぇ!周囲警戒も怠るな!」
暗い夜の海に先任士官の怒声が響く。ハッチから飛び出た水兵らが弾かれた様に前後の甲板へと駆け出した。
司令塔前部に取り付いた水兵らが格納筒の分厚い水密扉をゆっくりと開いていく。従来ならばその中には零式小型水上偵察機が1機納められているはずである。しかし今日そこから引き出されてきたのは見慣れた華奢な小型水上機では無かった。
胴体は小柄な零式小型水上偵察機より更に細く小さい。水兵が慣れぬ仕草で組付けている主翼も同様に短く小さかった。視認性を少しでも下げるためか機体全体が真っ黒に塗られている。そのせいか胴体の赤い日の丸と機種に描かれた桜のマークの鮮やかさが際立っていた。
不思議な事にその機体には操縦席が無かった。代わりに胴体後部には筒状の大きな部品が乗っている。
「なんだか妙ちきりんな兵器がどんどん増えていきやすねぇ」
射出機上に引き出されたそれが組み立てられていく様子を司令塔の上から眺めつつ先任が言った。年寄りは時代についていくのは辛いですよと溜息をつく。
「おいおい先任はまだそんな年じゃないだろう?」
同じく作業を眺めていた木梨艦長が先任の愚痴を笑い飛ばす。
「お役御免になった水偵の搭乗員らには悪いけどね。流石に僕でもこっちの方が役に立つと思うよ」
先任が妙ちきりんと言った兵器とは、日本海軍が今日初めて実戦投入する飛行魚雷 『桜花』であった。
――飛行魚雷 桜花の開発
桜花は一から日本海軍が開発したものでは無い。その原型はドイツが開発したフィーゼラーFi103飛行爆弾である。
元々Fi103はドーバー海峡越しにロンドンを爆撃するために開発されていた。簡素な構造と相まって昨年秋にはその開発もほぼ完了している。しかしFi103にとっては不幸な事に開発完了と同時期に英国との停戦が成立してしまった。つまり完成した時には活躍の場が無くなっていたのである。
東部戦線でもFi103の使い道は無かった。海峡で隔てられた英国ならともかく、大地でつながった東部戦線では命中率の怪しい飛行爆弾などより砲や爆撃機の方が安価で効果的だったからである。
このためドイツとフィーゼラー社は日本への売り込みを積極的に行った。そして昭和十七年(1942年)11月、日本陸海軍に向けてFi103のデモンストレーションが行われた。それを見学した軍人一行の中に吉田隆技術少佐が居た。
吉田は造船を管轄する艦政本部第四部に所属している。本来は船体設計の担当だが彼は新奇なものへの興味が非常に強かった。以前も自ら自動追尾装置を作成し、その実験にも成功している。
「この技術は自動追尾魚雷に使える!」
そう意気込んだ吉田は早速自作の装置を水雷実験部へ持ち込んだ。しかし彼らの反応は薄かった。当時はちょうど九九式魚雷が活躍していた頃である。速度が遅く命中するかどうかも微妙な誘導魚雷には誰も興味を示さなかったのだ。
せっかくの案を足蹴にされ腐っていた吉田を哀れんだ上司は彼にドイツ行きを命じた。ドイツとの交流が復活したこの時期、陸海軍から多数の視察団がドイツへ送られていたからである。
そのドイツでFi103を目にした吉田は色めき立った。射出機から発射されるこの無人兵器は潜水艦へ搭載するのにうってつけだと考えたのである。しかもその簡素な構造は日本でも十分量産可能に見えた。
同時に軍令部もまたFi103に注目していた。
軍令部では潜水艦に搭載する航空機の有用性を問題視していた。零式小型水偵は戦術の変化でほとんど出番が無くなっていたのである。たまの偵察任務も航空機や電探の発達により被害が出るだけでほとんど成果を上げられなくなっていた。
現在は愛知航空機で新型水上攻撃機を開発中ではあるが、これの実態は潜特型専用の特殊任務機であり既存の潜水艦には搭載できない。
