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蒼海の魔槍(グングニル)~超高速ロケット魚雷で日本が無双  作者: もろこし


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第二十一話 奢者必不久

ミッドウェー海戦も本話でようやく終わりです。

――戦艦武蔵 昼戦艦橋


「長官、司令塔に入られた方が宜しいのでは?」


 宇垣参謀長が山本に移動を促した。間もなく敵艦隊との砲撃戦が始まる。非装甲区画である昼戦艦橋に被弾すれば自分を含めた司令部要員はひとたまりも無い。相手は戦艦である。艦橋基部にある分厚い装甲に覆われた司令塔への移動を宇垣は進言していた。


「ここでいいよ。あそこだと戦況がよく見えないからね。だいたい相手は格下なんだろう?」


 宇垣の心配をよそに山本は移動を拒否した。どうせ見栄を張りたいだけだろうが長官の見解も一理ある。そう納得して宇垣は引き下がった。


「はい。偵察によれば敵艦隊は5隻の戦艦を中心としています。改装で形はだいぶ変わっていますが、おそらくコロラド型2隻にアイダホ型(米側呼称:ニューメキシコ級)3隻です。機関は変えていないのか足は遅いようですね。主砲もそのままでしょう。数では敵が上ですが苦戦はしないと思われます」


「不利と分かっていても向かって来るんだ。敵ながら天晴な根性じゃないか。ならばこちらも相応の対応をしてあげないとね」




 米潜水艦群の襲撃を受けた翌朝、山本らの主力艦隊はミッドウェー基地航空隊による空襲を受けた。だが第三警戒航行序列に陣形を変更し電探も作動させた上に直援機もあげていた艦隊は、これを余裕をもって迎え撃つ事ができた。


 その直援機も瑞鳳、祥鳳、龍鳳の3隻をあわせても50機程度ではあるが全て新型の零戦二二型に更新されている。結局、敵の攻撃が散発的だった事にも助けられ艦隊は何ら被害を被ることなく退ける事に成功していた。敵には新型戦闘機であるF4Uも初参戦していたが熟練操縦士に操られた零戦の前に敢無く敗退している。



「そう言えば原君の方はどうかね?」


 山本が空母部隊の様子を尋ねる。この戦いに至る前に既に空母同士の激しい戦いが行われていた。


「被弾した4隻の母艦はいずれも戦闘機の離着艦なら可能なまでに復旧しております。翔鶴も指揮可能となったため現在は再び原中将が指揮を執っております」




 ミッドウェー島から主力部隊が航空攻撃を受けた翌日、つまり昨日に日本の艦隊は初めて敵艦隊からの攻撃を受けていた。攻撃を行ったのはハルゼーのTF58である。


 ハルゼーは潜水艦の情報を基に攻撃を行った。目標としたのは主力部隊ではなく後方にいた空母部隊である。


 原中将の率いる空母部隊も前夜に潜水艦の襲撃を受けていた。敵に位置を捕捉されたと判断した原も警戒は怠っていない。主力艦隊と同様に陣形を変更し電探を作動させ直援機もあげている。敵艦隊の攻撃を警戒し四方に索敵機も放っていた。当然、いきなり無様に奇襲を受ける様な事はなかった。


 夜が明けてすぐに襲来した敵攻撃隊を電探で検知した原は直援機を迎撃に向かわせると共に更に戦闘機を発進させた。敵編隊が来襲した方角へ追加の索敵も放つ。非常に堅実な指揮である。事実、戦闘の序盤では敵の攻撃を無難に捌き艦隊に損害を出していない。


 しかし敵味方あわせて100機以上の航空機が艦隊周辺で入り乱れる様になると途端に指揮が怪しくなり始めた。


 翔鶴の電探はPPIスコープを備えた新型であり従来のAスコープより状況把握は簡単になっている。しかしそれでも敵味方の判別がつかず高度も分からないのでは戦況把握も指揮も出来ない。指揮の混乱は決して原のミスではない。純粋に技術的なものである。


 その結果、雷撃機の迎撃に直援機すべてが低空に集まってしまった隙をついて艦隊上空に急降下爆撃機の侵入を許してしまった。そして数少ない高角砲や機銃を上空に振り向ける間もなく立て続けに3隻の空母が被弾してしまった。


 被弾したのは翔鶴、瑞鶴、蒼龍の3隻であった。


 それぞれ2発から3発の1000ポンド爆弾を受けた各艦は飛行甲板に大穴が空いた。そこから激しい黒煙と炎が噴き出す。しかしそれは次第に薄くなり30分もしないうちに収まった。


 各艦は潜水航空母艦に準ずる改装をうけていたため幸い爆風の一部が舷側の開口部から抜けていた。そして炎上した機材もそこから速やかに外へ投棄する事が出来たのである。このため3艦は搭載機の半数を失い一時的に航空機運用能力も喪失したが航行に支障はなかった。



「原中将は責任を感じておられる様です」


「うーん彼は見かけによらず気弱だねぇ。空母は損傷したけど敵空母は仕留めたんだから、あまり気に病まなくてもいいんだけどね」




「我レ今ヨリ航空戦ノ指揮ヲ執ル」


 旗艦の翔鶴が一時的に指揮能力を喪失したため、唯一残った空母飛龍の山口多聞少将が指揮を引き継いだ。


 山口はすぐに敵の概略方位に向けて攻撃隊を全力出撃させた。そしてヨークタウンの撃沈に成功する。ハルゼーが放った二次攻撃隊により飛龍も被弾するが格納庫が空だった事もあり他の空母同様に沈没だけは避けられた。


 飛龍単艦で敵空母を1隻とはいえ撃沈できた理由はもちろん山口の積極的な姿勢にある。しかし空母部隊には他の艦隊に優先して最新機材が配備されていた事も戦果を後押ししたと考えられた。


 例えば偵察機としては昨年採用された二式艦上偵察機の最新型が配備されている。少数輸入したDB605Aエンジン搭載する事で劇的に性能が向上したその機体は現時点で海軍最速を誇っている。


挿絵(By みてみん)


 艦上攻撃機もすべて最新の天山である。艦上爆撃機は未だ九九式艦爆が主力であるがエンジンを強化した最新の二二型であり、更に少数の彗星艦爆の先行量産型すらも配備されていた。


 なお、高速化した艦攻、艦爆に戦闘機隊が追従できない可能性が出て来たため金星搭載の零戦開発も検討されたが、零戦二二型に加え雷電の開発で多忙な三菱では対応できないとして開発計画は流れている。




 ヨークタウンを撃沈されたにもかかわらず未だ戦意旺盛なハルゼーは更に三次攻撃隊を出して追撃を行おうとした。しかしそれは出来なかった。思わぬ方向から敵の攻撃隊が襲来したためである。


 それは別経路からミッドウェーに接近していた攻略部隊から発艦したものだった。無線で空母部隊の危機を知った角田覚治少将が近藤信竹中将を強引に説得し放ったものである。


 攻略部隊には中型空母しかなかったが3隻あわせた搭載機は120機を超える。そのほぼ全力を角田は攻撃に送り出していた。二度の攻撃で搭載機を消耗していたTF58にこの攻撃を防ぐ力は無かった。この攻撃でエンタープライズを撃沈されたハルゼーは駆逐艦に救助され真珠湾まで後退する事となる。


挿絵(By みてみん)


 そして索敵により主力艦隊に新たな敵艦隊が接近している事が判明していた。スプルーアンスの率いる水上戦闘艦部隊TF59である。


「せめて一撃でも航空攻撃が出来れば良かったのですが……」


 神重徳主席参謀が零す。


「無い袖は振れんよ。山口君が随分と頑張ってくれたからね。それに角田君の所もこれ以上消耗は避けたいしね」




 先に被弾した3空母の搭載機は半減した上、応急修理しか施されていないため戦闘機の離着艦しかできない。そして飛龍の放った攻撃隊はヨークタウン撃沈という戦果と引き換えに壊滅していた。


 飛龍の艦攻、艦爆はTF58への攻撃時に多くが撃墜され、生き残った機体も収容できる母艦が無いため近くに不時着水して全機喪失している。戦闘機隊のみが飛行甲板を応急修理した翔鶴と瑞鶴に分散収容されていた。


 つまり空母部隊は攻撃能力を完全に喪失していた。


 角田の放った攻撃隊の方は損害は少なかったが、攻略部隊はこの後にミッドウェー島攻撃の任務が控えている。山本の言う通り作戦を継続するならばこれ以上の損耗は避けるべきだった。


「それに中途半端に傷つけると逃げちゃうかもしれないからね」


 そう。空母損傷の責任は原に押し付ければ良いが、今のままでは称賛は山口と角田にだけ行ってしまう。悪いが俺が手柄を立てる為には逃げてもらっちゃ困るんだよ。そう山本はまだ見ぬ敵に語りかけると、ほくそ笑んだ。