だがFi103の大きさなら余裕をもって既存の潜水艦に搭載できる。潜水艦に敵地爆撃能力を付与できるのだ。弾着精度が甘いのが問題だが元々の小型水偵の爆撃も嫌がらせ程度の意味しかない。より大きな爆弾を小さなリスクで潜水艦から投射できる意味の方が大きかった。
日本に帰国した吉田は早速上司へFi103の導入を訴えた。軍令部の後押しもあり即座に動き出した吉田であったが組織の壁にぶち当たる事となる。
まず空を飛ぶ物という事で話を持ち込んだ航空本部では、にべもなく断られた。
「無人じゃないか。それに艦から発射するなら艦政本部の第一部(砲熕部)が担当だろう」
航空本部はFi103を航空機として認めなかった。本当は空技廠に任せても良いかと内心では思ったが、開発中の新型水上攻撃機の存在意義を脅かすような兵器を航空本部としては断じて認めるわけにはいかなかった。
ならばと吉田は話を艦政本部第一部に持ち込んだ。しかしここでも色よい返事は無かった。
「砲を使わない兵器だからねぇ……潜水艦から発射する物だしロケットならば第二部(水雷部)が担当じゃないか?」
結局その様にたらい回しされた吉田は最終的に第二部へと辿り着く。
「なんでうち(第二部)が……」
うちは水中が担当で空中は管轄外なんだが……話を持ち込まれた第二部部長は頭を抱えた。しかし軍令部からも使えるようにしろとの圧力もある。九九式魚雷の活躍で他部からのやっかみも多い。こうして仕方なく第二部はFi103を引き受ける事を了承した。
こうして紆余曲折は有ったものの日本海軍は機体とエンジン(アルグスAs014パルスジェット)の製造権を取得し、艦政本部第二部が中心となって潜水艦への搭載検討が開始された。
ちなみに、これを切っ掛けに無人飛行兵器は艦政本部、有人機は航空本部という棲み分けが出来ていくのだが、遠い未来にUAVの開発で再び騒動が起こる事になるとは、この時誰も想像しなかった。
さて寸法的に既存潜水艦への搭載は容易と考えられたFi103であったが、そのままでは搭載する事はできなかった。日本の多くの潜水艦が装備する呉式一号四型射出機の射出重量は1.6tに過ぎない。機体は小さくとも2tを超えるFi103は重すぎて射出できなかったのである。
このため炸薬量を大幅に減らすとともに機体も小型化して軽量化が行われた。更に敵の哨戒が強化されている事を鑑みて航続距離を延ばすため燃料タンクの増積も行われた。
しかし飛行に関する部分については、さすがに艦政本部も扱えない。幸いそれについては空技廠が技術的な支援申し出てくれた事で解決した。その裏には軍令部から航空本部に対して圧力が掛けられたと言われている。
もっとも機体形状が単純だった事から空技廠が行ったのは重心位置と翼面積の調整くらいであった。こうして設計変更は特に大きな問題もなく完了した。機体が小型軽量化された事から速度や航続距離については原型のFI103を大きく上回る性能となった。
だが設計や試験も完了し、いよいよ制式化の段になった所で再びひと悶着が発生した。この兵器の分類と名称をどうするかという、ある意味本当にどうでも良い問題である。
「空を飛ぶ物だから航空機の型式や規則を適用すべきだろう」
「お前ら真っ先に断っただろうが!」
航空本部は航空機の型式や命名規則の適用を主張した。しかし自ら断っておいて名だけ取ろうとするその態度は他の全ての部署に即座に否定された。
「普通に飛行爆弾で良いじゃないか」
「だったら最初から担当しろ!」
ドイツ語の「fliegende Bombe」をそのまま訳して飛行爆弾ではどうかとの意見も出たが、それなら最初から爆弾部を擁する空技廠が管轄すべき案件である。今更な言葉に皆の間に微妙な空気が流れた。
「誘導砲弾ではどうだ?」