――TF59 戦艦メリーランド 艦橋


「なんだあの大きさは……」

「後方の艦はナガトクラスじゃないか。なら前の2艦は……」


 敵艦隊を初めて視界に納めた時、メリーランド艦橋内にどよめきが走った。


「針路140。左砲戦用意」


 予想外に有力な日本艦隊を目の前にしてもスプルーアンスは一人落ち着いていた。静かな口調や態度は常日頃と変わり無い。そんな指揮官の姿を見て先程まで動揺していた艦橋内の将兵も落ち着きを取り戻していった。


 だが外見と裏腹にスプルーアンスの内心は叫びたい気持ちで一杯だった。話が全然違うじゃないかと。



 ハルゼーのTF58が虎の子の空母を失って後退した時、TF59も退く事を検討すべきだった。だがスプルーアンスは交戦を選択した。


 報告によれば敵艦隊は新型戦艦2隻、重巡2隻を中心とした水上砲戦部隊である。小型空母もいるがこれは明らかに艦隊直援用であろう。ならばやや旧式とはいえ16インチ砲戦艦2隻を含む5隻の戦艦を有するTF59でも互角以上の戦いができるはずである。


 敵の航空攻撃が不安要素だったがハルゼーの頑張りで敵主力空母部隊は攻撃力を喪失しているものと見られた。もう一つ別の空母部隊がどこかにいるらしいが、ミッドウェーに退避したTF58の生き残りが基地航空隊と協力して今もエアカバーを張る努力をしてくれていた。


 上空では今も空戦が続いている。もっとも米側の戦闘機は嫌がらせに徹しているので撃墜はほとんどない。それでも取り敢えず敵の弾着観測機の発艦は阻めている様だった。特徴的な姿をもつ海兵隊の戦闘機が特に良い働きをしている。今の所は恐れていた敵空母部隊からの空襲も無い。


 ならば勝ち目はある。それにハルゼーの努力も無に出来ない……そうスプルーアンスは考えた。



 だが敵に近づいてみると事前情報に大きな間違いが有る事が分かった。


 確かに見た事もない新型戦艦が2隻いた。しかしそれに続く2隻の艦は重巡などでは無い。どう見てもナガトクラスだった。恐らく新型戦艦が余りに巨大なために重巡と誤認されたのだろう。



 スプルーアンスの座乗するメリーランドを含むコロラド級はナガトと共にかつて世界のビッグセブンと謳われた戦艦である。だが両者は砲こそ同じ16インチだが他は何もかも違っていた。


 なにより防御力が違う。最初から16インチ砲戦艦として設計されたナガトはそれに応じた防御力を持っていた。ジェットランド沖海戦の戦訓を取り入れた近代化改装によりその防御力は更に増していると推定されている。


 一方メリーランドは元は14インチ砲戦艦として計画されていた。当然それ相応の防御力しか持たない。ナガトとは地力から異なるのだ。特に近代化改装でも強化されていない薄い水平装甲は弱点と言えた。


挿絵(By みてみん)


 更に速力も違った。ナガトは公称値より遥かに優速、少なくとも25ノット以上は発揮できるとみられている。事実、目の前でも24ノットを発揮していた。21ノットしか出せない標準戦艦とは大違いである。


 距離を詰めれば水平装甲の弱点をある程度補えるのだが、これだけ速度差があれば不可能である。それどころか不利になった時に離脱できるかも怪しい。


 しかもコロラド級はSHS (Super Heavy Shell:大重量砲弾)も使えない。正直、ナガトクラス2隻を相手にするだけでも手に余る。だが目の前には更に2隻の新型戦艦がいる。ナガトより遥かに大きなそれが弱いという事はどう考えても有り得なかった。



 今すぐにでも反転して逃げ出すべきだ。そうスプルーアンスの中の生存本能が激しく警鐘を鳴らしていた。しかし軍人として敵前逃亡と取られる行動は許されない。


「30000ヤード(約27000m)で始めてください」


 表面上は平静を保ったままスプルーアンスは命じた。勝つことは不可能だ。無事に離脱できる可能性も低い。とにかく遠距離でひと当てしてからすぐに尻を捲ろう。彼はそう心に決めた。