「砲から発射しないから担当が違うと言ったのは自分らじゃないか!」
さすがにこの兵器を砲弾と言うのは無理がある。艦政本部第一部の案も即座に却下された。
「まぁ、水雷部さんが担当した訳だし……」
「え?いいの?」
議論がグダグダになった結果、結論はこの兵器の主管部署である艦政本部第二部に委ねられることとなった。水雷部とも呼ばれる通り第二部は本来は魚雷を担当する部署であるはずだが、皆はそれを敢えて無視する事にした。
結局、この兵器の分類は「飛行魚雷」という訳の分からないモノに落ち着く事となる。
「トビウオも魚だし……なんとなく形も似てる気がするし……」
爆弾や砲弾よりずっと無茶な分類であるが、疲れ果てた担当者らはその様に自らを無理やり納得させた。
なお名称については最後までゴネた航空本部が勝利した。会議に出席した担当者としては空技廠を通して協力した手前、手ぶらで帰る事は許されなかったのである。
「名前くらいなら別にいいか」
魚雷に名前をつけるという慣習は無かった事からこれに反対する者は特に居なかった。そして昨年から始まった新しい航空機の命名規則が適用される事となる。
規則では特殊機の場合は草木の名前を冠する事になっている。季節はちょうど春であった。
こんなくだらない会議などさっさと終わらせて早く帰りたい担当者らが窓の外を見ると散りかけの桜の花びらが舞っていた。新兵器は「桜花」と名付けられた。
こうして元のFi103を三式飛行魚雷桜花一型とし、潜水艦搭載のための各種変更が行われたものが同二型として各潜水艦に配備される事となった。
――サンフランシスコ沖 西方海上 伊34
伊34はこの桜花二型を2機搭載していた。本来であれば巡潜乙型は水偵を1機しか搭載できない。だが主翼と尾翼を取り外した桜花の細長い胴体ならば格納筒内に2機並べて収納可能であった。
昭和十八年(1943年)8月、木梨の伊34は桜花による米本土爆撃を実施するためサンフランシスコ沖合に浮上していた。昨年9月に伊25が行って以来、約一年ぶりの爆撃となる。
ミッドウェーの戦いで艦艇や航空機に損害を被った日本は未だ戦力の整備と再編を終えていなかった。米国にはそれなりの損害を与える事に成功したが遠からずより強大になって復活すると見られている。そこで少しでも米国を攪乱するため本作戦が起案されていた。
「もたもたすんな!準備急げ!」
声を荒げる先任の横で木梨は腕時計を睨んで難しい顔をしていた。
「準備開始からもうすぐ10分……確か水偵のときはこのくらいだったよね。ちょっと時間を掛けすぎかな」
「申し訳ありません艦長。水偵に比べりゃ組立はずっと簡単になったはずなんですが……次はせめて今の半分になる様にしっかり仕込みます」
「あぁ頼むよ。なにしろ今の時間が一番危ないからね」
潜水艦にとって身動きのとれないこの時間が最も危険である。最悪の場合は桜花を投棄して急速潜航すれば良いが、その分通常より時間が掛かるのは否めない。
そして木梨が恐れていた事が現実となる。
「逆探に感あり!方位20、感1」
階下の電信室から報告があった。現在、伊34はサンフランシスコ西方200海里沖(約370㎞)に浮上している。昨年の米本土爆撃の影響で米軍は沿岸警備を強化している。陸地からこれほど離れていても敵が哨戒機を飛ばしている可能性は十分予想されていた。
「どうします艦長?作業を中断して機体を投棄しますか?」
先任が木梨に顔を寄せ小声で尋ねる。
「いや、今後の事もある。ここはもう少し粘ろうか」
木梨は小さく首を振って先任の言葉を否定した。
「この先も爆撃作戦は続くんだ。敵機が来る度にいちいち中止していたら作戦の成功は覚束ないよ」
「つまり、これからは対空戦闘も避けられないという事で?」
「そう言う事さ。楽な戦争なんて有る訳ないじゃないか」
「むぅ……まぁ艦長の仰る通りではありますが……」
先任が唸り声をあげて渋々木梨に同意した。
「まぁ今回からはアレがあるしね。訓練通りにやれれば少しは楽が出来ると思うよ」
そう言って木梨は後部甲板を指さした。そこには見慣れない装備を持った水兵の集団が3班に分かれて待機していた。
その後、逆探の反応は方位を左右に振りながら徐々に強まってきた。どうやら敵の哨戒機は蛇行しながら哨戒ルートを飛行しているらしい。そしてある所からその蛇行が止まった。
「電探に反応!距離10000、方位20!」
しばらくして伊34の電探でも敵機を検知した。まっすぐ伊34に向かってくる。間違いなく伊34は発見されていた。敵機は恐らく3分足らずでここにやってくる。しかし前甲板の作業を見る限りどう見てもそれまでに桜花の発射は終えられそうになかった。
「さて先任。腹を括ろうか。発射準備はこのまま継続。対空戦闘用意」
「はぁ、仕方ありやせんね……発射準備急げ!対空戦闘よーい。」
木梨の命令を先任が復唱する。すぐに司令塔後部の対空機銃が回され敵機の来襲方向へと向けられる。そして後部甲板の集団も筒状の物体を構え空へ向けた。
程なく北の方からエンジン音が聞こえてきた。そして突然サーチライトの光条が伊34を照らし出す。やってきたのはどうやらPBYカタリナ飛行艇らしかった。
「機銃撃ち方はじめ!」
距離が2000m程になった所で機銃分隊の士官が号令した。ドイツで装備してもらったFlak38四連装20mm機銃が射撃を開始する。しかしまだ距離があるため効果が薄い。
お返しとばかりに敵機も機首に備えられた機銃を撃ち返してきた。こちらもまだ遠いため同様に狙いが甘い。しかも故障でも起こしたのかその射撃も途中で止まってしまった。
だが敵機は翼下に爆雷を搭載している。一方伊34は桜花の発射準備で現在は動く事も急速潜航する事もできない。艦の上空に到達される前になんとしても撃墜するか針路を逸らさせる必要が有った。
「噴進銃第一班、後方確認!狙え!撃て!」
距離が1000mを切った辺りで再び分隊士官が号令する。すかさず3班のうち一つの班の水兵が構えた筒から多数の弾が放たれた。同時に筒の後方にも盛大に爆煙が噴き出す。そして発射された弾は白い煙を引き放射状に広がりながら敵機に向かって行った。
その兵器の名は『三式二十五粍九連装噴進銃』という。その名が示す通り一度に9発の25mm弾をロケットで発射する携帯型の対空兵器である。
これも桜花と同様、日本が独自に開発したものでは無い。元々はドイツのフーゴ・シュナイダーAGが開発した「ルフトファウスト」という兵器である。
実はこの兵器は木梨が遣独潜水艦としてドイツを訪れた際にデーニッツに言った一言を切っ掛けに開発されていた。彼の「噴進式魚雷の様にパッと出してすぐ使える対空兵器」というコンセプトに興味をもったデーニッツが兵器局に相談し、わずか半年で開発されのである。
ちなみに木梨はまさか自分の一言がこの兵器の開発に繋がったとは露とも思っていない。デーニッツとの会話など彼の記憶から綺麗さっぱり消え去っていた。
この兵器の射程は2000mを超えるが実質的な有効射程は500m程度である。だが取り扱いが簡単な上に命中率は比較的良好であり、煙を引いて包み込むように弾が迫る事から威嚇効果も高かった。
その高い性能に日本陸海軍もすぐに着目した。どちらかと言うと、ほとんどパイプを束ねただけというその簡素な造りの方に興味を持ったらしい。そして海軍は早速ライセンス契約を結ぶと共に少数を輸入し『芙式二十二粍九連装噴進銃』として制式化した。
しかし22mm弾を用いる兵装の無い日本では弾薬の安定供給が難しい。このため海軍は広く用いられている九六式二十五粍機銃の25mm弾頭を利用できる様に設計変更を行い改めて『三式二十五粍九連装噴進銃』として制式化した。