 ハルゼーが苦労して作ってくれたチャンスは無駄になりそうだ。もし生きて帰れたら詫びに何か贈ってやろう。


 桃缶セットで喜んでくれるだろうか。いっそ一ダースくらい贈った方が良いだろうか……決戦を前にスプルーアンスは本当にどうでも良い悩みで現実から逃避していた。


挿絵(By みてみん)



――戦艦武蔵 昼戦艦橋


「敵もやる気になったみたいだね。右砲戦用意。有馬君、あとは任せる。好きにやっていいよ」


 敵の変針を確認した山本は双眼鏡を降ろすと有馬艦長に告げた。この艦隊は山本の直卒である。形だけではあるが山本は戦闘の開始を下令した。


 戦艦の遠距離砲戦というものは双方にそれを行う意思が無い限り基本的に成立しない。公算射撃で確率的な命中を狙うため、お互いが一定の距離を保って巨弾を撃ちあう。ヘビー級ボクサーが足を止めて打ちあう様なものである。転舵を繰り返して敵弾を避ける様な戦い方は有り得ない。


「右砲戦よーい」


 第一戦隊の砲戦指揮を任された有馬は上気した顔で頷くと号令をかけた。射撃指揮所といくつかやり取りした後、前甲板の巨大な砲塔がゆっくりと右に旋回しはじめる。


「水雷戦隊に突撃を命じますか?」


 神主席参謀が山本に伺う。


「いや。止めておこう。相手もその気が無い様だ」


 山本が敵艦隊を目で指し示した。たしかに敵の巡洋艦以下には動きが無い。こちらと同様に縦陣で戦艦に併走しているだけである。


「こちらとしても助かります。駆逐艦の燃料が心許ありません。それに横腹に魚雷も刺さったままですので」


 日本の駆逐艦の航続距離は短い。それが米潜水艦群の襲撃やミッドウェー航空隊の攻撃により長時間の全速航行を余儀なくされたため予定より燃料を多く消費していた。それに多くの艦の横腹には多数の不発魚雷が刺さったままである。派手な艦隊運動は避けたかった。


「敵は逃げ腰だね。有馬君、聞いての通りだ。ちょっと水雷戦隊は出せない。でも敵の足は遅いから一隻も逃がさないようにしてくれないかな」


 敵戦艦部隊の撃滅を山本は確信していた。




――戦艦メリーランド 艦橋


 コロラド級、ニューメキシコ級は古いだけあって艦や砲の癖も把握済みである。近代化改装で英軍のType 284レーダーを基にしたMk.3射撃管制レーダーを搭載した事で測距精度も大幅に上がっている。


 砲戦距離30000ヤードは米軍の基準ではやや遠めだが数斉射で夾叉は得られるだろう。それにこの距離ならニューメキシコ級の14インチ砲でも敵戦艦の水平装甲を抜けるはずだ。


 十分戦える。そう判断したスプルーアンスであったが、それが甘い考えであった事をすぐに思い知る事になる。それほど勝負は一方的な物になった。



「FCレーダー使用不能!」


「敵艦隊より妨害電波が発振されている模様!」


 まず全戦艦のMk.3射撃管制レーダーが敵の妨害で使えなくなった。大量のゴーストでまともに距離を測定できないのである。仕方なく昔ながらの光学測距儀で測定しているが、その特性上どうしても精度が甘くなる。


「英国は想像以上に枢軸へ肩入れしている様ですね」


 まさか日本の方から電子戦を仕掛けられるとは思っていなかった。日本の背後に英国の影を感じたスプルーアンスは衝撃を受けていた。


 だがこれはスプルーアンスの誤解であった。日本はマダガスカルで鹵獲したType 284レーダーをコピーし三号二型射撃用電探として生産、各艦の射撃指揮所上に装備していたのである。


 パルス発振方式で複数帯域も使用可能なType 284レーダーは本来ならば複数同時運用も可能であった。だが帯域調整もなしに同一海域で9基も同時使用する事はさすがに想定されていなかった。発振タイミングと周波数が錯綜した結果、両軍のレーダーはゴーストで使用不可能となっていたのである。


 当然、日本側にも同じ不具合が発生していたが何の障害にもなっていない。彼らにとって電子装置の不調など日常茶飯事であり、またこの程度の砲戦距離もまた当たり前であった。



「発砲間隔が長い……操作に時間がかかっている様ですね。それに弾着修正も甘い」


 砲撃を眺めながらスプルーアンスが呟く。彼のもう一つの誤算は自軍の練度であった。


 昨年の大損害を埋め合わせるため本国の両岸と五大湖では大小様々な艦が大量に建造されている。その新造艦の大量就役により戦力価値の低い旧式戦艦からは多数の乗員が引き抜かれていた。


 特にメリーランドは真珠湾の損害を修理するため長らくドック入りしており、その間に乗員がほとんど入れ替わってしまっていた。練度は最低と言って良い。


 全般的に練度が低下している事はスプルーアンスも気付いていた。当然それを取り戻すための訓練も行っている。しかし練度は彼の想像以上に低下していた様だった。


 以上二つの要因により斉射間隔は倍以上に長くなり、弾着修正も甘く夾叉はなかなか得られなかった。




 逆に練度が低い事を期待した敵の新型戦艦は2斉射目で易々と夾叉を出してきた。ナガトクラスに至っては初弾夾叉で2斉射目で命中弾を出している。敵艦隊は恐るべき練度を持っていた。間違いなく相手は日本海軍の最精鋭部隊であった。


「ニューメキシコ被弾!」


 最後尾のニューメキシコはミシシッピと共同で敵の4番艦を相手にしていた。2対1で有利なはずだったが現実は逆に打ちのめされている。


 ニューメキシコ級の装甲ではナガトクラスの16インチ砲弾に耐えられない。逆にようやく命中したこちらの14インチ砲弾は装甲に弾き返されていた。相手にすらなっていない。


挿絵(By みてみん)


「ニューメキシコ速度低下!針路はずれます!」


 先程の被弾でニューメキシコは機関を損傷したのか速度を大きく落としていた。もう一隻のナガトクラスを相手にしているアイダホも同様だった。既に二つの砲塔を潰され満身創痍である。こちらも相手に目立った損傷は与えられていない。


「アイダホ被弾!」


 アイダホが再び被弾した。今回はその場所が悪かった。これまでアイダホは米国式の揚弾機構のお蔭で砲塔が被弾しても誘爆を免れていた。しかし今回は運悪く同じ場所に被弾したのである。既に歪んでいた揚弾筒の装甲扉を易々と突破した九一式徹甲弾はそのまま下の弾薬庫に到達し、そこで遅動信管を作動させた。


「アイダホ沈みます!」


 見張りが悲鳴のような報告をあげる。二番砲塔の弾薬庫から大爆発を起こしたアイダホは瞬く間に艦前部から沈み始めた。その遥か後方では既にニューメキシコが洋上でほとんど停止している。


「全艦煙幕展張。針路180。撤退する」


 ハルゼーへの義理も果たした。勝ち目は無い。この辺りが限界だろう。短時間で戦艦2隻を失ったことでスプルーアンスは撤退を決断した。しかしそれは少々遅すぎる判断だった。


 スプルーアンスが命じた次の瞬間、メリーランドに衝撃が走った。




――戦艦武蔵 昼戦艦橋


「やっと命中弾がでたか」


 山本がホッとした声を出す。水柱に囲まれた敵の先頭艦の中央には大きな爆炎があがっていた。まだ戦闘能力は奪えていない様だが火災が発生している。


 その後方、大和が相手をしている敵二番艦にもほぼ同時に命中弾が出ていた。二発の46㎝砲弾を受けたその艦は一撃で砲塔を一つ失っていた。ボイラーか煙路に損傷を受けたのか速度も落ちている。


 更にその後方では最後のアイダホ型が陸奥と長門に打ちのめされていた。こちらも長くはないだろう。


 勝負は見えたな。そう思うと山本は戦闘開始前から我慢していた便意が強まってくるのを感じた。



 大和級の艦橋は艦容に比べて非常にコンパクトに作られている。艦橋内にトイレは無い。最寄りのトイレは艦橋の真下、最上甲板の下である。昼戦艦橋からそこまでは20m以上の狭く急な階段を降りなければならない。


 だが大和級には昇降機(エレベータ)が備えられていた。人が二人乗れば一杯になる程の小ささだが有ると無いでは大違いである。もちろん将官専用である。下士官や水兵らはどんな時でも階段を使っていた。