突然、花火の様な物が自機に迫って来た事に驚いたのだろう。PBYの機長は回避を選択した。しかしそれは悪手だった。
「第二班、後方確認!狙え!撃て!つづけて第三班、後方確認!狙え!撃て!」
分隊士官の号令で残った二つの噴進銃が立て続けに放たれる。PBYは旋回のため速度を落とし腹と翼をこちらに晒していた。つまり被弾面積を自ら増やしてしまった事になる。そこへ次々と25mm弾が命中した。エンジン、翼、胴体に被弾したPBYはバランスを崩すとあっけなく海面に墜落した。
「なかなか使えるじゃないか」
小さく素早い艦載機に当てるのは難しいだろうが、相手が飛行艇や爆撃機なら的も大きい。しかも敵はわざわざ明かりを点けて真っ直ぐ向かって来てくれるのだ。今みたいに当てるのは簡単だろう。これで少なくとも夜間は航空機を怯えずに再び襲撃ができる様になりそうだ。
歓声をあげる機銃分隊を眺めながら木梨は満足そうに頷いた。
伊34が対空戦闘を行っている間も前部甲板では桜花の発射準備作業が続けられていた。
「高度計、零点調整よし」
「ジャイロ安定よし」
「射出方位よし」
「各翼動作よし」
「風避け立て」
「後方確認よし。発動機始動!」
整備分隊士官の号令で組立の終わった桜花のパルスジェットエンジンが始動される。単純な構造のそれは一発で始動し特徴的な断続音を奏で始めた。
「艦長、発射準備整いました!お待たせして申し訳ありません!」
エンジン音に負けまいと分隊士官が大声と身振りで木梨に知らせる。木梨は頷くと即座に発射を命じた。
「発射!」
木梨の号令と共に桜花が射出された。艦前方に機体から分離した台車が落下し水しぶきを上げる。そして桜花はサンフランシスコへ向けて飛び去って行った。黒い塗装と相まって、その姿は闇に紛れてすぐに見えなくなった。
「さて、我々もさっさと退散しようか。さっきのカタリナも無電ぐらい打ってるだろう。すぐに別の敵が来るよ」
甲板上では潜航準備の命令を受けた水兵らが慌ただしく動きまわっている。
「続けて二発目もすぐ撃てりゃ楽なんですがねぇ」
先任が零す。
「それは無理な相談だよ。なにしろ再充填には随分と時間が掛かるからね」
伊34の装備する呉式一号四型射出機は圧縮空気式である。火薬カートリッジを用いる水上艦艇の射出機と異なり空気の充填に30分以上の時間を要した。つまり現状では桜花の連続射出は不可能であった。
「まぁ水偵と違って回収しなくて済む分は楽になったけどね」
「確かにそうですな。無事に帰還してくれるか気に病む事もなくなりやした」
そう言って笑いながら二人は潜航前の確認を済ませるとハッチを通って発令所に降りて行った。
二日後、木梨は桜花の二号機をサンジエゴ軍港に向けて発射した。全ての桜花を撃ち尽した木梨は潜水航空母艦との会合地点に向けて針路をとり米西海岸を離れた。
今回の作戦は伊34の一隻だけで行われたものでは無い。日本は水偵を搭載可能な潜水艦のほぼ全てに近い21隻もの潜水艦をこの作戦に投入していた。それを米西海岸各所に配置し合計42発の桜花を米本土に撃ち込ませたのである。
これらの潜水艦が一度に爆撃を行ったのはこの時限りであったが、この日以降も日本は数日置きに散発的な爆撃を繰り返す事になる。
この日本の嫌がらせ的な攻撃を米軍はまともに迎撃できなかった。そして日本が期待した以上の効果を齎す事となる。
――ホワイトハウス マップルーム
「軍は何をやっている!」
ルーズベルトは苛立たしげに問い質す。テーブルの反対側には二人の将官が座っていた。一人は海軍大将、もう一人は陸軍大将の軍服を身に纏っている。
「あれだけ予算をつぎ込んでおきながら、なぜ日本の爆撃を防ぐことができん!軍は無能者の集まりか!」