「ちょっとトイレ)に行って来るよ。宇垣君しばらく宜しく頼むね」


 山本の言葉は主砲斉射の轟音でかき消された。宇垣から返事は無い。彼を含め皆が双眼鏡で敵艦隊を観察している。



 強まる便意に山本は宇垣の返事を待たず背後の昇降機エレベータに乗り込んだ。




――戦艦メリーランド 艦橋


「乗員の救助を急いで下さい!可能な限り拾い上げる様に!」


 既に戦闘を続けているのはメリーランドのみであった。アイダホとコロラドの姿は既に無く、ニューメキシコとミシシッピは大きく傾いて洋上に停止している。


 スプルーアンスはそれらの戦艦の放棄と乗員救助を命じた。今のところ脱落した戦艦やそれに救助のために横付けした駆逐艦への砲撃は無い。勝ち戦の余裕だろうが日本軍に良識が残されている事に彼は感謝した。


 艦隊は転針させたがメリーランドは単艦で海域に留まっていた。つまり殿しんがりである。スプルーアンスは生還を半ば諦めていた。今も味方の撤退を支援するため残った3基の砲塔で砲撃を続けている。もっとも転舵を繰り返す中での砲撃に命中は望めない。嫌がらせ以上の意味は無かった。


 結局、ここまでメリーランドは一発の砲弾も命中させる事ができていなかった。夾叉すら出来ない内に今の状況に追い込まれている。


 だがその時奇跡が起こった。全くの偶然ながら敵の先頭艦を夾叉したのだ。


「やったか?!」


 メリーランド艦橋内に歓声があがる。しかしそれはすぐに失意の声に代わった。水柱だけで爆発が見えなかったのだ。つまり至近弾はあったが命中弾は無かった事になる。


 今の針路をこのまま維持すれば命中弾を得られるかもしれない。しかしメリーランドは4隻の戦艦に狙われて必死に回避を繰り返している最中である。もう二度とこんなチャンスは無いだろう。


 だが不思議な事に敵先頭艦の砲撃が急に止んだ。更にわずかに変針もしている。それに追従して後続の戦艦も変針していく。当然、敵の砲撃は一時的に止まる事になる。


「おや?今ので敵に何か損害を与えた様ですね。今の内にさっさと離脱しましょう」


 幸いメリーランドの機関は損傷を受けていない。スプルーアンスは全速で戦場を離脱していった。


挿絵(By みてみん)



――戦艦武蔵 右舷水線下


 メリーランドの放った砲弾の一発は武蔵右舷への至近弾となった。31.7度の落下角度、722.5m/sの終末速度で海面に落下した16インチMk.5徹甲弾は着水時にわずかに弾道を屈折させ武蔵の喫水線下へ向かった。


 その先には米潜水艦ティノサの放った魚雷が突き刺さったままだった。


 砲弾は狙ったかの様にその不発魚雷に命中した。水中で急激に速度を落とした事で砲弾の信管は作動しなかったがTORPEX爆薬が反応する程度には十分な衝撃が魚雷に加えられた。


 その結果この魚雷はミッドウェー海戦で唯一爆発した魚雷となった。だがその炸薬量は少ない。武蔵が被った被害は1000t程の浸水である。この程度は武蔵にとって掠り傷に等しい。


 しかし爆発は同時に小さくない衝撃を発生させた。その衝撃は海面からおよそ40m近い高さをもつ艦橋を振り子の様に大きく揺さぶった。




――戦艦武蔵 艦橋 昇降機


 扉を閉めると山本の顔に笑みがこぼれた。


 これで敵戦艦5隻、敵正規空母2隻の戦果は堅い。ミッドウェー攻略も成功確実だろう。紛うこと無き大戦果だ。開戦前に半年1年は暴れて見せると見栄を切ったが今ではどうだ。更にあと半年1年はいけるだろう。これで停戦の可能性も見えてきた。


 全部俺の手柄だ。主導した俺の手柄だ。堪えきれず山本の笑い声が大きくなる。だがその笑い声は長くは続かなかった。


「ハハハハハ……は?」


 昇降機のかごが下降しはじめた瞬間、突然衝撃が襲ってきた。


 現代の昇降機には落下防止のために様々な安全装置がついている。しかし時代は太平洋戦争の頃である。戦艦の小さな昇降機にはその様なものは当然ながら一切無かった。


 魚雷爆発の衝撃で艦橋が大きく振られた事でかごが一瞬浮き上がる。ワイヤーが(たわ)み2本あるワイヤーの1本が上部の滑車から外れる。そして勢いよくかごが元の位置に戻った衝撃で残ったワイヤーが破断した。


「なっ!?」


 ワイヤーと同時に電線も切断され、かご内の照明が消えて真っ暗になる。そして次の瞬間、山本を乗せたかごはシャフト内を自由落下し始めた。


「なああああああああ!!!!!!!」


 かごの中で山本が叫ぶ。どこかに掴まろうとするが無重力状態で浮き上がった体では自由が利かない。


 2秒後、山本を乗せたかごは70km/hの速度でシャフトの底に叩き付けられた。




――戦艦武蔵 作戦室


「御遺体はアルコールで拭き清めた上で食料庫に安置致しました。歩哨を立てて箝口令も敷いてあります」


 有馬艦長の報告に宇垣参謀長が頷く。


 戦闘の終盤に山本の姿が見えなくなった事で艦内は大騒ぎになった。指揮に空白が生じた事で日本は見す見す敵艦隊の逃亡を許している。


 そして捜索の結果、ひしゃげた昇降機のかごの中で山本が糞尿まみれで死亡しているのが発見されたのである。


「水中弾か不発魚雷の誘爆かと思っていたが……」


「どうやら二回目の音は爆発ではなく昇降機の落下音だった様です」


 昼戦艦橋に居た誰も山本が昇降機に乗った姿を見ていなかった。更に直後に発生した浸水で衝撃音を水中弾か魚雷の誘爆と誤解した事が発見を遅らせる結果となった。


 司令長官の戦闘中の「事故死」という不名誉な事件に艦内には箝口令が敷かれた。山本の遺体を発見した水兵らも隔離されている。



 山本の死亡を確認した宇垣は一時的に主力艦隊の指揮を代行し戦闘の終了と艦隊集結を命じた。敵艦隊の生存者の捜索も命じている。次に考えるべきは作戦をどうするかであった。


 情報秘匿のため航空機で武蔵に集結した各隊司令官は善後策を協議した。連合艦隊に副司令長官の役職は無いが作戦の次席指揮官は定められている。本ミッドウェー攻略作戦での次席指揮官は攻略部隊司令官の近藤信竹中将である。


「作戦は即刻中止し全軍本土へ帰還すべきである」


 万事において手堅い、平たく言うと事なかれ主義な性格の近藤はそう主張した。しかしその後ろ向きな意見は他の全ての司令官や参謀達に反対された。


 現時点で既に敵戦力の排除に成功している一方、自軍の艦艇は一隻も失われていない。空母部隊の攻撃力は失われたが残る敵はミッドウェー島の守備隊だけである。例え「事故」で司令長官が死んでも作戦を中止する理由にはならなかった。


「敵討の機会を頂きたい」


 大柄な身体を小さくして原中将が懇願した。空母部隊の司令官として、敵戦艦部隊へ航空攻撃を実施出来なかった事が山本の死に繋がったと彼は思い込んでいた。彼は一人で放って置けば自害しかねない程思いつめた表情をしていた。


「長官が命がけで作った好機を逃してはならない。きっと亡くなられた山本長官も作戦継続を望んでいらっしゃる」


 黒島、山口、角田ら好戦的な性格を持つ者達はミッドウェーを攻める好機を無駄にしてはならない、この様な機会は二度と無いと強硬に主張した。


 それらの声に押される形で最終的に近藤も渋々ながら作戦継続を決断した。




――ミッドウェー島


 日本軍は意思決定のために一日を無駄にしたものの、翌日には満を持してミッドウェー島に襲いかかった。


 空母部隊の戦闘機隊がわずかに残っていた基地航空隊を一掃し、攻略部隊から放たれた攻撃機がミッドウェーに殺到し蹂躙する。更に夜間には戦艦部隊による艦砲射撃も行われた。


 そして翌朝、上陸作戦が開始された。


 島が更地になるかと思われるほどの攻撃を受けたにもかかわらず驚くことに米軍守備隊は生き残っていた。しかし島上空の制空権は既に日本に握られている。守備隊の火点は発砲するや否や位置が露見し、航空攻撃と艦砲射撃で虱潰しにされていった。


 そしてついに戦車を先頭に海岸から特別陸戦隊が上陸を開始した。わずかに残った火砲が反撃するがその前面装甲に弾かれる。


 その戦車とは今年から配備が始まった特三式内火艇である。開発費と開発期間を圧縮するため、ほとんどのコンポーネントを英国から輸入したカヴェナンター戦車と特二式内火艇から流用していた。


 浮舟一体式の車体は強襲上陸を意識し前面のみであるが強く傾斜した分厚い装甲をもっている。当時の陸海軍の戦車の中では最も防御力の高い戦車であると言えた。


挿絵(By みてみん)