怒りが高じて声を荒げた。支持基盤が揺らいでいるルーズベルトはこの所ずっと不機嫌だった。最近では些細な事でも怒りを露わにする事が多くなっている。
「……陸軍は最善をつくしております。大統領」
ルーズベルトの息が落ち着くのを待って陸軍大将が口を開いた。その言葉に隣に座る海軍大将が苛立たしげな目を向ける。それを意図的に無視しながらジョージ・C・マーシャル・Jr陸軍参謀総長は言葉を続けた。
「昨年の敵潜水艦による小規模な攻撃以来、陸軍は西海岸の主要部にレーダー網と防空網を構築済みです。都市周辺には対空陣地や飛行場も設置されております。レーダーでGIZMOを発見次第、迎撃機が向かう体制は整えられております」
マーシャルの言う通り米陸軍はアラスカからメキシコ国境にかけて多数のSCR-270レーダーを設置していた。これにより西海岸のほぼ全域に渡っての警戒網が構築されている。
GIZMOとは米軍が桜花につけた識別名称である。当初は自爆攻撃の一種かとも思われたが、残骸や目撃情報から無人の自動操縦機らしい事が判明したためカラクリを意味する名前が付けられていた。
「ならばどうして防げんのだ?」
「対処時間の問題です。大統領」
マーシャルは悲しげに首を振ると、その理由を説明した。
SCR-270レーダーは高度1万mで飛来する航空機を最大で150マイル(240㎞)の距離を探知する能力を持っている。しかし桜花の飛行高度は1000m弱である。この場合の探知距離は100㎞にも満たない。つまり時速700km/hで飛来する桜花をレーダーで発見しても、ものの数分で目標に到達してしまう事を意味する。
これほど短い対処時間ではたとえ迎撃機を上空に待機させておいても時間的余裕はほとんど無い。しかも攻撃が行われるのは決まって夜間であり、まともな夜間戦闘機のない当時では有効な迎撃どころか会敵すらも困難であった。
更に仮に運良く会敵できたとしても700km/hの高速で巡航する桜花に当時の米陸軍戦闘機では追随する事が出来なかった。前方で待ち伏せて一撃をかけるので精一杯なのが実情であった。
「高射砲があるだろう」
戦闘機が駄目ならばとルーズベルトが尋ねる。しかしそれもマーシャルは否定した。
「もちろん主要都市の近郊には高射砲陣地を設けてあります。しかしGIZMOによる攻撃は目標もルートもバラバラです。海岸すべてを高射砲で覆い尽くさない限り有効な迎撃は難しいでしょう」
一応、日本は主要都市や軍事目標に向けて桜花を放っていたが、実はほとんど目標に命中していなかった。桜花の命中精度が極めて悪かったためである。ジャイロによる慣性誘導と風車による飛行距離計算に頼っているため風に流された時の誤差は時に数十kmに及んだ。
このため桜花のほとんどは実は何もない山林や平原に落下していた。だがこの事が逆に米側の迎撃を困難な物にしていた。防衛拠点を絞り込めないのである。このため各所に配された高射陣地はほとんどが無駄となってしまっていた。
ルーズベルトが渋々納得したのを確認するとマーシャルは言葉を続けた。
「ですから海上で早期に迎撃する事が肝要です。理想的にはGIZMOを発射される前にプラットホームである潜水艦を発見し撃沈すべきです。当然ながらそれは陸軍の力では不可能です」
「海軍が悪いとでも言うのか!」
それまで苛々しながらも黙って話を聞いていた海軍大将がついに吠えた。アーネスト・J・キング海軍作戦部長は物静かなマーシャルとは対照的に、傲岸を絵に描いた様な男である。
「そうではない。陸軍は出来る範囲で精一杯やっていると説明しただけだ」
キングの怒声もどこ吹く風という様子でマーシャルは受け流す。
「キング、君がそう言うなら海軍の対応はどうなっている?」