 当面の救援の当てもなく、戦車の上陸まで許した事でミッドウェー守備隊の士気はついに折れ降伏を選択した。



 無事ミッドウェー島を占領した日本軍はすぐさま島の基地化に着手した。


 ミッドウェー島は最前線と言う事もあり敵の反撃を受ける前に速やかに戦力化する必要がある。このため日本にしては珍しく多数の建設機械を持ち込んでいた。更にプレキャスト工法(Z1工法)や土饅頭(Z5工法)、簡易舗装法といった最新の急速設営工法も用いられている。


 だが最も障害となったのは艦砲射撃や爆撃で穴だらけになった地面だった。


「やり過ぎだ。まったく後の苦労も考えやがれ」


 上陸した設営隊の指揮官は島の惨状を見てそう零したという。


 こうして設営隊の不眠不休の努力もあり、翌日にはまず小規模な滑走路と掩体壕が完成し戦闘機の離発着が可能となった。そのわずか二週間後には巨大な潜水艦ブンカーと滑走路も完成していた。


 そして日本は島の名前を『水無島』と改め、ここを拠点に潜水艦によるハワイ封鎖作戦を開始したのである。




――ハワイ 米海軍 太平洋艦隊司令部


「君達は最善を尽くした。責任は十分な戦力を用意できなかった私にある」


 日本の艦隊から離脱後なんとか陸上機の哨戒範囲へ逃げ込んだハルゼーとスプルーアンスの艦隊は真珠湾へ帰り着いていた。そして敗北の報告に上がった二人をニミッツは責めなかった。


「いえ閣下、間違いなくチャンスは有りました。もう少し自分が索敵をしっかりしていれば……」


 少なくともエンタープライズは救えた可能性があった、そうハルゼーが悔しそうに言った。


「私の判断が遅かったせいで4隻を失いました……想像以上に敵の新型戦艦は強力です。それに背後に英国の影も感じました」


 普段は飄々としているスプルーアンスも今は珍しく憔悴しきっていた。それ程に目の前で4隻の戦艦を失ったショックは大きかった。


「今更負け惜しみですが……もう少し潜水艦隊が敵を削ってくれていれば勝てた戦いかもしれません」


 ハルゼーが残念そうに零す。


「そうかもしれんな……」


 潜水艦の話題が出た途端、ニミッツは顔を顰めた。


「そう言えば閣下、なんで司令部の廊下に魚雷が転がってるんで?」


 ハルゼーも潜水艦の話で部屋の外に転がっていた魚雷の事を思い出した。


「あぁ、その件についてだが……」


 そう言ってニミッツは憮然とした顔で新型魚雷の顛末を説明した。


 説明を聞いたハルゼーが部屋を飛び出ようとするのを制止するため、衛兵一個小隊が必要だった。




 この後、ハワイを封鎖しようとする日本に対し米国は数の揃ってきた飛行艇母艦と護衛空母、アイランド級対潜駆逐艦で対抗した。それは一定の効果をあげたがハワイを維持するコストは級数的に増大していった。


 本来ならば米国も潜水艦でミッドウェーを封鎖するのが一番効率的である。しかし頼みの潜水艦隊は信管問題で機能不全に陥っていった。


 仕方なく米国は陸上爆撃機によるミッドウェー島爆撃作戦を実施する。しかしハワイとミッドウェーは2000㎞も離れている。この距離ではB-17でもほとんど爆弾を搭載できない。しかもブンカーや掩体壕は分厚いコンクリートで覆われほとんど損害を与えられず、壊した滑走路もすぐに復旧されてしまう。


 その上、日本軍は基地の戦闘機隊に加え近海に常に空母(潜水航空母艦)を遊弋させていた。米軍は西ハワイ諸島に中継基地を作ってP-38やP-51Aを随伴させたが、それでも戦闘可能時間が短く十分な護衛ができなかった。このため戦果がほとんど無いまま損害だけが嵩んでいった。



 日本軍にハワイを攻略する意思は無く、米軍はミッドウェーを奪還できない。戦線は膠着状態を迎えていた。

巨星墜つ(物理)

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― 新着の感想 ―
[一言] 山本長官は物語のヘイトすべてを一身に背負って逝かれたのですね……。
[一言] 大和型が穴が空いても沈まない・・・だと・・・!? まさか、ニクロム線は左遷のままなんて幸運が日本海軍に!?
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