ルーズベルトもマーシャルの言う通り発射元である潜水艦を何とかすべきだと思っていた。
「……海軍も最善を尽くしている」
キングは怒りを押し殺した様な声で答えた。しかしその後に言葉が続かない。
「これまでも日本の潜水艦から近海航路を守るために海軍には随分と艦艇や航空機を与えてきたはずだが?」
黙り込むキングにルーズベルトが追い打ちをかけた。
ミッドウェー陥落前からも日本の潜水艦は度々西海岸に出没していた。ホワイトサンダーが猛威を振るい始めた頃は船舶物流が止まりかけた程だったが、最近は航空機による哨戒を強化する事で被害を抑え込んでいる。そのはずだった。
「状況が変わった。哨戒に出した飛行艇が次々と消息を絶っている。日本の潜水艦は新しい対空兵器を使い始めたらしい……」
しかしその詳細が分からない。キングは言葉を絞り出す様に答えた。
噴進銃の原型であるルフトファウストは既にドイツも使用を始めている。Uボートにも搭載しているが米国が援ソ船団やアイスランドへの補給船団を停止しているため大西洋ではまだ使用されていなかった。ドイツ陸軍もソ連の地上攻撃機相手に使用し始めていたが、その情報は米国に届いていない。
しかも日本の潜水艦との戦闘は常に夜間に発生しており、わずかな生存者からの目撃情報も曖昧である。このため米国は日本の潜水艦が使用する噴進銃の情報をほとんど掴めていなかった。
「どうすれば防ぐことが出来る?」
「……今はとにかく艦と航空機の数を増やして対応するしかない」
「戦力が揃うのは来年になってからだ。私は今すぐの対処を求めている」
「当面は東海岸へ集積している戦力を西海岸へ回す。欧州方面の反抗作戦はその分遅れる事になる」
「……仕方が無い。速やかに対応するんだ」
ソ連支援の再開が遠のく事にルーズベルトは不満を持ったが国内を優先すべきなのは彼も理解している。ルーズベルトは不承不承ながら大西洋方面の戦力転用を認めた。
しかし事態はルーズベルトの予想を超えて急速に悪化していった。
突然戦火が身近に及んだ事で西海岸一帯が大パニックに陥ったのである。攻撃範囲が西海岸全域に渡っている上に命中精度が悪い事から、いつどこに爆弾が落ちるか分からないという恐怖もパニックを助長していた。
毒ガスが使われたとか日本兵が上陸した等のデマも広がり暴動や略奪も各地で発生し始めている。
飛来するGIZMOの数は多くても日に数発である。爆弾の威力も小さいため実は深刻な被害はほとんど出ていない。しかしそれでもOWIは情報を統制する事ができなかった。被害が広い範囲に渡り過ぎている上、少ないとは言え市民に死傷者も出ているためである。
住民や企業の自主的な疎開が各所で始まり経済活動にも影響が出始めていた。そして西海岸の議員を中心にルーズベルトの戦争指導に対する批判や停戦の議論が公然と成される様になっていた。
更に10月に入るとドイツが日本から購入した数隻の潜水艦で東海岸に対しても同様の攻撃を開始した。この事で混乱は米国全土へと急速に広がっていく事となる。
「枢軸国との停戦の可能性についての議論は否定されるものではない。交渉のチャンネルは常にオープンにされている」
1943年(昭和十八年)10月、ルーズベルトは報道官を通してコメントを発表した。ついに彼は停戦の可能性について言及せざるを得ない状況に追い込まれた。
今回は政治の話がほとんどになってしまいました……戦争を終わらせるのは大変です。
桜花は史実の米軍JB-2みたいなものです。吉田隆氏は史実で奮龍を開発された方です。
25mm9連装噴進銃ことフリーガーファウストもようやく登場しました。しかし史実でも25mm噴進銃って有ったんですよね……着剣もできる末期兵器ですが。
次話でいよいよ最終回となります。




